ラッパーであり小説家でもあるハハノシキュウさんは、ラップのリリックも小説の文章も全てをスマートフォンで書く。
【文章作成アプリ「idraft」は“脳味噌との相性が良い” ラッパー兼小説家が使ってみた結果…!の画像・動画をすべて見る】
それならぜひ試してほしいと、無料で使える辞書検索サービス「goo辞書」が開発したテキストエディタアプリ「idraft by goo(アイドラフトバイグー/以下、idraft)」のレビューを依頼した。
後から知った話だが、この時ハハノシキュウさんは長年使用した別のアプリから、テキストエディタの乗り換えを考えていたという。
どんなレビューになるのか楽しみにしていると、いわゆる商品レビューの枠を超越した内容に驚愕。しかも「idraft」で執筆した短編小説まで付いてきた──。
文:ハハノシキュウ 編集:恩田雄多
寒さに苛立ちながら地味に親指で韻を踏む
頭のなかの「ぐるぐる」を、伝わる言葉に“翻訳”したものが文章なのである 古賀史健『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社新書)より
「バンドマンに曲にされた女ランキングみたいなのがあったら、私、ダントツで一位ですよ!」
そんな書き出しから始まった新作小説の執筆を中断して、冷たい右手を寝床に沈める。
布団の中から動けないのは当然のことであって、この寒さを乗り越えてまで仕事をする必要はない。
物書きを仕事としている人間にとって寒さというのは、害悪でしかない。
本来、仕事をするためにはパソコンを開かないといけないし、机に向かわないといけないし、椅子に座らないといけない。
文章を書くためのコツというものを調べると大抵の答えはこうだ。
“とにかくハードルを下げること、一文字でもいいから書く、一文字でもいいから途中まで書いた文章をチェックする。低いハードルからスタートすることが大事”
寒さというのは文筆家をスタート地点にすら立たせない害悪中の害悪というわけだ。
人間には知恵がある。
寒くても文章を書けるような術を、編み出すための知恵が。
これまで僕は何百万文字にも及ぶ原稿を書いてきたが、それは書くためのハードルを下げる知恵を授かったからに他ならない。
その知恵というのは“なるべくほとんどの仕事をスマホで完結させる”ことだ。
普段はスマホのメモ帳に原稿を書き溜めて、パソコンのワードアプリにコピーしてから推敲する。そんな一連のルーティンを作ることによってなんとか冬を超えてきたわけだ。
ところが人間というのは一度何かに甘えてしまうとそこから戻れないという性質を持っている。むしろ、もっと甘えて今より楽ができないかを考えてしまう。
布団に包まったままで、天井を仰ぎながら僕は様々な仕事をスマホ上で完結させてきた。もちろん、ラップのリリックも例外じゃない。
しかしながら、もっと楽をしたいと考えた結果、スマホとパソコンでデータを同期させながら、どちらからでも編集できるテキストエディタアプリを使う、という方法に落ち着いたわけだ。
スマホのメモ帳をパソコンにコピーする手間も省けるし、そのためだけにわざわざ布団から出る必要もない。最後の推敲作業、校正作業で、パソコンの画面から全体を俯瞰できればそれでいい。暖かい場所で。それまでは布団の中で、文章を書くためのハードルを限界まで下げることに徹する。
というわけで、僕はこれまでにネット記事や小説の書き下ろしなど、多くの仕事をスマホで片付けてきた。
小説を書くなんて言うとパソコンを前にカタカタとタイピングに勤しむ姿が目に浮かぶかもしれないが、僕のような堕落者の仕事風景は布団の中で地味なフリック入力を繰り返すという酷い絵面でしかない。
ラッパーが歌詞を書く風景と考えるとなおさら酷い。トラックを聴きながらスタジオでリリック帳にボールペンを走らせる、なんて、そんな格好いいものではない。ベッドの上で寒さに苛立ちながら地味に親指で韻を踏む。それが僕の現実だ。
「バンドマンに曲にされた女ランキングみたいなのがあったら、私、ダントツで一位ですよ!」
書き出しが決まると文章を書くためのハードルがさらに下がる。
限界よりももっと下へ。
寒さを吹き飛ばすくらいのゾーンに入れば、なおさらである。
この日の僕は、そういう意味では非常に幸運だったと言える。スラスラと続きが頭に浮かび、それが変換ソフトを通したかのように言語化されていく。まさに自動書記のような気持ち良さである。
“売れてないインディーズバンドの代表曲の歌詞をいくつか並べて、目の前の女の特徴に当てはめてみる。すると立体パズルのように彼女の全体像が浮かび上がる。”
ずっとこんなテンションで書き進められたらそれなりにドライブ感のある小説になりそうだと思った。
明日、パソコンの画面で読み直すのが楽しみだ。
そして、ベッドから一歩も動けない僕はスマホを枕元に置いて、そのままの状態で寝てしまうわけだ。
「カメラ回すの忘れたんで、もう一回バトルしてください」
昨日書いた文章がない。
世の中に出回ってるテキストエディタのほとんどにはオートセーブ機能が搭載されている。僕が使っているものも例外ではない。
しかし、Excelの数式を信用できず電卓で再計算してしまう古いタイプの人間がいるように、僕もテキストエディタの精度を疑うべきだったのだ。
途中まで書いた原稿が消えることほど、物書きにとってダメージの大きいものはないだろう。書いた原稿が全てボツにされることの方が何倍もマシだ。
消えた原稿を書き直したところで、前の原稿に乗っかっていた頭の中の“ぐるぐる”した何かを超えられる保証がないからだ。
MCバトルをした後に「カメラ回すの忘れてたんで、もう一回同じバトルしてもらえませんか?」と言われるようなものだ。
だから、テキストエディタの同期不良によって消え去った文章に乗っかっていた“ぐるぐる”した何かを取り戻すことは不可能と言い切ってもいい。
有料プランに入っていればバックアップできたかもしれないが、それももう後の祭りだ。
「バンドマンに曲にされた女ランキングみたいなのがあったら、私、ダントツで一位ですよ!」
ここから先が一文字も思い浮かばない。
僕はストーリーラインよりも文章の温度感を優先するタイプの書き手であるため、致命的なダメージが心を抉っている。
この後の物語の展開のようなものはなんとなく決まってはいるが、登場人物が勝手に動き出す可能性もあるし、もしも動き出したら僕はそいつに筆に任せるようにしている。
というか昨日の夜に関して言えば、僕はその登場人物に完全に筆を任せていた。
だから、そいつが昨日、何を書いたのか思い出すことも難しいし、それをもう一度再現できないという事実に震えるしかない。布団の中で。
人生にはタイミングというものがある。
人生にはタイミングというものがあって、この時の僕はテキストエディタの乗り換えを思案していた。
アプリストアを検索してみるといくつものテキストエディタがリリースされている。
余談だが僕は電動髭剃りを持っていない。種類が多すぎて選び方がわからないからだ。
でも、誰かが“オススメの電動髭剃り”をラッパーの脚韻のように自信満々に教えてくれたなら、僕はそれを購入するだろうと思う。
たまたま、そういうタイミングが人生に訪れていないだけだ。
話を戻す。つまり何が言いたいかというと、テキストエディタも種類が多すぎて選び方がわからないのだ。
僕がテキストエディタに求めているのは、同期がスムーズで間違いなく文章が保存されていることくらいだ。基本的に文字しか扱わないから、無料プランで事足りる気もするが、一丁前に仕事で使っているのだからバックアップ機能の充実した有料プランなら加入してもいいと思ったりする。
原稿用紙ですら高級品しか使わない文豪だっているのだから、意識を高めるために文筆環境を変えるのはアリだ(と言っても物理的にはベッドに寝そべってだらしない格好をした状態での仕事だが)。
とにかく、そういうわけで片っ端から無料プラン有りのテキストエディタをダウンロードして、その書き味を試してみることにした。
自分の脳味噌と同期ができているかどうか
「バンドマンに曲にされた女ランキングみたいなのがあったら、私、ダントツで一位ですよ!」
そして、テキストエディタにはテストとして書き出ししか保存されていなかった新作小説をコピーする。
タイトルはとりあえず“無題”にしておこう。
縦書きモードのあるエディタもあって、もしかしたら仕事のパートナーにふさわしいかもしれないとフリック入力を試してみるが、スマホの画面上で縦書きというのは想像以上に相性が悪い。脳味噌とのリンクがまるでできない。
僕がテキストエディタにおいてこだわっている同期機能だが、これもアプリによってまちまちだった。
ただ、僕が本当にこだわりたい“同期機能”というのは実のところプログラム的なものではない。
“自分の脳味噌と同期ができているかどうか”
これが一番大事にしていることだ。
漫画家が愛用のGペンを替えられないように、アナログ作画からデジタル作画に移行できないように、脳味噌と直結しやすい“感触”が一番大事なわけだ。
ちなみに同期と言えば、一番苦労したのがガラケーからスマホに移行した時だった。
僕はガラケー時代から小説もリリックも携帯電話で済ませていたため、小気味よくボタンを連打して文章を書いていくことに慣れ切っていた。脳味噌と同期できていたわけだ。
しかし、それがスマホになると最初のうちは全然慣れなくて、しばらくリリックが書けなかったのを覚えている。
ようやく身体がフリック入力を覚えてきて、指先と文字がぴったりリンクし始めたのは数ヶ月後だったと思う。
そんな感覚の延長線上で、テキストエディタのアプリも脳味噌とリンクしやすい相性を意識せざるを得ない状況となったわけだ。
様々なテキストエディタに手を出してみると、今まで使っていた従来エディタを超えるものはなさそうだった。保存機能に関しては不安だが、やはりなんだかんだで愛用していたものは強い。
それどころか、他のエディタじゃテストとして書き残した小説が画面上で繁殖する始末。
テキストデータを更新するたびにコピーが増えていくのである。
保存機能としての役割を果たしてくれているが、これではギャルゲーのセーブデータの羅列よりも性質が悪い。一行ごとに分岐するギャルゲーなんて誰もプレイしたくないに決まっている。
誰か僕に“オススメの電動髭剃り”をラッパーの脚韻のように自信満々に教えてくれたりしないだろうか。
人生にはタイミングというものがある。
Gmailを開くと一通のメッセージが届いていた。
「KAI-YOUの恩田と申します。この度、ハハノシキュウさんにテキストエディタのレビューのお仕事をお願いしたいのですが……」
そのテキストエディタの名は「idraft by goo」
そのアプリは「idraft by goo」というものだった。
パソコンと同期をするためには有料プランに入らないといけないため、僕がスルーしていたやつだった。
たくさん種類のあるものから一つを選ぶのは本当に苦手だ。初めて入った飲食店で何を頼んだらいいのかわからないような気分になる。そんな時に向こうから頼むべきメニューを導いてくれるのは非常にありがたい。
「idraft」という選択肢に出会えたことで、僕はテキストエディタの乗り換えという言葉の引っ越し作業にリアリティーを持ち始めていた。
まずは使い勝手の確認だ。
保存ボタンが常に見える場所にあるため、安心感がある。
基本的にこの手のアプリはオートセーブのため保存ボタンは配置されていない。「idraft」も機能をONにすればオートセーブだが、保存ボタンがあることによって「間違いなく保存できた!」と「家の鍵を確実に閉めてから外に出た!」みたいな心持ちになれる。
同期が複数の端末から競合した場合は、優先する端末を選択させてくれるため、データのコピーが大量繁殖されることもない。
また、テキストエディタの入力はネットワーク上で行われるため、どうしても動きがヌルくなってしまう印象があったが「idraft」の場合は動きが軽く、直線的にカクカク動いてくれているように感じた。
一応、テキストの保存先をクラウド(PCと同期する場所)と端末本体の二箇所から選べるため、後者を選択すればもっと軽くなる。端末に保存したテキストもワンクリックで、クラウドに移動できるためオフラインで作業する場合でも使いやすい。
保存と同期が早く正確というだけで、それ以上は多くを望まない僕にとってこれは理想的なアプリである。強いて言えば、これで月額420円かかるというのが少しネックだってことくらいだ(編注:ブラウザ版は有料)。おそらく、同じ使い勝手で無料のアプリは探せば存在するだろう。でも、探したくない自分もいる。選ぶのが億劫だからだ。
とりあえず、KAI-YOUさんにもらった仕事をこなしながらテキストと睨めっこを繰り返してみる。
今まで使っていたエディタに身体が慣れているのにも関わらず、「idraft」との相性は良い方らしく脳味噌とリンクできている実感がある。無料で使える軽いだけが売りの簡素なエディタもあるにはあるが、このリンク感がどうも得られないと思っていたため、この実感は重宝する必要がある。
やはり、一丁前に文章を書いてお金をもらう立場にいる一人の大人として、仕事道具にはきちんとお金をかけるべきだ。
「idraft」が世間的に売りにしているのが“辞書機能”だが、これは開発元のgoo辞書をわざわざググらないで済むというショートカット感覚のものだ。
僕はどちらかというとあまり辞書を活用しないタイプだけど、たまに慣用句とかの意味を確認したりはする。この記事の中では「拡大解釈」という言葉を調べて使用したりした。だから、辞書機能が全く必要ないというわけではない。
辞書機能と合わせて“言い換え(類語)機能”というものがあるが、これはライター仕事をやってみたいって人や、これからブログやnoteを始めてみたいという人にはオススメだと思う。もちろん、小説を書きたい人にも。
書きたいことがしっかりと頭にあって、経験や知識が豊富だったとしても、それを文字にする時に躓きがちなのが“同じ表現の重複”だからだ。気付いたら全ての文末が「思う」や「だった」だったり、接続詞として「そして」や「しかし」を連続で使い倒してしまったりとか、文章の内容自体は悪くないのに内容とは別の部分で頓挫してしまう人が割と多い気がする。
書き終わった「idraft」上の文章に対して“言い換え”ボタンをタップ(PCならクリック)する。あまりに簡単すぎて実感が湧かないが、本当にタップするだけだ。それだけで、表現の種類がいくつか提示される。
「ああ、この言い回しにすればよかったのか」と自分の引き出しになかった言い方を発見できると思う(ちなみに有料版では『感情ことば選び辞典』が言い換え表現の候補に追加されている)。
そして、最後に“校正機能”。
僕は校正に関してはかなり編集さんに任せてしまっている部分があるが、そんな手間をこのボタンだけで分け合えてしまう。
例えば、僕が苦手なのは同じ言葉なのに統一できていないものを統一することだ。
具体的に言うと「こと」と「事」とか、「僕」と「ぼく」とか、「出来る」と「できる」とか、この辺の初歩的な表記の揺れを簡単に統一できるのが“校正機能”の使い道の一つだ。
他にはシンプルに誤字脱字のチェックや、ら抜き言葉のチェックなどができる。
正直、僕はエディタに多機能を求めていない。文字がストレスレスで書ければそれでいいと思っている。
ただ「idraft」に関して上記の三つの機能(“辞書”“言い換え”“校正”)が文字入力画面に思いっきり出ているため、あれこれ考えないでフィーリングで使える。
ほかにも、鉤括弧や中黒などの記号を簡易入力できるクイックキーボード、指定した書式で書かれているかを確認できる書式チェッカーといった、小説執筆に特化したような機能もある。
にもかかわらず、備わっている機能を無理して調べたりしなくても十分に使えるため、機能が多すぎることのストレスはほとんど感じない。多機能なのにシンプルに使えるという優れものである。
【#アイドラフト 速報】
— アイドラフト/idraft:執筆活動をサポート (@idraft_goo) August 25, 2022
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最新ver.1.2.14公開
新機能「執筆モード」追加
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プレミアムでは小説の書式チェックを簡単にする「小説モード」を搭載
今後も機能拡張予定です
iOS→ https://t.co/0t4wRlHRcu
Android→ https://t.co/CmZEezYPVH#小説 #創作 pic.twitter.com/DAlT6DbOpj
というわけで実践あるのみ。
小説を書いてみよう。
小説:“バンドマンに曲にされた女”ランキング1位の女
「バンドマンに曲にされた女ランキングみたいなのがあったら、私、ダントツで一位ですよ!」
「ってか、なんで打ち上げにいるんすか?」
ライブ終わりで適当に入った居酒屋で円卓を囲う。バンドメンバーの中に混じって座っていたのが彼女だった。
「ダメです?」
「ダメに決まってんじゃないすか」
「え、なんで?」
ダメだ。完全に苦手なタイプの女だ。
「アイドルの打ち上げにアイドルオタクがいたらアウトでしょ?」
「でも、アイドルじゃないじゃん、バンドじゃん」
他のメンバーは他人事みたいに中華料理を選定している。
「ウチらのバンドがファンとの距離感を遠目に設定してるのわかります?」
ファンとの接触を避けるために物販用のスタッフをわざわざ雇っているし、出番以外は外を出歩かないようにしている。そうやって神々しさみたいなものに折り合いをつけないとアーティストとして箔がつかない、というのが僕の持論だった。
「でも、それアナウンスしてないじゃないですか」
「いや、普通、そこは察するでしょ」
「うわー『普通』って言葉使うんですか。あんな歌詞書いてるのに『察する』って言葉も言っちゃうんですか」
気付いたらこの女は席を移動していて僕の目の前にいた。
「ぶっちゃけ最近、いい歌詞書けなくなってきてません?」
エゴサーチをしても誰もそんなこと言っていない。でも、正直、自覚はあった。
「とにかく、お金は要らないんで、帰ってもらえます? 打ち上げにファンが参加したって漏れると不味いんすよ」
「答えになってないですよー」
その瞬間、フラッシュが顔に当たってこの上ない不快感を覚える。
「ちょっと、勝手に写真撮らないでもらえます? 消してください」
プライベートの写真もネット上に流れてはいけない。
「まあ、いいじゃん、一人くらい」
バンドメンバーが二杯目のビールを飲み干してからズレたタイミングで話題に入ってくる。
「いや、ダメです」
バンドの中で僕が一番歳下なのに、僕がリーダーをやっているというアンバランスのせいで、暗黙の了解にしていた様々なルールが崩れて落ちていく。
「ってか、この人、店に連れてきたの誰すか?」
「わかんない! わかんないけどいいじゃん! 飲もうよ」
僕以外のメンバーはライブ前から酒を飲むタイプの人間で構成されている。だから、返答に期待はしていなかった。
「いや、だから、写真撮んないで!」
「はーい、消しまーす」
「いや、消してないでしょ。今、消したフリしたでしょ」
最低な気分だ。
「はい、消した消しました!」
「じゃあ、出口はあちらです。ライブまた来てください」
「わかったわかりました。帰るから帰りますから、帰る前になんかプレゼントください!」
酔っ払いが帰るタイミングを引き延ばす面倒くさいやつだ。
「はあ……。じゃあ、これ、煙草、一本あげます。だから帰って」
「この煙草にサインしてください」
奥歯を噛み締めて鞄からペンを探す。
「ってか私思うんですけど、最近のバンドってなんかネガティブな歌詞が流行ってるじゃないですか。あれって格好いいと思ってやってるんですか?」
今度はダル絡みが始まる。
彼女の言葉は要所要所でチクチクと刺さるものがある。
流行りかどうかは知らないが「誰も傷つけない歌詞」の時代が終わったのか、今は見えない誰かを攻撃するような歌詞が多い。ヒップホップに倣ってディスソングなんて括られ方をしたりもする。バンドが他のバンドをディスる曲なんかも増えてきて、歌詞の内容を「拡大解釈」するリスナーも多い。
ウチのバンドもそう言う意味じゃ好戦的な方だと思う。大して売れてないけど。
「さ、今度こそ帰って」
「お手洗い行ったら帰るから!」
そう言うと彼女はトイレに消えて行った。そのまま個室で眠るタイプの女じゃないことを祈る。
「あのさ、あの子ってもしかしてアレじゃない?」
「なんすか?」
バンドメンバーがサブスクアプリの歌詞をスクショしたものを並べて、一枚ずつみんなに見せていく。
「あっ、このバンドは前に対バンしたよね」
「この曲は知ってる」
「ここのギターは俺、知り合いだよ」
突然始まった歌詞の品評会に僕はため息をつきながら、トイレの方を三度くらい見た。
「で、これがなんなんすか?」
並べられたバンドの中には知り合いもいる。
共通点を述べるとしたら攻撃的な歌詞が多いってことくらいだ。
「歌詞ちゃんと読んでみ?」
ただの酔っ払いの言葉のはずなのに急に空気がピリッとしたのがわかった。
謎が解けたのだ。
「え? これマジすか」
僕が続きを話そうとした所で、女がトイレから戻ってくる。
「なになに? なにしてんの? 私も混ぜて!」
売れてないインディーズバンドの代表曲の歌詞をいくつか並べて、目の前の女の特徴に当てはめてみる。すると立体パズルのように彼女の全体像が浮かび上がる。
「バンドマンに曲にされた女ランキングみたいなのがあったら、私、ダントツで一位ですよ!」
そんな彼女の台詞の真意がわかる。
「これ、全部、あなたへの悪口を歌った曲っすよね?」
「そうそう! これ凄くないですか? 私、人に創作意欲を与えるのが得意みたいで!」
両手で大きな丸を作りながら満面の笑みで彼女は言う。
どうすればそんなポジティブに解釈できるのだろう。
結局終電まで粘られたせいで、うんざりしながら帰宅する。
長すぎた一日の終わりを肩から下ろして一息つくと、無性に歌詞が書きたくなった。
この気持ちを書き留めておかないと後悔すると思った。
そして、僕はゆっくりと「idraft」を開いた。
優秀作品は池袋駅に掲出「idraft」作品募集キャンペーン
「idraft」では現在、1枚のイラストを元に400文字〜450文字の短編小説を募集する「アイドラフト×かずのこ 作品募集キャンペーン」を開催中です。
小説のお題となるイラストは、青い宇宙や海をモチーフにした絵柄で人気のイラストレーター・かずのこさんが描き下ろしました。
応募の場合は、オリジナルイラストに関連した短編小説を「idraft」で執筆し、Twitterに投稿。
「イラストの世界観を一層膨らませる内容か」「『idraft』ユーザーにとってお手本となるクオリティか」などの観点から優秀作品2点を選出。
作品は3月27日(月)から4月3日(月)まで、池袋駅構内の看板広告枠に掲出されます。
/#アイドラフト×かずのこ(@kazunoko_zunoco)
— アイドラフト/idraft:執筆活動をサポート (@idraft_goo) January 13, 2023
作品募集キャンペーン
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添付のイラストからイメージした作品をidraftで執筆
優秀2作品は池袋駅構内に広告掲示❣️
応募方法の詳細はリプライの動画をチェック!
ぜひご参加ください #アイドラフトとかずのこコラボ pic.twitter.com/Uqwan81AKf
【応募方法】
①「idraft」アプリをダウンロード
App Store:https://apps.apple.com/JP/app/id1515861951
Google Play:https://play.google.com/store/apps/details?id=jp.ne.goo.dictapp.pro
②idraft公式Twitterアカウント(@idraft_goo)をフォロー
③かずのこ氏の描き下ろしイラストをイメージした短編小説をidraftで執筆(450字程度)
④「idraft」画面上の執筆作品のスクリーンショットを用意し、本キャンペーンハッシュタグ「#アイドラフトとかずのこコラボ」(外部リンク)をTwitterで投稿もしくはDMで送付
※優秀作品に選出された方には「idraft」公式TwitterアカウントよりDMを差し上げます。
【キャンペーン概要】
募集期間:2023年1月13日(金)12:00〜2023年2月12日(日)23:59
景品内容:池袋駅構内の看板広告枠への掲出:2名
掲出予定期間:2023年3月27日(月)〜2023年4月3日(月)
主催:エヌ・ティ・ティレゾナント株式会社
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