1、はじめに

 2022年12月16日、安全保障関連3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)が閣議決定された。

JBpressですべての写真や図表を見る

 これらの文書は「日本の安全保障政策の大転換」を示すものだと報じられることも多いが、いったい何が大転換なのだろうか。

 一般にメディアで報じられている論点は、防衛費大幅増額と反撃能力の保有である。

 しかし、本当に大転換だと言えるのは、集団的自衛権の行使を明確にしたことではないかと考える。

 2015年平和安全法制で、「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合に、集団的自衛権の行使を法的に可能とする枠組みが作られた。

 今回の3文書では、この枠組みを使って、政策として実際にこれを行使していくことが、方針として示されたのである。

 3文書の中に、集団的自衛権という言葉は全く出てこない。

 しかし、国家安全保障戦略には「我が国自身の能力と役割を強化し、同盟国である米国や同志国等と共に、我が国及びその周辺における有事、一方的な現状変更の試み等の発生を抑止する」と明記されている。

 さらに、国家防衛戦略においては「これ(力による一方的な現状変更やその試み)が生起した場合でも、我が国への侵攻につながらないように、あらゆる方法により、これに即応して行動し、早期に事態を収拾すること」が、防衛目標の一つであると明確に位置付けられた。

 これは、日本周辺の事態においても、防衛力、すなわち自衛隊を使うということを意味する。

 この記述を読んで、真っ先に想起されるのは、中国による台湾への武力侵攻(台湾有事)という「力による一方的な現状変更の試み」であろう。

 そこで本稿では、台湾有事に備えて今後日本が取るべき防衛政策を、集団的自衛権行使との関係で考えてみたい。

2、前提となる基本政策

 台湾有事に備える日本の防衛政策を考える際、日米安保に関する基本的考え方や、台湾に対する政治外交的立場について、様々な意見があろう。

 しかし、ここでそれらについて論じ始めると議論が発散してしまうので、本稿においては、以下の諸点を前提として議論を始めたい。

①日米安保条約に基づく米軍の支援は日本防衛に欠くことができず、日米同盟を維持することは、日本の防衛政策の基本であり続ける。

②日本は「一つの中国」に関する中国の立場を理解すると同時に、台湾をめぐる問題が平和的に解決されることを希望しており、力による一方的な現状変更には、断固反対する。

③それでも万が一、中国が一方的に台湾に武力侵攻するようなことがあった場合には、日本はこれに反対し、人権、民主主義等で価値観を同じくする台湾支持の立場を取る。

3、日本が採り得る2つの防衛政策案

 以上の前提を置いた場合、台湾有事に備えて日本が現実に採り得る防衛政策には、大きく次の2つの方向性があると考えられる。

(1)日米抑止重視案

 台湾に対する侵攻があった場合に、米軍と自衛隊が連携して台湾を防衛できる軍事体制を平素から共同で構築しておくことで、中国による台湾武力侵攻への抑止力を最大限に高めるとともに、抑止に失敗してもこれに勝利する。

(2)日本防衛重視案

 中国による台湾武力侵攻にあたり、日本として台湾を支持し支援するが、自衛隊の防衛力は、台湾防衛とは一線を画すことを明確にし、あくまでも日本の領域に対する攻撃があった場合に、断固これを排除できる体制を目指す。

 端的に言えば、日米抑止重視案は、もはや日本防衛と台湾防衛は不可分なので、両国の防衛を軍事的に連結した方が、抑止・対処の両面で得策であるという立場である。

 対する日本防衛重視案は、中国が台湾に武力侵攻する場合、日本領域を同時に攻撃するとは限らないという認識の下に、日本の領域を防衛しつつ、直接の軍事作戦参加以外の方法で台湾を支援する方が得策だとする立場である。

 どちらの案を採るかあらかじめ決めることなく、その時々で臨機応変に振舞えばよいだろうという声が予想されるが、それには3つの問題がある。

 まず、どちらの案を採るかによって、自衛隊が持つべき能力の質と配置は変わるので、仮にでも方針を決めなくては、一貫した方針の下での防衛力整備はできない。

 また米国との共同作戦立案、共同訓練実施にも支障をきたす。

 次に、どちらの案で防衛力整備をするかという日本の防衛体制は、中国の日本に対する態度にも影響を与えるので、それは日本の外交方針と合致したものでなくてはならない。

 すなわち、日米抑止重視案で体制を構築する場合には、中国に対して強硬なメッセージを送ることになり、外交方針もその方向で進めざるを得ず、後戻りはできない。

 3つ目として、基本方針としてどちらを採るかがはっきりしていないまま危機を迎えた場合、日本国内の世論が分裂し、それを中国による情報戦に利用される恐れがある。

 今のうちに国内でしっかり議論した上で、国として方向性を明確にしておくことにより、一貫した方針の下で断固とした態度で危機に臨むことができるのである。

 それぞれの案には利点と欠点があり、それは政治・経済の分野にも及ぶものであるが、ここでは防衛・安全保障の見地から、両者を比較してみたい。

4、日米抑止重視案の利点と欠点

 この案の利点は言うまでもなく、日米の戦力をあらかじめ一体化したものとして高めることで、中国が台湾に武力侵攻しようとする際には、米国のみならず、必ず日本の戦力も相手にしなくてはならないと認識させることで、抑止効果を最大限に高められることである。

 日本がこの案を採る場合には、中国としては台湾侵攻と同時に日本を攻撃しなくては、その成功は覚束ないことになる。

 その結果、抑止が破れた場合には即、日本の領域が戦場となることを覚悟せねばならず、これは日本にとっての致命的な欠点となる。

 もちろん、これはあくまでも日本にとっての欠点であって、最終的な対中勝利を追求する米国にとっての欠点というわけではないので、米国は日米一体化を追求するであろう。

 中国が海軍力の強化や対艦弾道ミサイルの配備によって、いわゆる接近阻止/領域拒否(A2/AD)の能力を高めていることに対応して、米国はインサイド・アウト作戦と呼ばれる構想を採用していると言われる。

 この作戦構想によれば、戦争になった場合、台湾や南西諸島周辺にいる艦艇や航空機は、中国のミサイル等の脅威に無防備であるため、いったんその射程外に退避する。

 そして第1列島線(日本~台湾~フィリピン)に分散配置された陸軍や海兵隊の部隊が、インサイド部隊となって、中国の攻撃に耐えつつ対艦・対空攻撃を継続するのである。

 この案を採用した場合には、日米一体となった作戦の中で、陸上自衛隊インサイド部隊の一部ということになろう。

 これによって中国側の海・空・ミサイル戦力を消耗させた上で、機会を捉えてアウトサイド部隊である米海空戦力が入ってきて決戦を挑む構想になっている。

 この場合、海・空自衛隊は、この米海空戦力の進出を支援する役割を担うことになると考えられる。

 このインサイド・アウト作戦構想は、戦略予算評価センター(CSBA)というシンクタンクの報告書の中で命名されているものであり、米軍として公式に表明されたものではない。

 しかし2022年11月、米空軍が沖縄の「F-15戦闘機退役に伴って後継機を沖縄に配備せず、アラスカの「F-22戦闘機をローテーション配備すると発表したのは、戦時の中国ミサイルからの退避を意識したものだと考えらえている。

 また、公式の軍改革コンセプトとして既に示されている米陸軍のマルチドメインタスクフォース(MDTF:多領域任務部隊)や、米海兵隊のエクスペディショナリー・アドバンスト・ベース(EAB:遠征前進基地)は、島嶼で攻撃に耐え抜くインサイド部隊としての編成や戦法を具現化したものである。

 1月12日の日米安全保障協議委員会(2+2)で米側から日本側に示された、沖縄所在の海兵連隊の海兵沿岸連隊への改編も、このEABコンセプトの具体化である。

 米国政府は、政治的配慮もあって、東アジアにおける作戦構想を公的に示してはいないが、米軍の体制移行の動向を見ると、概ねインサイド・アウト作戦構想に沿った作戦が米軍内で立案されていると見てよいであろう。

 この作戦構想の下では、台湾有事の初期の段階においては、第1列島線に配置された地上部隊が中国の攻撃に耐え抜いて、対空・対艦攻撃によって中国海空軍を疲弊させ、機を見て米海空軍が反転攻勢に出ることになる。

 すなわち、当初第1列島線が、激烈な各種ミサイル応酬の場となることは、米国にとっては織り込み済みのことなのである。

 ところが日本にとっては、第1列島線とは、南西諸島から九州、本州に連なるまさに国土にほかならない。

 抑止が敗れた場合、ここが激烈な戦場となることは、米国にとっては最終的に中国に勝つために仕方がないことなのかもしれない。

 しかし日本にとっては、この際戦場となる日本国民の安全が見過ごされがちになるという点が、本案の大きな欠点なのである。

 日本が日米抑止重視案を採る場合には、この構図をよく理解した上で、日本国民の安全確保という見地からの意見を、はっきりと米側に申し入れる必要がある。

 そして、その配慮を作戦に反映させるよう強く働きかけ、この案の欠点を補っていくことが、日本として本案採用の条件となる。

 その上で日本側としても、米軍と連携しつつも国民の安全を最大限追求できるような自衛隊の運用構想を工夫するとともに、ミサイル防衛や国民保護のための施策を進めていく必要があろう。

 今後、反撃能力(相手領域に対する攻撃能力)を導入していくことを考えると、抑止効果が高まるという利点と、日本が戦場となるという欠点は、さらに先鋭化する。

 これにより、この案を採る場合には、欠点軽減のための諸策を真剣に考えていく必要性が、ますます差し迫ったものとなっている。

5、日本防衛重視策の利点と欠点

 日本防衛重視策の利点と欠点は、日米抑止重視策の概ね裏返しとなり、その利点は、日本の領域が戦場となるリスクを多少なりとも減じることができる点となる。

 しかしこの利点は、中国が台湾に武力侵攻する際に、同時に日本の領域にも攻撃を加えることが確実であれば、意味がない。

 これが利点であるためには、日本がこの案を採ることにより、中国が台湾侵攻に際して日本攻撃をためらう理由がなくてはならないが、それはあるのだろうか。

 米国が台湾有事に介入する際、在日米軍基地がその拠点になることから、中国側としては、できればこれを阻止したいのは確かであろう。

 ただし、中国にとって、台湾軍および台湾に来援する米軍を相手にするのと、それに加えて自衛隊および日本有事に来援する米軍すべてを敵に回すのとでは大きな違いがある。

 また中国が台湾に侵攻する時点では、米国が軍事介入するかどうかは不明であるが、同時に日本に対して攻撃してしまえば、米国の介入は確実となる。

 これらを考慮すると、当初の段階では、台湾侵攻が日本への直接攻撃を伴わない可能性はかなり高いと考えられる。

 米軍が一部日本から出撃したとしても、自衛隊が守りをしっかり固めることにより、中国に日本への攻撃をためらわせるという戦略に、一定の可能性はある。

 もちろんこの際には、中国が日本を攻撃してくれば、自衛隊が断固これを撃退できるという態勢を、しっかり築いておくことが重要なのは言うまでもない。

 問題となるのはこの案の欠点で、これには大きく2つある。

 第1は、台湾侵攻を防ぐ抑止効果が日米抑止重視案に比べて低下する点、第2は、この案で日米同盟を有効に維持し続けることができるか不安が残るという点である。

 これらの欠点を補うためには、日本に対する攻撃を抑止しつつ、米軍による台湾防衛作戦に日本も何らかの形で有効に寄与するという、難しいバランスをとりながらの対応が求められる。

 これはちょうど、今米国を含むNATO北大西洋条約機構)加盟国が、ロシアからの攻撃を抑止しつつ、ウクライナに対して最大限効果的な軍事支援をどう行うかで、そのバランス維持に苦労しているのと同じである。

 まず台湾に対する支援について考えてみると、直接物理的な戦闘で支援する以外にも、中国の侵攻を受けている台湾を支援する方法は様々ある。

 サイバー空間においては、中国の攻撃を無効化するための台湾の能動的サイバー防衛に協力することや、台湾から世界各国への衛星や海底ケーブルを通じた通信アクセス維持のための支援を行うことが考えられる。

 また、中国の軍事動向についてリアルタイムで正しい情報を世界に発信して情報戦の面で台湾を支援するとともに、経済面で台湾を支え中国に圧力を加えることなども有効であろう。

 さらに、台湾からの日本人を含む外国人の退避や、被害を受けている台湾市民の避難の面でも、地理的に最も近接している日本が果たす役割は大きい。

 場合によっては、今NATO加盟国などがウクライナを支援しているように、台湾に対して装備や弾薬、燃料などを供給することも大きな支援策となるかもしれない。

 また日米同盟維持の観点では、日本への攻撃抑止とのバランスを取りつつも、集団的自衛権行使に一部踏み込むことも含め、米国からの支援要請に応えていくことが重要となる。

 2015年4月に制定された現行の日米防衛協力のための指針(ガイドライン)では、「日本以外の国に対する武力攻撃への対処行動」の項目で、相互協力の分野として、①アセットの防護、②捜索・救難、③海上作戦(機雷掃海、船舶阻止等)、④弾道ミサイル攻撃対処、⑤後方支援が挙げられている。

 これらに関しては、武力行使とは一線を画したものから、ほぼ日米一体化した戦闘参加に近いものまで、実施要領によって大きな幅が存在する。

 その時々でバランスの取れた適切な政策判断を行い、具体的な協力の内容を決めていくことが求められよう。

 このように、日本防衛重視案を採ったとしても、その弱点を補うべく、台湾や米軍に対する各種支援を平素から準備し、訓練していくことで、台湾有事の抑止や日米同盟の実効性維持をある程度担保していくことは可能だと考えられる。

6、結論

 以上、日米抑止重視案と日本防衛重視案の利点、欠点と、それぞれの欠点を補う対策について見てきた。

 ビジネスでも軍事作戦でも同じであると思うが、実行可能で有力な2つの案がある場合、それぞれの案について欠点を補う対策を講じていくと、2つの案の見た目が似てきて、ほとんど同じ案に収斂したかのように思えることがある。

 しかし、軸足が2つの案のうちのどちらにあるのかが明確でないと、状況が時々刻々と変化する中で、施策が大きくぶれることになり、結局どちらの利点も生かすことができない最悪の事態に陥ることにもなりかねない。

 本稿で検討してきた内容についても、日米抑止重視案で日本を極力戦場にしないよう日米共同計画を修正していくことと、日本防衛重視案で台湾や米軍に対する支援を最大化していくことは、見かけ上は似たものになるかもしれない。

 それでも、実際に武力衝突の発生が迫った危機的状況の中で、国民の生命が危険に曝されている際に、国としての軸足があらかじめ定まっていないと、国内世論は混乱を極め、政府の政策も揺れ動くという最悪の状態に陥ることが懸念される。

 また政策が揺れ動くと、中国に対して誤ったメッセージを与えて、いらぬエスカレーションを招いたり、逆に米国や台湾に日本に対する過信など認識のズレを生んで、共同対処時の齟齬を招いたりすることに繋がるかもしれない。

 2022年12月の安全保障関連3文書の閣議決定から、2023年1月の日米2+2、日米首脳会談という流れを見ていると、日本政府は以前の日本防衛重視案から日米抑止重視案に大きく舵を切ったようにも思える。

 しかしその大転換の内容が、国民に対して明確に示されたわけでもなく、この点は曖昧にされたままである。

 それでも、今の日本が、軸足を日米での対中勝利に置くのか、日本の国土防衛に置くのか、国民の安全に切実に関わる防衛政策上の大きな分岐点にあるのは確かであろう。

 今こそ広く議論を行い、国民の中で防衛政策の大方針に関する合意を確立して、対外的にも適切な発信をしていくことが、強く求められているのではないだろうか。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  歴史的大転換が見える「戦略3文書」、その正しい読み方

[関連記事]

ウクライナ戦争勃発から両軍の戦略戦術を陸自元幹部が徹底検証

ついに見えてきたロシアのウクライナ侵略失敗、本当の理由

フィリピン海に展開する米第7艦隊所属の強襲揚陸艦から発射された防空ミサイル「RAM-116」(1月24日、米海軍のサイトより)