創作物では指揮官自らが戦闘機や戦車、あるいはロボットへ乗り込み戦闘することも珍しくありません。『ガンダム』の主要人物シャアもそのタイプですが、現実にもそのような人は存在したのでしょうか。

前線に出たかる将校、大戦中は確かにいた!

アニメ『機動戦士ガンダム』(通称ファーストガンダム)に登場するシャア・アズナブルはやたら目立つ赤いカラーリングの機体で、初登場時(階級は少佐)はともかく、中盤になると、大型潜水艦と水陸両用MS部隊を率いる大佐という地位にありながら、陣頭で敵地潜入作戦指揮を執るなど、やたら前線に出たがる傾向が見受けられました。

ただ、現実でこうしたことはありうるのでしょうか。結論からいうと、似たような事例は結構、存在します。

現代の軍隊組織の場合、一般的に下級兵士(自衛隊だと「士」の階級)が現場で日常的によく目にする比較的高位の士官(自衛隊だと幹部)というと、中隊長クラスの大尉(自衛隊だと1尉)もしくは少佐(同3佐)といわれています。よく創作物で、主人公か主人公の直接的な上司の階級に大尉が多いのは、前線で同じ釜の飯を食う仲間として、最も「偉い人」である可能性が高いからだといえるでしょう。

しかし、第2次世界大戦時の旧日本陸軍を始め、アメリカ陸軍航空軍(アメリカ空軍の前身)やイギリス空軍などでは、指揮官クラスの将校が戦闘機に乗って空戦をすることは珍しくありませんでした。比較的よく知られた例を出すと、「加藤隼戦闘隊」の通称で知られる旧陸軍飛行第64戦隊を率いた加藤建夫でしょう。

開戦直後中佐だった加藤は、1941(昭和16)年8月から、当時、陸軍の最新鋭機だった一式戦闘機一式戦)「隼」にいちはやく機種転換し、マレー半島では地上からではなく、一式戦を駆って空から指揮をとり戦いました。

こうしたケースがあるのは、当時の日本陸軍やアメリカ陸軍に「指揮官率先」や「率先垂範」と呼ばれる考え方があったからです。これは、戦陣においては指揮官が先頭に立ち、言い聞かせるより、やって見せることで自ら規範となり部隊を率いるという意味です。

さらに階級の高い人が前線に出ていたケースでは、同じく第2次世界大戦において北アフリカ戦線で積極的に現場へ出て指揮を執った、エルヴィン・ロンメル中将(北アフリカ戦線参加当時)などもいました。さすがにOVA(オリジナルビデオアニメ)『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』に出てくるノイエン・ビッター少将のように、自らMS(モビルスーツ)に乗って戦った訳ではありせんが、ロンメルの姿は当時、敵として戦っていたイギリス軍人にも目撃者が多かったそうです。

高位の人間が戦死すると逆に問題

シャアといえばファーストガンダムの続編である、『機動戦士Ζガンダム』では物語後半に反地球連邦組織「エゥーゴ」の実質的な指導者となり、さらに後にできた作品『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』では、「ネオ・ジオン」の総帥として登場しますが、そこまで高位な存在になっても相変わらず前線に出ています。『逆襲のシャア』の場合では、実質的に国家元首のようなポジションにも関わらず、このフットワークの軽さです。

現実世界では、国家元首が前線指揮を執るのは限りなく可能性が低いものの、ゼロではなさそうな人物が現代にひとりだけいます。ヨルダンアブドゥッラー2世国王です。

アブドゥッラー国王はイギリス軍仕込みの戦闘技術を体得しており、ヨルダン軍の特殊部隊に所属したこともあるほか、「チャレンジャー1」戦車の操縦や部隊指揮までできます。だからか、のちに否定こそしたものの、2015(平成27)年には、イスラム国との戦いで国王自ら戦闘機を操縦し、空爆に参加したという報道が流れたほどです。

ただ、シャアのように、指導者ポジションの人物が、気軽に前線へ出て自身が未帰還となると、後が大変です。前述した「エゥーゴ」と「ネオ・ジオン」では、シャアが戦闘で行方不明になってからは強い求心力のあるリーダーがおらず、弱体化したり、組織としての体をなさなくなったりしていました。相応の立場にいる人が、気軽に前線に出るのは、実際には悪手と言えるのかもしれません。

シャアの赤色の元ネタといわれているレッドバロンことリヒトホーフェンのフォッカー Dr.Iレプリカ(画像:ドイツ博物館)。