うつ病になると、疲れやすい、気力が出ない、物忘れが増える、眠れない、食欲が湧かないといった症状が現れます。老人性うつ病は、認知症よりもよっぽど怖い。老人医療に詳しい精神科医の和田秀樹氏が著書『「65歳の壁」を乗り越える最高の時間の使い方』(日本能率協会マネジメントセンター)で解説します。

年齢を重ねるごとに体の機能は衰える

■通勤がなくなって脚力が衰える

お金のことを不安に思うよりも、私がみなさんに知っておいてほしいこと。

それは、高齢者という年になることでの心身への影響です。

お金の問題は生活保護などによって解決可能だと言えますが、心の病と、それが引き起こす健康問題は、完治が難しいものです。

そして実際のところ、年齢を重ねるほどに体の機能は衰えていきます。

廃用症候群(廃用性萎縮)という言葉をご存じでしょうか。筋肉や関節などは使われなくなると、衰えていくということです。

例えば一度寝たきりになってしまうと、それまで行っていた立ち上がったり歩いたりする動作ができなくなってしまうということがこれに当たります。親世代の方が、このような状態になってしまったという話は身近にもあるでしょう。見聞きする側としても驚きますし不思議に思いますが、本人はなおさらショックです。

今、これがみなさんにも起こり得るということをお伝えしておきたいのです。

定年になれば通勤がなくなります。最寄り駅までの朝夕の徒歩10分ずつ歩いていた時間は貴重な運動時間でもありました。

家の中を歩くだけなら、脚力の衰えを感じることもないでしょう。毎日、家にいれば不自由は感じないかもしれません。

ですが、ある日ふと、以前のように駅まで歩いてみると、意外なほど衰えていることに気づきます。

足が前に出なかったり、階段の上り下りで息が上がったり……。

なんでもないと思っていた生活パターンの変化は、想像以上に体を衰えさせます。

認知症への不安

体の衰えだけではありません。

心の衰えに不安を抱く方も多いでしょう。

2021年に太陽生命保険が実施した『認知症の予防に関する意識調査』では、なりたくない病気の1位が「認知症」でした(42.6%)。2位の「がん」は28.7%で、この順番は調査対象の20代から70代の全世代で同じでした。

みなさんもまた認知症に対して、老後もっとも怖い病気だと思っていないでしょうか。

認知症になって何もできなくなるのではイヤだ」 「徘徊やわけの分からない言動で、家族にも周りにも迷惑をかけてしまう」 「老後が認知症だなんて幸せだとは思えない」

しっかり者であればあるほど、そのギャップに耐えられないなんて不安も持つ方もいるはずです。

ただ私がお伝えしたいのは、多くの人が抱く認知症のイメージと実際は違うということです。認知症はみなさんが考えているほど怖くはありません。

私は高齢者専門の精神科医として、これまで多くの認知症の人たちを診てきました。その立場から言えることは、どれだけ認知症が進もうと、幸福感を持って生きている方のほうが多く見られるということです。何か解き放たれたように、幸せそうな笑顔を見るたびに「認知症になることは、決して不幸ではない」と感じています。

認知症とうつ病は見分けがつきづらい

私は認知症は病気ではなく、老化現象のひとつだと考えています。ですから、長生きすれば認知症になるのは当たり前のこと。個人差もありますし、あまり悪く考えていては、そのほうが心に悪影響を及ぼします。普段の心がけによって、ある程度、予防したり、進行を食い止めることだってできます。

学者や弁護士のような、知的な職業に就いていても、実は認知症だったということもあります。これは、積み重ねてきた学習や専門領域については忘れないために、問題が生じづらいことによります。

政治家でも認知症にかかっているということだってあります。

例を挙げてみましょう。

アメリカのレーガン元大統領は、退任後数年後にアルツハイマー型認知症を発症したことを公表しています。発表した時には、まともに会話が通じなかったことや、この病気の進行速度などから考えると、在任中から軽度の症状はあったはず。

それでも、レーガン大統領は経済面や外交面等で、その後の自国や他国の世界に大きな影響を与えるような仕事をしていました。多少乱暴な言い方をすれば、軽度の認知症であるならば、大統領のような重責さえ務まってしまうのです。

認知症の初期であれば記憶力が低下する程度の話。誤解している方もいますが、いきなり家族の顔がわからなくなるということはありません。「認知症になっても大丈夫」という気持ちも大事です。

■とにかく怖い老人性うつ

認知症よりも、私が精神科医として強く警鐘を鳴らしたいのは、老人性うつ病です。老人性うつ病は、認知症よりもよっぽど怖い。

うつ病は、いろいろなことを悲観的に考えてしまいます。

うつ病になると、疲れやすい、気力が出ない、物忘れが増える、眠れない、食欲が湧かないといった症状が現れます。そして、その症状も悲観的に捉えがちです。

例えば、物忘れがひどくなっていくと「私は認知症になってしまったのでは」と不安になっていきます。

はっきりと分かる、うつ病の症状だけでなく、気分が落ち込みやすいという症状まで含めると、65歳以上の1割から2割の方が、これに悩んでいると言われています。決して少ない数字ではありません。

認知症うつ病は見分けがつきづらいものがあります。

私は、来院した方に対して、はじめに次のような2つの質問をします。

「ちゃんと眠れていますか?」 「食欲はありますか?」

この問いかけに「眠れてはいるんですけれど、夜中に何度も目を覚ますんです」と答える方は、うつ病の可能性が高いと診ています。なぜなら、うつ病からの不眠は、寝つきがわるい「就眠障害」よりも、眠りの浅い「熟睡障害」のほうが多いためです。

食欲に関しては、「何を食べても美味しくありません」「最近、食が細くなりました」とおっしゃる場合は、うつ病の可能性が高いと診ます。

以下に、ご自身でもできる、うつ病を早期に発見するための簡単なチェック表を用意しました。これらの項目のうち2つ以上当てはまり、その状態が2週間以上続いている場合は、うつ病、またはうつ病に近い状態になっているかもしません。できるだけ早く精神科を受診ください。

□食欲が落ちてきて以前より食べものがおいしく食べられない  □憂うつな気分が続く □何をやっても楽しくない □疲れやすい □熟睡できない □イライラが続く □必要以上に自分を責める □自分は「価値がない人間」だと思う

先に書いたとおり、認知症の場合は、自分がボケてきたという自覚もなくなり、進んでいくと多幸感を得やすいと言えます。

それに比べて、うつ病はつらいものです。本人がつらい状況をはっきりと自覚しています。つらい状況に悲観的になり、不眠に悩まされ、妄想に取りつかれる場合も。さらに自責の念や罪悪感にさいなまされれば、自殺願望にさえつながってしまいます。

和田 秀樹 ルネクリニック東京院 院長

(※写真はイメージです/PIXTA)