
2022年11月29日にTwitterで流行ったタグの1つ「#いいにくいことを言う日」。一般ユーザーのみならず、さまざまな会社・団体から「いいにくいこと」が発表された。なかでも大きく話題になったのは、モスバーガー公式Twitterのツイートだ。
商品広報としては驚きのバズりっぷりについて、株式会社モスフードサービスのマーケティング本部・永野志津夫氏と広報IRグループの山口さほり氏に、同社商品開発のキモを聞いた。
つぶやいた当人もビックリの大反響
同社で商品開発と広報を担う両氏。しかしモスシェイクバニラとモスチキンのバズりっぷりについては、寝耳に水だったと驚きを示していた。「同ツイートについては、SNS担当も反響の大きさに驚いていました」と笑顔を見せたのは山口氏。「もともとモスシェイクとモスチキンの組み合わせは、社内で流行っていた“知る人ぞ知る”食べ合わせだったんです。特に甘じょっぱい味わいが好きな人にはハマるコンビだったんですが、組み合わせとしてはかなりの意外性がありますよね」
“言いにくいことを言う日”にちなんで…
「SNSチームは普段からさまざまな戦略を練っていますが、今回は“言いにくいことを言う日”というタグにちなんで、ギャップの強いモスシェイクとモスチキンの食べ合わせを紹介したのだとか。その結果このように取材のお申し込みもいただくなど、予想以上のバズりっぷりに当のSNSチームも驚いています」(山口氏)山口氏の所属する広報IRグループでも、反響の大きさは話題になったそう。SNSチームのもとに駆け込んで、山口氏が直接話を聞きに行くという一幕もあったとか。
しかしモスバーガーといえば既存商品の組み合わせだけではなく、テレビ企画で生まれた「とま実バーガー」「モスのぬれバーガー ナポリタン風味」といった強烈なインパクトを持つ商品をいくつも開発してきた。
バズりと味のどちらを優先?
つい昨年末にも、和牛を一頭買い付けて贅沢に仕上げた「一頭買い 黒毛和牛バーガー ~特製テリヤキソース~」を発売した同社。しかし両氏によると、商品開発の段階においては「バズり」を最優先にしているわけではないという。率直に永野氏へ「バズりと味のどちらを優先しているのか?」と質問したところ、「美味しいかどうか。これがなにより大事です」と即答が返ってきた。
「私は商品を開発する際、モスの根幹である“美味しいかどうか”を優先的に考えて作り上げます。できあがった商品を販促や広報が宣伝する際にはもちろんいろいろな方策を考えてくれますが、バズありきで商品を作っているということはないんですよ」
「一頭買いバーガー」の誕生秘話
先に挙げた「一頭買いバーガー」についても、「2年ほど前から輸入牛肉の高騰が続いていて、牛肉自体が手に入りづらい価格になりましたよね。そこで国内に目を向けました」と永野氏。「国産の黒毛和牛の商品を作れば、一般の方に良いお肉を気軽に食べていただけること、またそういうことがモスの存在価値であるという発想が、同商品のスタートでした。仕入れ先と話し合いをする中で、一部位だけでなく、一頭まるまる買い付けたらコストも抑えられるとわかったため、アイデアが実際に商品化できたのです」
商品開発のキモについては、山口氏も「旬や季節感も大事です」と語る。
「他には店舗で提供する時に手間がかかりすぎるとか、商品写真と同じものが作りにくいといったオペレーションの問題も考慮しなければなりませんが……。もちろん商品開発チームでも意識はしているものの、最優先というわけではないんです。作り上げた味をどう宣伝するのかは広報の仕事、いかにバズらせるのか、というのはSNSチームの仕事ですから」
20代以下の「顧客比率低下」に危機感
さまざまな商品でバズっている印象の強いモスバーガーだが、山口氏は同社がSNSに力を入れ始めたのは数年前のことだと言う。「商品の売り方や宣伝方法を考える部署はもちろん以前からありますが、SNSを強化していこうと考えたのはここ最近の話です。というのも、20代以下の顧客比率が低下し35%(15年)から23%(20年)になっているとわかり、危機感を持ちました。モスの利用者層は30代~40代がメインなんですが、もっと若い層にもタッチアップしなければと考えました。
たとえば以前大好評をいただいた『白いモスバーガー』は、宣伝方法がハマった感じでしたね。女性受けのいいチーズが主体の商品を作ったあと、『白にこだわった商品って面白いよね』というアイデアがついてきたんです」
白いモスバーガーが達成した「快挙」
「そこで商品のチーズも白にこだわり、恵比寿の店舗を真っ白に改装するなどして販促を強化しました。そのおかげかSNSで大きく話題にしていただくことができ、一時、構成比で不動のトップであるスタンダードなモスバーガーを上回ったこともありました。これは結構な快挙でして、広報は大盛り上がりしましたね」(山口氏)骨子である味を決めるのは商品開発部だが、宣伝方法を決めるのは販売促進チームと広報IRグループになる。メンバーと商品の売り方を決める中で、商品の方向性が変わる場合もあるようだ。
山口氏は続けて、「いまや宣伝広報に欠かせないSNSですが、現在もモスはパワーアップを続けています。モスを利用したことがない人たちに来店のきっかけ作りができるよう、さまざまな取り組みを考えています」と今後の意気込みを語った。
商品開発のキモは“雑談”にあり
味とインパクトを両立させている商品群は、どのようなプロセスで生み出されているのか。商品開発の考え方について、永野氏はこのように自己分析している。「商談の際は普段から雑談が多い人間で、お取引先とは取引の話だけでなく、『最近はどんな家庭用食品が伸びている』だとか『こんな設備を導入した』なんて話をしているんです。ところがこの雑談が『じゃあ今はこの商品が求められているかも』『これを作る時はあのお取引先にお願いすれば理想に近い商品ができるかも』といった話に繋がってくる。
本当に美味しい良い商品を作るためにいろいろな情報が役に立つんです。アイデアが煮詰まらない時は、部下や協力会社様とコミュニケーションを取って打開策を探すなど、雑談力が発想の原動力になることが多いですね」
「正直面倒くさいと思いましたが」
山口氏も大きくうなずき、「自分では気づけないこともあるので、私も悩んだ時は上司や先輩を巻き込んで大騒ぎすることがあります」と宣伝広報の裏側を語る。「それこそ一頭買いバーガーのメディア発表会で『牛肉の全19部位を塊のままディスプレイしたい』ということに決まった時は、永野さんの力を借りるために社内で追いかけまわしてました」
永野氏は当時の状況を思い出して、苦笑いの表情で「正直面倒くさいと思いましたが……」とこぼしていた。
企画なしでの商品開発はしない
続けて永野氏が話したのは商品開発のコツ。長年の経験を簡単にまとめるとするなら、「要点は“想像力、“記憶力”、“情報収集力”にある」と話している。「モスバーガーでは企画なしでの商品開発はしないんです。必ずスタートとなる企画があって、それを商品開発部が揉んで商品を作り上げる。企画を活かすために一番大事な美味しさを作り上げるため、『これをこうしたらこんな味に、こんな商品になるはずだ』という想像力を働かせます。
以前リニューアルしたテリヤキソースには、“バルサミコ酢”、“黒すりごま”、“カカオパウダー”といった意外な調味料が加わりました。想像と違う味になってしまうこともありますが、試行錯誤のためにはまず想像力が大事だと思います」
キーワードは想像力×記憶力×情報収集力
「さらに方々で雑談した中で必要な情報を覚えておく記憶力、商品の味と企画を成し遂げるために必要な情報を集める力、これらがアイデアの源泉となって、商品が組みあがっていくわけです。お取引先と雑談中に新しい情報をもらって、じゃあこんなのも面白いんじゃないかと生まれるアイデアも多いくらいですよ」(永野氏)いつだってSNSで話題になるのは、見た人の感情を動かすモノだ。「これならSNSでバズるぞ」と考案された独りよがりなアイデアではなく、さまざまな人とコミュニケーションを取る中で生まれた商品がバズるのは自然なことだったのかもしれない。
味という大事な軸はずらさないまま、驚きの新商品を生み出し続けるモスバーガー。次はいったいどんなアイデアが飛び出してくるのだろうか。
<取材・文/上山龍介>
【上山龍介】
バス運転手だったが、副業を経てライターへ転向。目下の悩みは、飼っている犬の小次郎の噛み癖。ランニングやウェイトトレーニングで鍛えているものの、甘いモノ好きが祟って一向に体が締まらない。地方の食を楽しめる小旅行が生きがいのひとつ
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