1月25日、NHKの新会長に元・日銀理事の稲葉延雄氏が就任した。受信料については従来通り、負担者の「納得感」の重要性を強調している。しかし、反発は強く、インターネットの伸長もあって、受信料収入の減少につながる事象が相次いでいる。長らく放送局に勤めてきた者として、テレビの立ち位置が揺らぐ話を見聞するたびに不安に駆られる。放送と通信の融合が進展する中で、国民とNHKと民放の3者の関係はどうなっていくのか、どうあるべきなのか。今回はNHK受信料について取り上げてみたい。

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(岡部 隆明:就職コンサルタント、元テレビ朝日人事部長)

「みなさまのNHK」とは?

 NHKは「〇〇放送」です。「〇〇」に入る言葉は何でしょう?

 私が大学4年生だった約30年前、参加したNHKの就職セミナーで、司会者が出した質問です。選択肢を4つくらい列挙して、学生が挙手する、そんなやりとりでした。参加者が最も多く選んだのが「国営」で、過半数を超えていた記憶があります。私も「国営」のところで手を挙げました。

 正解は「公共」です。「『国営』と回答するのは想定通り」と言わんばかりに、司会者が得意気に解説していた場面を覚えています。

 放送業界を目指していながら不勉強だったことは否めませんが、解説を聞いても公共放送の意味が呑み込めず、「NHK=公共放送」が腑に落ちませんでした。

「みなさまのNHK」とよく言われます。NHKはいったいどういう存在なのでしょうか?

なぜNHKだけが「公共」なのか

 有識者や放送関係者が「公共放送のあり方」について議論を重ね、理想の姿を提示することは有意義なことです。

 ただ、国民からすれば、「NHKは公共放送である」と定義づけること自体に、それほど関心がないのが実情でしょう。逆に、公共性のない放送とはどういうことなのか、なぜNHKだけが公共放送を名乗るのか釈然としません。

 そうした曖昧模糊とした感じもあって、NHKを国営放送だと勘違いしている人は案外多いのではないでしょうか。ニュース番組が多い、国会審議や国技である大相撲を中継している、など、放送内容によるのかもしれません。

 また、国営放送と思わせるような出来事もありました。

「政府が右と言っているものを左と言うわけにはいかない」

 2014年に当時の籾井勝人会長が就任会見で、NHKの国際放送について発言したものです。物議をかもし、後に発言を撤回しました。

 いろいろありますが、国営放送だと思ってしまうのは、受信料を国民から徴収していることが大きいように思います。

「いつでも、どこでも、誰にでも、確かな情報や豊かな文化を分け隔てなく伝えることを基本的な役割として担っている」

 これを理由に、NHKは「受信設備を設置した人に公平に受信料を負担してもらっている」としています。受信料が収入の約97%を占めており、受信料徴収の根拠は端的に言えば「公共放送を維持すること」です。「公共放送」が受信料徴収の「錦の御旗」になっているので、曖昧模糊でも釈然としなくても、「NHKは公共放送である」ということが何より大事なのです。

約2割が不払いという不公平さ

「NHK?」「受信料!」

 ヒントに対して思い浮かぶものを答える、かつての人気番組『連想ゲーム』でのやりとりのように、NHKと言えば受信料、両者は一体のものとして捉えられてきました。

 受信料はNHKと国民をつなぐものですが、時に裁判沙汰になるほど問題の種になってきた歴史があります。

 問題の一つは、真面目に支払っている人が馬鹿を見るような不公平さです。

 NHKは「公平に負担してもらっている」と説明していますが、実際は約2割が不払いです。全国平均では5世帯に1世帯が、東京都大阪府では3世帯に1世帯が払っていないということです。この不公平の実態は看過できず、制度として問題があると言わざるをえません。

 また、不払い解消のためにNHKは訪問営業を実施してきましたが、その振る舞いに対して多くの苦情がありました。さらに、訪問営業にかかる費用が年間600億〜700億円にのぼり「高コスト体質」が問題視されてきました。実に受信料収入の約1割に相当します。

 そうした悪評とコロナ禍の影響もあって、NHKは2021年度から訪問営業を大幅に減らしています。しかし、訪問営業がなければ、不払い者が増えて不公平が拡大します。不公平感が新たな不払い者を生む可能性があります。徴収の仕組みの合理性を欠いたままでは、受信料制度への信頼感を獲得することはできません。

この4月から始まる「罰金」制度

 訪問営業の縮小と引き換えのように、受信料不払い者に対して、受信料の2倍の「割増金」を上乗せして請求できる制度が4月から始まります。これは「罰金」制度とも捉えられ、早速、SNSを中心に反発の声が挙がっています。

 この制度をどのように運用するのか関心が集まりますが、就任したばかりの稲葉会長は「条件に該当するからといって一律に請求するわけではない」と慎重な姿勢を示しています。アクセルブレーキを同時に踏むような感じで、スタンスがわかりにくくなっています。

 このわかりにくさを私なりに解きほぐしてみました。

 もともと受信料徴収に批判的な人たちの反感を買うのは織り込み済みです。そうした声が必要以上に広がらないことが大事なので、「ブレーキ」をかける発言がなされるのでしょう。

 もっと大事なのは、ニュースや記事で取り上げられ、「罰金を取られるかもしれない」と多くの国民に思わせることです。国民の善意に訴え、受信料を今まで通りに払ってもらう効果を狙ったのではないでしょうか。

 昨今、食費や光熱費の値上げが相次ぎ、家計が悲鳴を上げているうえに、今後、防衛費や少子化対策費などによる、「異次元」の負担を課せられることを覚悟しなければなりません。そんな中で受信料問題は、切実な家計の問題としても浮かび上がってきます。

 サブスクサービスが広がっているように、見たい映像コンテンツに対して個別に料金を支払う機会が増えている時代です。それだけに、NHKを見る見ないに関係なく受像機(テレビ)を持っていることで受信料を支払う義務があるという理屈には、やはり疑問を抱く人は多いのではないでしょうか。受信料の金額の多寡ではなく、そもそも税金のように負担する仕組みに納得がいかないのです。

契約総数は2年間で100万件減少の見通し

 NHKの事業計画によると、受信料収入は2022年度の6700億円から、2023年度は6240億円になり、460億円もの大幅減少となる見込みです。これは契約件数の減少と今年10月に予定している値下げの影響だということです。

 契約総数についてみてみましょう。2021年度は4155万件でした。2022年度は4112万件、2023年度は4054万件と見込んでいます。2年間で100万件の減少を想定していることになります。

 日本は国民の6人に1人が75歳以上の超高齢化社会で、年間80万人の人口が減る多死社会でもあります。人口減少は契約件数の減少につながる悩ましい課題です。

 このように受信料制度は難題山積で、今まで以上に仕組みの特殊性が浮き彫りになっています。そして納得感は小さくなり、むしろ反発心が強まっているようです。

テレビ本放送開始から70年

「放送と通信の融合」が進み、「放送」と「配信」の垣根がなくなってきています。NHKも「公共放送」ではなく「公共メディア」と称して、インターネット事業の拡充を先取りしています。

 テレビの本放送が始まったのは1953年2月で、ちょうど70年を迎えます。何でも転換点と言うのは浅はかかもしれませんが、受信料制度そのものも見直す時期なのではないかと思います。

映像の世紀』のような良質なドキュメンタリー、災害報道への信頼感など、NHKの存在意義の大きさを感じます。これからも放送文化の中軸であって欲しいと思います。しかし「みなさまのNHK」と呼べるほどの親近感は低下して、「受信料さまさまのNHK」なのではないでしょうか。

 次回、「NHK離れ」が深刻化している問題を取り上げるとともに、持続可能なNHKであるための取りうる選択肢について考察してみたいと思います。

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