「成年後見人制度」は、認知症などによって判断能力が低下した人の財産管理や生活に必要な契約を代理人が行うことで、円滑に進めるための制度だ。しばしば問題点が指摘されるこの制度だが、相続に大きな影響を与える「成年後見人制度のリアル」について、行政書士であり静岡県家族信託協会代表を務める石川秀樹氏のブログより、具体的な例を交えて解説された箇所を抜粋して紹介する。

ボケ始めた母…

Q:(相談者)78歳の母親の物忘れが最近、目立ってきました。 普通に会話はできますが、何か以前とは違う感じです。

今のところ、母は通帳を自分で管理していますが、「通帳がない、カードがない」と電話がかかってくるようになりました。そのたびに実家に駆け付け、なんとか“発見”できているのですが、いつ銀行に口座を凍結されるか、冷や冷やしている状況です。

こうした状況の母を守るために、私は母と任意後見契約を結ぼうか、と考えています。成年後見にはいろいろ“不都合”があると聞くのでしたくないのですが、任意後見なら、母がボケても私が通帳を管理でき、安心ではないかと考えています。

それとも「家族信託契約」の方がよいのでしょうか? 違いが分からず迷っています。

東京都、T・K)

「任意後見はよい制度」、は錯覚!

A:T・Kさんのように、「任意後見」をとてもよい制度のように“勘違い”している人が多いので、私は憂慮しています。

「よい制度」と思う理由は、おそらく「任意後見なら自分が後見人になれる」と思っているからでしょう。

家庭裁判所が後見人を決める「法定後見」(成年後見・保佐・補助)に比べれば確かにマシではありますが、「だから良い制度」と思い込むと、ほぞを噛むことになりかねません。

憂慮する理由は2つ──

①あなたが任意後見人になると、「法定後見以上に厳しくあなたの財産管理を監視される」ことになる。

そしてもう一つの理由は、

②任意後見を使うと法定後見に誘導される恐れがある。

ということです。

結局他人に監視される

まず最初の問題として、質問者さんはなぜ「任意後見契約」を結びたいのでしょうか。

このままお母さんが通帳・カードを持っていると、銀行に口座そのものを凍結されてしまうかもしれない。そうなったときに、自分が任意後見人になっていれば、母に代わって自分が通帳からお金の出し入ができる、と考えるからでしょう?

それは半分当たっていますが、任意後見契約には“重要な制約”があることを忘れないでください。

まず、任意後見契約と法定後見(成年後見・保佐・補助)はどちらも「成年後見制度」と言います。共に家庭裁判所の管理下にある制度です。

成年後見(法定後見)では、家庭裁判所が士業後見人を選任し、本人の財産すべてを後見人等が管理します(本人の財産額が少なく、家族間の対立がない場合は、家族が後見人になることもあります。その確率は20%以下です)。

一方、任意後見では、後見開始時に家庭裁判所が「任意後見監督人」を選任し、任意後見人(あなた)を監督させます。

任意後見監督人は弁護士か司法書士、つまり100%職業監督人です。

親の財産管理に「成年後見」という制度を使う限り、赤の他人からの監視は免れられません。法定後見(例えば成年後見人)の場合は、原則年1回の報告で済みますが、任意後見監督人への報告は年数回に及ぶことも少なくありません(この点は、任意後見監督人の性格に左右されます)。

定期預金の解約も「自由」ではない

あなたが任意後見人になっても、問題解決にはなりません。例えば「500万円の定期預金の解約」を考えてみましょう。

任意後見監督人に何も相談しないで解約できると思いますか? はじめに「母が介護施設に入所するための保証金に充てる」と説明しておけば、監督人のOKは出るかもしれません。

しかし「今後の出費に備えて、定期預金はすべて解約する」という理由なら、監督人は難色を示すでしょう。定期預金を普通預金に換えれば、明らかに使い勝手がよくなります。それは「お金が流出しやすくなること」と、監督人は考えるでしょう。

任意後見監督人がこの問題を家庭裁判所の事務官に相談すれば、同様の答えが返ってくるでしょう。

流石に、月々の生活費の内容にまで監督人がいちいち干渉することはないとは思います。しかし「熱中症対策に部屋にエアコンを買う」などという費用についてだと、任意後見監督人は口をはさみます。日常の費用以外の“(おおむね10万円単位の)大きなお金”については、「私に一旦相談してください」と言うでしょう。

お母さんの施設入所にも口出し

お母さんがいよいよ施設に入るときも、簡単ではないかもしれません。苦労してためたお金を“湯水”のように使わないように、と監督人が干渉する可能性があります。

母が管理していればそうしたであろう“当たり前”のことが、他人の口出しを受けるのです。それは監督人の「正義感」かもしれませんが、家族の感覚とはだいぶ違うかもしれません。

任意後見も、法定後見と同様に「本人のお金だけを守る制度」と化しています。

失礼なたとえですが、私はこの状況について、江戸時代の奉行制度をつい連想してしまいます。奉行→与力→目明し→その子分……。“権力”が下にいくほど庶民の一挙手一投足に口を出したがる。もちろん「名奉行やヒーロー目明しが、現代では皆無」、とまでは言いませんが。

成年後見に誘導する家庭裁判所

もう一つの問題は、もっと重大です。

法定後見も任意後見も「成年後見制度」というひとつの庭の中にある制度です。最近相次いで私は、「任意後見を始めようとしたら家庭裁判所の事務官に、法定後見に切り替えるよう誘導された」という相談を受けて驚きました。ひとつの庭の中にあるどころか、家裁の中では現状、両者は“1つの橋”でつながっているのです。

前述の通り、成年後見制度には「法定後見(後見/保佐/補助)」と「任意後見」があります。

「任意後見と成年後見には橋が架かっている」ことについて、専門家でもこの問題を意識している人は少ないようです。私も認識不足のひとりだったわけですが、「まさか」と思ったのには理由があります。

「任意後見契約に関する法律10条1項」には、こう書いてあるからです。

第10条 (後見、保佐及び補助との関係)

1 任意後見契約が登記されている場合には、家庭裁判所は、本人の利益のため特に必要があると認めるときに限り、後見開始の審判等をすることができる。

この条項を私は素直に、「任意後見契約を結んでいれば、後から成年後見制度が割り込む余地はない」と思い込んでいました。

「本人の利益のため特に必要があると認めるとき」とは、普通に考えれば、①本人がだまされやすい、身内の後見人に浪費癖があるなど成年後見人の「取消権」があった方が本人を守りやすい場合、あるいは②本人と後見人の間が不仲になってしまい、任意後見できる状態にない場合──など、特殊なケースであるはずです。

成年後見を避ける防波堤は

ですから家族信託契約をすすめる善良な専門家の中には、「家族信託に成年後見人が入れないようにする目的」で、あえて(委託者と)任意後見契約まで結ぶことを原則としている人もいるくらいです。

しかし私は、家庭裁判所が想像以上に頻繁に「任意後見の入り口(任意後見監督人選任のタイミング)」で、「任意後見ではなく、成年後見を開始した方がいい」と強く家族に促しているということに、一般の方々のご相談から気づいた、というわけです。

これでは任意後見は防波堤になるどころか、逆に、法定後見を呼び込む誘因になる」と思うようになり、以後私は、任意後見契約も安易に勧めないようにしたのです。

家裁(の事務官)は、本人・家族のヒヤリング時に“❶親族間の対立”を感じ取ったり、任意後見人候補者に“❷不正をする恐れ”を感じると、「任意後見ではなく、成年後見の方がよさそうですね」と促しています。

私も、親の財産についてや、親に後見人を付けるか否かで兄弟姉妹で争っているなどの対立がある場合、任意後見契約はすすめず、公的後見を使うか、あるいは「何もしない」かをおすすめしています。※この場合、家族信託も不可です(受託者になる人が大変な思いをするだけですから)。

石川 秀樹

静岡県家族信託協会 行政書士

(※写真はイメージです/PIXTA)