
《特殊詐欺のリアル》「逃げたら家族を殺すぞ!」“借金まみれ”の男が80歳女性宅に侵入…名古屋の住宅街で起きた“強盗未遂”の一部始終 から続く
近年、あらゆる手口でカネを騙し取る「特殊詐欺」事件の発生が相次いでいる。凶悪な緊縛強盗致傷事件を引き起こした男が、実は特殊詐欺の末端を担当していたというケースも多い。特殊詐欺が、複雑怪奇かつ重層的な犯罪と化しているのだ。
ここでは、犯人側の視点から特殊詐欺事件の実態に迫った神奈川新聞記者・田崎基氏の著書『ルポ 特殊詐欺』(筑摩書房)から一部を抜粋してお届けする。(全2回の2回目/1回目から続く)
◆◆◆
横浜事件9月10日と11日は、アカサカらから指示されて合流した共犯者、木暮虎夫(仮名、当時22歳)と行動を共にするよう言われた。
その木暮は、「ワタベ」と名乗るよう指示されていた。指示役の男たちは桶谷博(仮名、当時29歳)に偽名として「コジマ」を騙(かた)らせていた。アカサカやタカヤマは「2人そろって、お笑いコンビ“アンジャッシュ”だ」と言って笑い合っていたという。
「横浜事件」。捜査関係者がそう呼ぶ緊縛強盗事件を、11日の午後、2人は横浜市港北区で起こすことになる。
指示役の男は、事細かく強盗の手口を告げてきた。
「独り暮らしの高齢女性の一戸建て住宅を狙う。火災報知機の点検業者を装って家に侵入しろ。家人の口をタオルでふさげ。結束バンドで手足を縛り、現金とキャッシュカードを奪え。脅してカードのアンバン(暗証番号)を聞き出すんだ」
さらに、指示は犯行隠蔽の手段にも及んでいた。
指示された2階建ての民家を発見「お前らが逃走した直後に、事前に用意した偽の警察官を家に突入させる。その偽警察官が家人から被害の状況を聞いて、被害届を提出させる。家人は捜査が始まると思い込んで、110番通報はしない。こうしておけば、事件は当面発覚しないんだ」
2020年9月11日の昼下がり。横浜市港北区内の鶴見川沿いに広がる閑静な住宅街に、桶谷はいた。タオルや軍手を買うように指示され、用意して現地に向かった。指示された番地に着いたが、ターゲットとされる家の表札が見あたらない。指示役は具体的な個人宅を名指ししていた。歩き回った末にようやく、入り組んだ細街路の一画に、指示された2階建ての民家を見つけた。
桶谷は前日から、ワタベと名乗るよう指示された木暮と行動を共にしていた。2人の耳には、テレグラムで常時通話状態となっているマイク付きイヤホンがねじ込まれている。
アカサカとテラサキが入れ代わり立ち代わり、細かく指示を飛ばしていた。
「コジマ(桶谷)がインターホンを押して「火災報知機の点検」と言って先に入れ。後からワタベ(木暮)が入れ」
91歳老女への凶行家人の女性(当時91歳)は最初、「また今度にしてくれ」と拒んだ。あと10分ほどしたら通院のためにヘルパーが家にやって来るためだった。ところが、桶谷から「すぐに終わるから」と強く言われ、不審に思った。点検の道具や書類などを持っていなかったからだ。だが2人が「近所の家も点検している」などと言って近隣住民の実在する名前を挙げたため、怪しみながらも家に入れてしまった。
「外気を遮断する必要がある」
2人の男たちは口々に言い突然、家中の窓を閉めて回った。若い男が家人の高齢女性に急接近してきた。眼鏡の若い男だ。男は女性を一気に押さえ付けた。高齢女性は、そのときになってようやく気付いた。ニュースでやっていた強盗だ。そう思った時にはすぐ後ろにもう1人の男が立っていた。後ろ手に縛られ、廊下にへたり込んだ。
女性は足に人工関節を入れているため、床に座り込むと自力で立つことは難しく、逃げることもままならない。男らが家中の戸締まりを確認して回っていたのは、そのためか。
叫んでも、外まで声は届かない。
男は言った。
「キャッシュカードの暗証番号を教えろ」。女性が拒むと、男は怒りもあらわに「家に火を付けるぞ!」と脅してきた。それでも答えないと、男は台所から包丁を持ち出してきて突き付けた。「アンバン(暗証番号)教えろ!」
女性は叫んだ。
「殺すなら、殺せ!」
そのとき家のインターホンが鳴った。電話も鳴った。予定通り訪問してきたヘルパーが家の異変に気付いたのだ。
2人の男は「庭から出られる!」などと口々に言い、走り去った。
2人は互いのことを気にすることもできないほど焦り、アカサカとテラサキから指示されるがまま、西へ向かって走り続けた。鶴見川を渡ってすぐのコンビニで、2人は合流した。
この時、木暮の手元には女性宅から奪った現金2万4000円とキャッシュカード2枚、クレジットカード3枚があった。新たな指示が木暮に告げられた。
「奪ってきたものをスマホで撮って送れ」
木暮は奪った現金やカード類をコンビニ駐車場の地面に広げてスマホで撮影した。すぐに返信が来た。奪った現金を使ってコンビニで「iTunes(アイチューンズ)カード」を購入しろという指示だった。
証拠残さぬ悪知恵iTunesカードは、額面1500円から1万円の4種類があり、購入者はカードの裏面にプリントされたコードをスマホのカメラで読み込むか、直接スマホなどの端末に入力すると、額面の金額がアップルの個人IDに追加され、その金額分のアプリやコンテンツを購入することができる、いわばネット上で使えるプリペイドカードだ。
指示役の男らは、このコード自体に金銭的価値があることに目を付け、奪った現金でカードを購入させ、コードをスマホで撮って送らせていた。
別の特殊詐欺グループの男によると、直接現金の受け渡しをする必要がないので逮捕されるリスクが回避できる上、証拠も残りにくく、コードそれ自体が転売の対象となっているのだという。さらにコンビニで購入できるという利便性もあって、犯罪で得た利益を授受する際の手段に使われているという。特殊詐欺の報酬をiTunesカードのコードで支払うグループもあるという。
木暮は購入したiTunesカードの番号を指示役に送信した。テラサキからは直後に「もう1件(強盗を)やってもらう」と指示されたが、周辺に人が多いことなどを言い訳に難色を示していると、「今日はもういい」と返事が来た。
愛妻「ちゃんと寝ているの?」桶谷はこの日、妻子が待つ名古屋市へ戻る許可をアカサカから得ていた。
深夜、東名高速をひた走った。日付が変わった9月12日午前0時過ぎ。自宅近くに戻ってきたものの、桶谷の足は重たかった。家からほど近いコンビニの駐車場に車を止め、苦悶した。
「妻に全てを打ち明けようか……」
家の玄関を開けたときには午前6時になっていた。高校生のころから交際を始め、やがて結婚した3歳年下の妻。そして、1歳9カ月の息子の顔を見た途端、桶谷は自分が置かれている差し迫った現実を言えなくなってしまった。
現金の「運び」の仕事をしていると噓をつき、この仕事をしないと自分の身が危険だと噓を重ねた。
妻は落涙し言った。
「ばかだね」
そして続けた。
「ちゃんと寝ているの?」
窃盗事件の報酬として受け取った4万6000円のうち、宿泊費や高速道路代などを払って残ったなけなしの2万円を妻に手渡した。
購入したばかりの車が消えるアカサカから、12日には神奈川県内へ戻るよう言われていた桶谷は、指示通り昼過ぎに名古屋市の自宅を出て、再び東名高速を疾走した。
そしてまた指示があった。東京都墨田区の民家の住所が送られてきた。
「明日のタタキの家だ。入れ」
アカサカが言う。
「近くのコンビニに車を置いていけ。鍵はタイヤの上に置いておけ」
1年ほど前に残価設定ローンで購入したばかりのホンダの黒のミニバンをコンビニ駐車場に置き、指示された民家へ徒歩で向かった。しかし、家の前の人通りが絶えないことなどを言い訳に「やめた方がいい」と伝え、コンビニに戻った。
車が忽然と消えていた。
ツイッターでタタキか詐欺ができる人を10人募集テラサキから連絡が入った。
「お前の車は預かった。もうお前を逃がすわけにはいかない」
返してほしいと懇願したが、「ダメだ」とにべもなかった。都内のホテルに入るよう指示され、仕方なく徒歩と電車で移動した。
翌14日。車を返してほしいと再度願い出ると、テラサキから条件が出された。
「ツイッターでタタキか、詐欺ができるやつを募集しろ。10人集めたら車を返してやる」
桶谷のスマホに、ツイッターに書き込む文案が何パターンも送られてきた。桶谷は指示通りに投稿した。すると、すぐに数人から反応があった。
桶谷は思った。この人たちをテラサキに紹介したら、新たに強盗の犯人が生み出され、被害に遭って傷付く人が出てしまう。そんなことをしていいはずがない。結局、テラサキに伝えることはしなかった。
操り人形アカサカとテラサキからの連絡は24時間、昼も夜もなく入り続ける。車の返却話はうやむやにされ、この日は受け子をやるよう指示された。指定された家に向かったが、桶谷は「家が見付からない」と言い訳をして逃げた。アカサカは激怒した。
「いいかげんにしろ! 家族を殺すぞ!」
9月15日から16日にかけて、桶谷は特殊詐欺で騙し取られたキャッシュカードから自分の銀行口座に振り込まれた金を小分けにして引き出していった。
このうちの2万円でiTunesカードを購入し、コードをアカサカに伝えた。4万円は桶谷が報酬として受け取った。16日に日付が変わるやいなやさらに50万円を下ろし、計92万4000円の現金を手にしていた。
アカサカからの指示は絶え間なく続いた。
回収役の男がコンビニの前に立っていた。桶谷は現金を手渡した。
16日は千葉県内の指定されたロッカーへ行った。奪われたミニバンの中に置いていた桶谷の私物やカード類がロッカーの中にあった。深夜になって、桶谷の口座にまた100万円が振り込まれた。引き出せ、と指示を受けた。もはや操り人形のように詐欺を続ける桶谷。通話状態を維持し、マイク付きのイヤホンで状況を報告し続けなければならず、桶谷は心身共に疲弊していた。
「深夜も日中も関係なくずっと指示が入ってくるんです。通話もメールも。反応しないと再三電話が鳴る。そして脅される。ほとんど寝ていない状態で、食事ものどを通らなかった。食べても吐いてしまっていました」。指示に抗おうとすると、「家族を殺すぞ」とまた脅された。
17日午前0時ごろ、テラサキから連絡があった。
「明日、タタキだから。逃げるんじゃねえぞ」
桶谷は9月17日、最後の犯行「川崎事件」を引き起こす。

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