「DX」という言葉がもてはやされて久しい一方、本当の意味で「DX」を取り入れ、実践できている企業は決して多くありません。そこで、株式会社GeNEEの代表取締役社長である日向野卓也氏が、各課題に対するアプローチ方法を解説します。

社長が引退したあとも「事業」は続いていく

デジタル技術を武器にDX推進を行う弊社のDX/ITコンサルタントは、社長とお会いする機会が多いです。ミーティングのなかで時々、各業界の社長に「数年後、社長が手掛ける今の事業はどのような状況に置かれていると考えますか」という質問を投げかけることがあります。

社長の回答は「従業員数も年々増えていて、今の事業基盤から安定的に利益も出ているし、直近では大きな問題はないと思うね」という返答がきます。

続けて弊社のDX/ITコンサルタントは少し意地悪な質問を投げかけます。

「それでは15年後、いや20年後も今の事業は問題なく回っていると思いますか」と。

少し遠い未来の話をすると、多くの社長が回答に息詰まります。なぜなら大半の社長の年齢は60代。20年後の未来には、恐らくその社長は引退していて、その先のことを想像できないからです。

社長が引退した後、企業の舵取りは今の40代から50代に継承されることでしょう。しかしながら企業が直面する危機は突然やってきます。もしかするとそれは継承直前に起きるかもしれません。

GAFAの産業全体を変える事業展開、先行き不透明な為替の動き、新興テクノロジー企業の台頭等を皮切りとして、毎年大きな市場変化が起きており、伝統企業のなかで存続しているのは、市場変化に順応し、適時必要なデジタル技術等を導入し、自社事業を変革し、企業価値やサービス提供価値を高めているからなのです。

「自社のDX化」が思いどおりに進まないワケ

DXを成功させるためには、日本企業独自の組織構造的課題を的確に捉えて適時対処することが重要です。

課題①経営幹部層の足並みが揃わない

大半の企業には取締役会が存在し、営業やマーケティング、生産・製造、開発、人事総務、経理財務といった部門の長が取締役となり、経営幹部として企業経営を牽引しています。

会社のDX化を進めるにあたって、同じ歩幅で進めることができれば良いのですが、実情としてはそう上手くはいきません。デジタルに関する知見や経験は差が激しく、議論が発散してしまうことが多いのです。

知見や経験の差は経営幹部層の個々人で、緊急度、優先度の軸のズレを生み、DX進行を妨げる可能性を秘めているのです。

課題②DX責任者の権限不足

日本企業の組織構造の大半は事業部制を敷いています。それぞれの事業部に重要な役割があり、遂行すべきミッションがあります。

企業の人事評価制度によっては、ミッションの達成具合に応じ、事業部全体の評価が決定します。

しかしながらDXは組織の垣根を越えて変革を進めていかなければなりません。その道中、DXにまったく知見のない事業部長が現れて、自事業部を優先するような行動を取る可能性も0ではありません。

そのため、DX責任者は通常、トップダウンの意思決定を下せる社長が望ましいのですが、日本企業の実情としては、社長が音頭を取ることは少なく、事業推進室の部長や経営企画室の室長が先陣に立つことが多く、根回しや社内調整に想定以上の時間を要する、または途中でDXプロジェクトが頓挫することがあるのです。

課題③階層別で生まれる意識のズレ

大半の会社は、経営幹部で構成されるトップマネジメント層、部長・課長といった管理職で構成されるミドルマネジメント層、課長未満の現場層で構成されています。

現場層はデジタル化に強く、新しい機器や技術の導入に前向きですが、上位層になればなるほどデジタルに疎く、消極的になることが多いです。

日常業務のなかでスマートフォンやタブレット端末を触らないトップマネジメント層と、普段の業務からスマートフォンやタブレット端末を触る現場層では考え方や価値観が異なるのは当たり前なのですが、この階層別の意識のズレがDXを阻害するのです。

たとえ現場層からボトムアップ形式で何かを提案しようとしても、トップマネジメント層の意向を忖度した部長や課長に阻害されたり、仮に経営幹部層に訴求できたとしてもデジタルの必要性が上手く伝わらず、実際のアクションに繋がらないなど、苦労した経験を持つ若手社員は多数存在しています。

課題④日本企業固有の制度・文化

10年前と比べると、変化しつつありますが、終身雇用制度や年功序列制度など、変革速度を妨げるもののひとつが「日本企業固有の制度・文化」です。

果敢な挑戦や失敗を許さない評価制度、僅少な購買手続きであっても回覧者・確認者を複数設定し、数日かけるような決裁稟議、足並みを揃えないと出る杭打たれる特有の文化は、DX推進を大きく阻害することになります。

これらの問題は、数十年前から深く根付いたものが多く、早々には解消が難しいものばかりです。しかしながら、企業独自の制度・文化にメスを入れなければ、DXの効果は軽減してしまうのです。

「DX化」を阻害する4つの課題を解決する方法とは

これらの課題は一朝一夕に解決できるものではありませんが、会社の誰かがこの問題に向き合い、取り組まないと会社としての前進はあり得ません。では、具体的にはどのようにアプローチしていけばいいのでしょうか。

コーチングやコンサルティングサービスの受講で「知識レベル」を合わせる

いきなりDXプロジェクトを開始しようとする社長もいますが、危険を伴います。

経営幹部層内で共通認識を持たないと、後々小さな齟齬が生まれ、それがDXプロジェクト全体を停滞もしくは頓挫させるきっかけにもなりかねません。

何事も焦りは禁物で、まずは土壌を作るところから開始すべきなのです。

②社長が自ら音頭を取るか、責任者に部門横断的な意思決定権限を付与する

1番の理想は社長自らが先頭に立ち、DXを推進することです。会社のことを一番熟知しているのが社長だからです。

しかしながら、大半の社長は営業活動やお客様対応等で日々忙しくしていることでしょう。そのため、会社のなかで顔が広く、全社的な判断、調整ができる右腕をDX責任者として任命すべきです。

また、部門横断的な意思決定権限を一時的に付与することも大切です。与えられた権限が不明確な場合、組織間対立を招く可能性が高いからです。

加えて、DX責任者が本業をかねてDXプロジェクトに参画させるのは避けるべきです。隙間時間でDXプロジェクトを進行できるほど甘くはなく、責任者のコミットが求められます。

③階層の垣根を超えた懇親会や勉強会、意見交換会の定期開催

認識齟齬の大小を可視化することは非常に難しいものです。それらを把握するようなツールや教材があれば良いのですが、まだそのような便利なものは存在していません。

各階層の人間がなにをどの程度まで知っているのか、反対になにを知らないのか、DXに関連するトピックを定め、意見交換会の機会創出をおすすめします。

トピックを定めないと意見が発散してしまい、収拾のつかない事態を招きます。

たとえば、DXの一環としてチャットシステムを導入するのであれば、「メールとチャットの違い」であったり、「チャットシステムのメリットとデメリット」や「チャットシステム運用時に注意すべき点」といったトピックを立て、デジタルに詳しい若手社員に勉強会のホストを担当させるのも良いでしょう。

④会社に根付いている「制度・文化」の一部改変

いきなりすべての制度・文化を刷新してしまうと、大きな歪みを生むことになります。

しかしながら、なにもせずそのまま放置した状態が続くと、後々会社にとって大きなリスクを抱えることになるかもしれません。

そこでおすすめしたいのは、各制度や文化に関連するドキュメントを俯瞰し、改変前後で影響の少なそうな制度・文化のいくつかを対象に手を加えてみることです。

たとえば、退職金絡みの制度はなかなか手を付けにくいですが、業績評価制度などは年度内で完結することが多く、手を加えやすいでしょう。

ここで重要なのは、一歩を踏み出すことです。制度や文化は短期間では変わらないものです。毎年ひとつずつ小さな変化を作ることで変化が大きくなり、変革の波を作るのです。

日向野 卓也

株式会社GeNEE

代表取締役社長

(※写真はイメージです/PIXTA)