定年まで働いた場合の「退職金」の制度は明らかに縮小の方向性にある。しかし他方で、早期退職による「割増退職金」を給付する企業が増えている。また、老後資金を自己責任で確保する方法への税制優遇も拡充の方向にある。本記事では、退職金制度を含め、老後の生活費を準備する方法をめぐる現状がどうなっているか、統計データとともに解説する。

「退職金」にはもう頼れない

日本企業独特の慣行と言われる退職給付制度。厚生労働省「就労条件総合調査」によれば、2018年時点で同制度がある企業は80.5%、1,000人以上の企業に限れば92.3%の企業が採用している。

退職給付制度は、退職時に一括していわゆる退職金を給付する「退職一時金制度」と、「確定給付企業年金(DB)」や「確定拠出年金(DC)」など退職後に年金の形で給付する「退職年金制度」で構成される。退職給付制度を持つ企業のうち退職一時金制度のみをもつ企業が73.3%、退職年金制度のみを有する企業が8.6%、両制度を併用している企業が18.1%ある。

同調査では、従業員一人当たりの平均退職給付金額を集計している。それによれば、2003年に2,499万円あった退職給付金額は、2018年には1,788万円と、近年急速に減少している[図表1‒7]。退職金額が減少している背景には、バブル崩壊以降の低金利によって退職積立金が減少していること、などが影響している。

近年、退職金制度を取り巻く状況は大きく変わっている。日本企業では歴史的に給付額が約束されている退職金のみを支払う企業がほとんどであったが、バブル崩壊による低金利などを背景に前払い賃金の性格が強い確定拠出年金への移行が進んでいる。

65歳までの雇用義務化による影響も大きい。企業としては、定年以降も生じる再雇用における人件費の補填のため、退職金を縮小させている側面もあるのだと考えられる。

過去、退職金制度は、従業員の老後の生活の安定を図るとともに、後払い賃金の性格を有し、長期雇用を促進して従業員を自社につなぎとめておく役割があった。

経済が右肩上がりで成長していた時代には従業員にとっても企業にとってもそのメリットは大きかったが、国とともに高齢化する日本企業において、長期雇用を推奨する退職金制度はもはや時代にそぐわないものとなってきている。今後も各企業において退職金制度の縮減・廃止は長期的な趨勢として進んでいくだろう。

増える「早期退職」

一方で、退職金額の推移をみると、2013年から2018年までの間、勤続年数が20~24年では826万円から919万円に、25~29年では1,083万円から1,216万円と、比較的短い期間の勤続年数の社員の退職金が増えている。これは企業が早期退職による退職金額を相対的に増加させているからだとみられる。

過去、リーマンショックによる景況感の悪化に応じて、多くの企業で早期退職が行われたのと同様に、近年、コロナ禍における業況悪化に伴い、早期退職が増える傾向が見て取れる[図表1‐8]

早期退職を従業員はどう受け止めるべきか

また、早期退職実施企業数の増加はコロナ禍の影響も大きいものの、黒字であっても早期退職制度の導入に乗り出す企業が増えていることも昨今の特徴としてあげられる。

2021年に早期退職勧奨の実施が報道された企業をみると、ホンダパナソニック、フジテレビ、JT、博報堂などがあるが、これらの企業は必ずしも経営危機の状態にあるわけではない。それでもなおこれらの企業が早期退職勧奨の実施を決めた要因として、社内の人口構成の偏りを解消するためと説明されているケースが散見される。

また、デジタル化の進展によって中高年社員のスキルが陳腐化しているからといった、ビジネス環境の激変を理由としている企業も多い。

人口構成の均衡の確保という意味では、早期退職勧奨の流行の裏には高年齢者雇用の負担感の強まりも影響していると考えられる。60歳で定年を迎える時代であれば、50代中盤の社員の残りの会社員人生はわずか5年であったから、財務に余力がある企業であれば、わざわざ早期退職を募る必要はなかった。

しかし、将来的には70歳までの雇用が企業責務となると予想されるなか、高年齢者雇用の人件費負担は企業に重くのしかかっているのである。

近年広がりを見せている早期退職制度であるが、一従業員としてはこうした動きをどう受け止めればよいだろうか。

個人側として重要なのは、このような企業側の対応について感情的に向き合うのではなく、様々な選択肢のうちの一つとして戦略性をもって対応するということだと考えられる。

つまり、このまま現在の企業で勤め続けた場合に受け取れる賃金及び退職金額と、早期退職制度に応じた場合に受け取れる割増退職金と転職後の賃金を比較衡量の上で冷静に考えることが必要とされているということである。

とかく否定的に報道されがちな早期退職制度ではあるが、当然に、企業側としては雇用契約の合意解約を前提としなければならないことは言うまでもない。つまり、企業側と労働者側の両者の合意があって初めて雇用契約が解消されるのであって、企業側は従業員に対して退職を強要することはできない。

過去に一部の企業で行われた追い出し部屋への誘導や、ブラック企業で蔓延している不当解雇などコンプライアンスに反する行いをどう是正していくかは、また一つの問題として憂慮すべき重要な課題である。ただ、こうした対応を行う企業を除けば、あくまで早期退職制度の適用は従業員の自由な選択に委ねられている以上、労働者としては応じるか応じないかの損得をあくまで慎重に判断することになるだろう。

確定給付型の退職金から確定拠出年金へ

さらに、定年後の生活のやりくりのために、今後の潮流としてますます個人の自助努力が求められるようになることは避けられない。

先ほどの退職給付制度の内訳をみると、退職一時金の給付、確定給付企業年金など将来の給付を約束する形での企業年金が縮減されているなか、確定拠出年金は現在もなお普及が進んでいるところである。

確定給付企業年金と確定拠出型の給付ではその役割は大きく異なる。前者では将来の退職時の給付が企業の責任となる一方、後者では企業はその時々に拠出金の拠出さえ行えばよく、その後の運用は従業員の責任となる。

また、社員が転職した場合も確定給付型の退職金であればその都度精算され勤続年数に応じた積算が解消してしまうが、確定拠出年金であれば退職後もその額を引き継げることから一つの会社での長期雇用のインセンティブが発生しない。

確定拠出年金制度は近年大きな改正が行われている。個人型確定拠出年金(通称iDeCo)の加入者範囲の拡大や、税制上の優遇措置の拡大など、制度面の拡充が急速に進んでいる。企業が退職金制度を設けていない場合や、自営業者などの場合でも、個人型の確定拠出年金によって将来の給付の受け取りが可能だ。

政府としても厳しい財政事情のなか、公的年金に頼るよりも、個々人に自身の責任のもとで将来の年金を確保してもらう方向に軸足を移しているのである。

政府としては、税制上の優遇措置を設けることによる税収減の犠牲を払ってでも、老後の生活を自身の力で賄ってほしいということに力点を置いているということなのだろう。逆に言えば、これらの制度はそれだけ利用者にとってもメリットが大きいものになっている。こうした選択肢のなかで個々人が老後の生活に必要な費用を自身で考え積み立てていくことが必要な時代になってきているということである。

坂本 貴志

リクルートワークス研究所

研究員・アナリスト

(※写真はイメージです/PIXTA)