新種の氷はもはや氷ではないのかもしれません。

英国のユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)で行われた研究によって、これまでにない水とほぼ同じ密度を持つ氷「中密度の非結晶氷」が作られ、加熱すると熱を発して普通の結晶状の氷に変化するなど、奇妙な特性を持つことが明らかになりました。

通常の氷は水よりも密度が1割ほど低いため、水によく浮きます。

しかし新種の氷をコップの中の水に入れると、水と密度が近いため、通常の氷よりも沈んだ位置で「たゆたう」ことになります。

また通常の氷は水の分子が規則正しく並ぶ結晶状をとりますが、新種の氷の分子は液体の水のように雑然としており、固体としての見かけと液体としての分子配置を兼ね備えていることが判明。

そのため研究者たちは新種の氷は厳密には「氷」の区分ではなく「ガラス化した液体の水」である可能性があると述べています。

水がガラス化するとは、いったいどうゆう意味なのでしょうか?

研究内容の詳細は2023年2月2日に『Science』にて掲載されました。

目次

  • 新たに発見された新種の氷は「ガラス化した液体の水」である可能性!

新たに発見された新種の氷は「ガラス化した液体の水」である可能性!

新たに発見された新種の氷は「ガラス化した液体の水」である可能性!
Credit:ALEXANDER ROSU-FINSEN st al . Medium-density amorphous ice . Science (2023)

小学校や中学校の教科書では温度が上がるにつれて物質が「固体➔液体➔気体」と3つの状態に変化していくと記されています。

これらの状態は、厳密には分子の並び方で分類されています。

たとえば液体は分子がランダムに配置されている状態を指し、固体とは分子が規則正しく配列している状態を指します。

分子が規則正しい空間配置を持つことを「結晶」と呼びます。

つまりランダムに漂っていた分子が結晶化すると固体になるのです。

たとえば通常の氷(固体の水)は分子が規則正しく配列した「結晶」の状態をとります。

しかし、世の中には結晶化していない固体が存在します。

それがアモルファス(非結晶)と呼ばれる状態です。これは固体と液体の中間とも表現され、この状態の代表的な物質がガラスです。

よくガラスが、「実は固体じゃない」とか「実は液体だ」とか言われる理由は、ガラスが特殊なアモルファス(非結晶)という状態だからです。

そして、実は水においても冷却方法を工夫すると、分子配列が液体のようにランダムなまま凍りついた非結晶状態にできることが知られています。

非結晶の氷というとイメージしずらいかもしれませんが、実は宇宙においては結晶状態の氷のほうが珍しくなっています。

たとえば1930年代に行われた研究では、極めて低温の表面に水蒸気を付着させることで、水よりも密度が低い「低密度非結晶氷(1 cm3あたり0.94g)」を生成することに成功しています。

このような低温環境で水蒸気が冷却されていく現象は宇宙空間を漂う氷塊が形成される一般的な方法であり、低密度非結晶氷は宇宙で最もありふれた氷の状態と考えられています。

また1980年代には通常の氷を低温環境下で圧縮することで「高密度非結晶氷(1cm3あたり1.13g)」を作り出すことに成功しています。

このような高密度非結晶氷は恒星から遠く離れた冷たいガス惑星の内部では一般的と考えられています。

通常の物質は、「気体➔液体➔固体」と変化するに従って密度が増していき体積が減ります。(たとえばロウ等)

しかし水(H2O)は結晶化すると液体のときより隙間を開けて規則正しく並ぶため、固体の方が密度が下がってちょっと膨らむ特殊な性質を持ちます。そのため、冬場に凍結すると水道管を破裂させるなどの被害を生むのです。

また密度が下がることで氷は水に浮くという性質も獲得します。

なので低密度非結晶氷は、通常の氷とそれほど性質は変わりませんが、水より密度の大きい高密度非結晶氷は水に沈んだり、水より体積が減るという普段と違う性質を示すようになります。

しかし、水と同程度の密度を保った中密度の非結晶氷を人工的に作り出した人はまだいませんでした。

ただ以前にケンブリッジ大学で行われたシミュレーションでは、低温環境で普通の氷を砕くと、中密度非結晶氷が生成できることが示されていました。

そこで今回、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンは、容器の中に鋼鉄の球を入れて激しく振動させる「ボールミル」と呼ばれる装置で、普通の氷を77K(マイナス196℃)の環境で砕いてみることにしました。

ボールミルは主に産業分野で用いられている装置であり、凍結させた物体を粉上に砕くために用いられています。

そして氷を低温で粉砕した結果、シミュレーションどおり普通の氷の結晶構造が破壊(せん断)されて、水に近い密度を持つ中密度非結晶氷(1 cm3あたり1.06g)が生成されたのです。

2枚目の画像

このような固体とみなせる状態でありながら液体と同じようなランダムな分子構造と密度を持つ物質は「ガラス相」と呼ばれます。

上述した通りガラスは非結晶の状態であり結晶(固体)ではありません。そのため固体とみなせる状態でありながら重力下で長い間放置していると、粘性のある液体のように流れることが知られています。

実際、古い建物に設置された大昔の窓ガラスなどは、精密に測ると重力によってガラスが流れて、上側より下側のほうが厚くなっているのがわかります。

そのため研究者たちは、中密度非結晶氷は「ガラス化したH2O」の一種と考えられると述べています。

太陽系の外側にある氷の衛星では結晶氷ではなく非結晶氷が作られやすくなっている
Credit:Wikipedia

また研究者たちは、太陽系外縁にある木星のエウロパや土星のエンケラドゥスなどの「氷の衛星」にも中密度非結晶氷が重要な成分になっている可能性があると述べています。

これらの氷の衛星は巨大ガス惑星の重力による影響で氷の繰り返しの破壊(せん断)が起きており、ボールミルのように常に中密度非結晶氷が生成されている可能性があるからです。

次に研究者たちは中密度非結晶氷を加熱して元の普通の氷になるかどうかを検証しました。

結果、中密度非結晶氷を77K(マイナス196℃)から153K(マイナス120℃)に加熱したところ、通常の氷の結晶構造に変化していると判明。

また興味深いことに、加熱と同時に中密度非結晶氷から熱が放出されていることが明らかになりました。

このような熱の放出は他の非結晶氷では起こらず、中密度非結晶氷でのみ見られる現象です。

そのため研究者たちは、中密度非結晶氷では何らかの形で機械的エネルギーを蓄えており、それを加熱によって放出する機能を持っていると結論しました。

もし同様の変化が氷の衛星でも起きている場合「氷が温められると異常な量の熱が放出され」衛星の地殻活動に大きな影響を及ぼしている可能性があります。

同じH2Oという物質であっても、分子の配列によって非常に興味深い性質が生まれるようです。

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参考文献

Scientists created a weird new type of ice that is almost exactly as dense as water https://www.livescience.com/new-medium-density-amorphous-ice

元論文

Medium-density amorphous ice https://www.science.org/doi/10.1126/science.abq2105
水と同じ密度を持つ氷「ガラス化したH2O」の作成に成功!