華々しく美術館で開催される展覧会。しかし、その舞台裏では、美術業界で権威を持つ美術館の学芸員や職員らによる、作家へのハラスメントが横行しています。

ところが、狭い業界であることに加え、フリーランスである作家は泣き寝入りすることが多く、これまで明るみに出ることはほとんどありませんでした。

弁護士ドットコムニュース編集部では、1年以上かけて美術業界における性暴力やハラスメントの被害実態を取材してきました。その集大成として、このたび書籍『ギャラリーストーカー 美術業界を蝕む女性差別と性被害』(猪谷千香著/中央公論新社)を発刊しました。

本書では、多くの被害者への取材から、美術業界でハラスメントが起きる構造を明らかにしています。

この記事では、本書を一部抜粋し、ある公立美術館で20代の作家、岡崎真子さん(仮名)が受けた圧倒的な権力による「ハラスメントの洗礼」を紹介します。美術館という美術業界の「聖域」の展示に心から期待していた作家が遭ったハラスメントとは――。

●事前の確認ミスを作家になすりつけ…

当時、まだ美大の4年生だった岡崎さんは、公立美術館の展示会場で、信じられないような光景を目にした。卒業制作展の準備をその公立美術館で進めていた時のことだ。

作品を搬入して、翌日から展示というタイミングで、美術館の学芸員たちが会場でざわつき始めた。そのうち、学芸員の一人が「この展示方法では、消防法的に許可できない」と岡崎さんに言ってきた。

岡崎さんは何カ月も前から展示の準備をしてきた。作品にどのような素材を使うのか、作品はどの程度の大きさになるのか、大学の指導教員とともに、かなり詳しく記した展示計画を作り、事前に提出して展示の許可を得ていたはずだった。

ところが、美術館側は頑(かたくな)だった。

「書類ではわからなかった。展示方法を変えないのであれば、絶対に許可できない」

教員と岡崎さんは懸命に説得したが、学芸員は「変えないのなら、片付けて」と有無を言わさない口調で言ってきた。学生だった岡崎さんは、その高圧的な態度に驚き、何も言えなくなってしまった。

「本当に消防法で問題があるのであれば、搬入日より前にこちらに確認することもできたはずです」と、岡崎さんは悔しそうにふりかえる。

美術館側の確認ミスだったが、大学や岡崎さんに対して、謝罪の言葉は一切ないどころか、その非を岡崎さんになすりつけてきた。

仕方なく、岡崎さんは展示方法を変えざるを得なかったが、さらにショックだったのが、職員の一人が、岡崎さんの作品を、目の前で蹴ったことだった。

「これ、本当に展示して大丈夫か?」

職員は安全確認をしていたつもりだったのだろうが、仮にも美術館の職員が、学生といえども作家の前でその作品を蹴ることが、許されるのだろうか。相手がもしもベテランの男性作家だったら、絶対に同じような態度を取ることはなかったはずだ。

自分の作品が足蹴にされるのを見て、岡崎さんは耐えきれなくなり、その場で涙があふれたという。

その後、ハラスメントの現場に居合わせた別の学生が、 SNSに美術館の職員にされたことをそのまま書いた。ところが、今度は大学側がその投稿を「消してほしい」と言ってきた。

「大学として、ここで美術館との間で問題が起きたら、展示をさせてもらえなくなる。今後、作家として活動するあなたのためにも、消してほしい」

作品を選び、作家を評価する美術館という権力には、抗(あらがえ)なかった。岡崎さんは投稿した学生に消してもらったが、ハラスメントを受けた傷は今でも消えていない。

美術業界において、学生や若手作家の立場は弱い。彼らは、大学の教員や美術館の学芸員、審査員、批評家たちから、作品や活動を評価されることは絶対に免れない。

圧倒的な力関係の中で、ハラスメントを受けるケースが後を絶たないのも、この美術業界の大きな特徴といえる。

この美術業界のハラスメント体質は、大学卒業したてで、立場の弱い若手作家が誰の助けも得られず、誰からも守られないことによるものだと、私は考えていた。

確かにそうした側面もあるが、さらに取材を進めると、美術業界のハラスメント体質は、そもそも美術の教育現場にその原因の一端があることも見えてきた。

【続きは、『ギャラリーストーカー 美術業界を蝕む女性差別と性被害』(中央公論新社)に掲載されています】

若手作家の目の前で「展示作品」蹴り飛ばす美術館の職員…圧倒的な力関係で「ハラスメント」横行