2018年の大ヒット映画「ブラックパンサー」の続編として2022年に公開された「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」(ともにディズニープラスで配信中) が、「第95回アカデミー賞」で助演女優賞(ラモンダ役アンジェラ・バセット)など5部門にノミネートされた。アンジェラ・バセットは同作で「第80回ゴールデングローブ賞」助演女優賞を受賞しており、ゴールデングローブ賞に続きアカデミー賞も獲得できるか注目が集まっている。

【写真】新たなブラックパンサーが登場!洗練されたビジュアル

■ボーズマンへの敬意が詰まった続編

MCU初の黒人スーパーヒーローによる単独作品だった「ブラックパンサー」は、主演のチャドウィック・ボーズマンをはじめとするキャスト、監督のライアン・クーグラーらスタッフの大半が黒人という、それまでのマーベル作品にはなかったものになっていて、公開されると瞬く間に人気が広がり、全米で歴代5位(当時)のオープニング記録を打ちたて、5週連続で1位をキープした。「第91回アカデミー賞」において、スーパーヒーロー映画として初の作品賞にノミネートされたことで、作品としての完成度、芸術性の高さなども証明することとなった。

続編の期待が高まる中、ボーズマンが若くして亡くなった。ワカンダ国王のティ・チャラであり、ブラックパンサーであるボーズマン不在で続編を作ることは不可能なのではないかと思われたが、続編は作られ、2022年11月に公開された。代役を立てたり、CGなどでボーズマンが演じたティ・チャラを無理矢理よみがえらせることをしないという選択をして取り組んだ続編は、ボーズマンへの敬意が感じられ、ティ・チャラの死をみんなで乗り越えるストーリーを生み出した。

ラモンダ女王を演じたアンジェラ・バセット

2作通して出演したキャストも多いが、その中でもラモンダ女王を演じたアンジェラ・バセットに注目したい。バセットは1958年にアメリカ・ニューヨークで生まれ、イェール大学大学院イェール・スクール・オブ・ドラマで美術修士号を取得。その後、1986年に公開された映画「F/X 引き裂かれたトリック」にTVリポーター役で出演して女優デビュー。アーノルド・シュワルツェネッガー主演のコメディ映画「キンダガートン・コップ」(1990年)などに出演した後、1992年スパイク・リー監督、デンゼル・ワシントン主演の「マルコムX」でマルコムの妻“ベティ・シャバズ”を好演し、その演技力の高さで注目される存在となった。

そこできっかけをつかんだバセットは1993年、ロック界の女王ティナターナーの自伝を映画化した「TINA ティナ」で大きく花を咲かせることになる。まさにこの役が当たり役となり、「第51回ゴールデングローブ賞」の主演女優賞(ミュージカルコメディ部門)を受賞。アフリカ系アメリカ人の女優として初の快挙を成し遂げた。この時、「第66回アカデミー賞」主演女優賞にもノミネートされていた。

その後、暗殺されたマルコムXの遺志を継ぐ形で結成されたブラックパンサー党を描いた映画「パンサー」(1995年)、4人のアフリカ系アメリカ人女性の友情や生き方をつづったロマンティックコメディ映画「ため息つかせて」に出演。「パンサー」の“ブラックパンサー”つながりは偶然だが、「ため息つかせて」はバセットをはじめ、サバンナを演じた歌手のホイットニー・ヒューストンロビン役のレラ・ローション、グロリア役のロレッタ・デヴァインなど、主な出演者がアフリカ系アメリカ人で、監督を務めた俳優フォレスト・ウィテカーアフリカ系アメリカ人というところなどは、キャスト&スタッフの大半が黒人の「ブラックパンサー」シリーズに通じるものがあるように感じる。

さらに、メリル・ストリープと共演した「ミュージック・オブ・ハート」(2000年)、ロバート・デ・ニーロ主演の「スコア」、野球をテーマにした「Mr.3000」、アクションスリラー作品「エンド・オブ・ホワイトハウス」(2013年)とその続編「エンド・オブ・キングダム」(2016年)、「エンド・オブ・ステイツ」(2019)などに出演し、印象深い演技を見せてくれた。

そして、「ブラックパンサー」「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」。この2作品で演じた“ラモンダ”がバセットにとって新たな当たり役、ハマり役となり、世界中の人たちの胸に深く刻まれることとなった。

ラモンダは、先代のワカンダ国王ティ・チャカの妻であり、ボーズマン演じるティ・チャラとレティーシャ・ライト演じるシュリの母親。「ブラックパンサー」の撮影時、すでにボーズマンは闘病中だったが、そのことは伏せられていてバセットをはじめとする共演者も知らなかったという。続編では息子ティ・チャラの死後、ワカンダの王座を引き継いだのがラモンダ。夫、そして息子を相次いで亡くした悲しみをこらえて王位に就いたラモンダの気持ちと、主演したボーズマンを亡くし、役柄としても役者としてもより責任感の大きさを痛感したバセットの気持ちは重なるところが大きかったのではないだろうか。

娘のシュリは天才的な頭脳の持ち主で、若くしてワカンダの技術開発チームを率いていた。しかし、ティ・チャラの急逝にショックを受け、しばらく自分のラボに閉じこもって出てこなかった。若いシュリがそれほどの衝撃を受けるのは当然のことだろう。しかし、ラモンダに悲しみに打ちひしがれている暇はなかった。母親としてシュリを優しく気遣いながらも、ワカンダだけが所有する貴重な鉱石“ヴィブラニウム”を守るため、すなわちワカンダを守るために諸外国を相手に毅然とした態度で立ち向かい、渡り合った。

今作ではラモンダが国連の総会で世界各国の首脳陣と対峙(たいじ)するシーンも見られるが、そのりりしさ、力強さ、存在感、全てが重厚で威厳のある姿に思わず引きつけられてしまう。

この作品でバセットはゴールデングローブ賞の助演女優賞を受賞した。さらに「第95回アカデミー賞」で、バセットは助演女優賞にノミネートされている。MCU作品の演技部門でのノミネートは今回が初めてで、新たな扉を開けることとなったが、本作での威風堂々たる演技を見れば納得のノミネーションと言える。

◆文=田中隆信

映画「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」でラモンダを演じるアンジェラ・バセット/(C)2023 MARVEL