2023年度の年金額は、物価上昇を反映して3年ぶりに増額されますが、実質的には目減りすることになりました。年金額の目減りの仕組みと背景、効果や影響について、ニッセイ基礎研究所の中嶋邦夫氏が解説します。

はじめに

2023年度の年金額は、物価上昇を反映して3年ぶりに増額されるが、実質的には目減りすることになった。本稿では、目減りの仕組みと背景、効果や影響を概説する*1

*1:本稿では、後述する本来の年金額の改定率(物価や賃金の伸び率)と実際の改定率の差(調整率分)を「目減り」とする。

1―目減りの仕組み:物価や賃金の伸び率から「調整率」を控除

2023年度の年金額は、前年度と比べて67歳以下は2.2%、68歳以上は1.9%の増額と決まった。

現在の年金額の改定(毎年度の見直し)は、2つの要素から構成されている。1つは、物価や賃金の変化に応じて年金額の価値を維持するという、年金額改定の本来的な意義の部分である。しかし、現在は、本来の改定率である物価や賃金の伸び率から、いわゆるマクロ経済スライドの調整率を差し引いたものが、最終的な改定率になる。

2023年度の改定では、本来の改定率は2022年の物価上昇を反映して67歳以下が+2.8%、68歳以上が+2.5%となったが*2、ここから調整率の-0.6%が差し引かれて前述した改定率となる(図表1)。つまり、調整率の分だけ年金額の価値が下がる、すなわち目減りすることになる。

*2:本来の改定率が67歳以下と68歳以上で異なる理由は、拙稿「2022年度の年金額は0.4%減額、2023年度は増額だが目減りの見込み (前編)年金額改定ルールの経緯や意義」を参照。

2―目減りの背景:少子化・長寿化と保険料の引上げ停止

年金額が目減りする仕組みが導入された背景は、少子化・長寿化と保険料の引上げ停止である。

1|背景1:少子化と長寿化が進展

年金制度は、現役時代に保険料を負担し、高齢期になると亡くなるまで年金を受け取り続けるという、長期間にわたる仕組みである。このため、長期の人口予想をもとに制度が設計されている。

日本の出生率は、長期にわたって低下傾向にある。近年は2005年頃に比べると高い水準にあるが、人口を維持するために必要な水準(2017年の推計で2.06)を下回り続ける見通しになっている。また、高齢者の余命は長期にわたって延びており、今後も緩やかに延びていく見通しになっている。年金制度は、このような人口の見通しの変化に合わせて、見直しが続けられている(図表2)

2|背景2:2017年から保険料の引上げが停止

2004年の制度改正に向けた議論の過程では、少子化と長寿化が進む中で年金額の実質的な水準を将来にわたって維持するためには、将来の保険料を当時の2倍近い水準(厚生年金の場合、労使合計で年間給与の23.1%)へ引き上げる必要がある、という試算が公表された(図表3左)。この試算を受けて、経済界や労働組合は保険料の大幅な引上げに反対した。

そこで2004年の制度改正では、将来の企業や現役世代の負担を考慮して保険料の引上げを2017年に停止し、その代わりに年金額の実質的な水準を段階的に引き下げて年金財政のバランスを取ることになった。この年金額の実質的な水準を引き下げる具体的な仕組みが、前述した年金額が目減りする仕組みである。この仕組みは年金財政の健全化が見込まれるまで続くことになっているが、いつまで続くかは今後の経済や人口の状況によって変わる。(図表3右)

3― 目減りの効果:年金財政の健全化と世代間不公平の改善

年金額の目減りによる効果は、年金財政の健全化と世代間不公平の改善である。

1|効果1:年金財政の健全化が進展

前述したように、年金額の目減りは、本来の改定率である物価や賃金の伸び率から、少子化や長寿化の影響を吸収するための調整率(いわゆるマクロ経済スライドの調整率)を差し引くことで生じる。この調整率は、公的年金加入者の減少率から受給者の余命の延び率を引いた値になっており、これによって年金財政の健全化が進む仕組みとなっている*3。

この仕組みで年金財政の健全化が進む理由は、次のように整理できる(図表4)少子化が進むと保険料を払う人数が減るため、年金財政にとっては保険料収入の減少要因となる。また、長寿化が進むと高齢者の人数が増えるため、支出である給付費の増加要因となる。ここで、収入の減少要因と費用の増加要因を調整率に組み込めば、毎年度の年金額の見直し、つまり単価の調整の中で少子化や長寿化という人数の変化の影響を吸収する形になり、年金財政の健全化が進みやすくなる。

*3:調整率の適用には特例が設けられており、原則どおりに適用すると調整後の改定率がマイナスになる場合と本来の改定率がマイナスの場合には、原則どおりに適用される場合よりも年金財政の健全化が遅れる。詳細は、拙稿「2022年度の年金額は0.4%減額、2023年度は増額だが目減りの見込み (前編)年金額改定ルールの経緯や意義」を参照。

2|効果2:世代間不公平の改善

年金額の目減りには、世代間の不公平を改善する効果もある。2004年改正前の制度は、基本的に、少子化や長寿化が進むと将来の保険料を引き上げる仕組みであった。既に年金を受け取っている世代は保険料を払わないため、将来の保険料が引き上げられることになっても影響を受けない。いわば勝ち逃げのような状態になるため、その分を将来の加入者が高い保険料として負担する、という構造になっていた。

しかし、2004年改正後の仕組みでは、既に年金を受け取っている世代も本来の改定率から調整率が差し引かれる形で少子化や長寿化の影響を負担する。過去の低廉な保険料や段階的な保険料の引上げで生じた世代間の不公平が完全に解消されるわけではないが、改正前の制度と比べれば不公平が改善する仕組みになっている(図表5)

4― 目減りの影響:年金受給世帯が相対的貧困になる可能性が上昇

年金額の目減りには、これらの効果がある一方で、年金受給世帯が相対的貧困になる可能性が高まるという側面もある。

絶対的貧困が最低限の生存の維持が困難な状態を指すのに対して、相対的貧困は社会の大多数よりも貧しい状態を指す。具体的には、等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯員数の平方根の割った値)が全体の中央値の半額を下回る世帯を指すことが多い。可処分所得の全体の中央値は現役世代の賃金の伸びにある程度連動すると考えられるため、目減りによって年金額の伸びが現役世代の賃金の伸びを下回ると、年金受給世帯が相対的貧困になる可能性が高まる。

5― 総括:年金額の改定を機に、現役世代と高齢世代の相互理解を期待

ここまで述べてきたように、年金額の目減りによって年金財政の健全化が進む。年金財政の健全化が進むと年金額を目減りさせる仕組みを早めに停止できるため、将来の年金額の目減りがより小幅で済むことになる。

現役世代は、高齢世代が物価や賃金の伸びを下回る年金の伸びを受け入れることで将来の年金額の目減りが抑えられることに、思いをはせる必要があるだろう。一方で高齢世代は、年金額の目減りがなければ少子化や長寿化の影響を将来世代に負担させる形になり、世代間の不公平が拡大することを理解する必要があるだろう。

年金額の改定を機に、現役世代と高齢世代の相互理解が進むことを期待したい。

(写真はイメージです/PIXTA)