昨今の相次ぐ物価上昇は一向に収まる気配がありません。そんななか、重要性を増しているのが「値上げして、適正な価格で販売すること」です。本連載では「感性と行動の科学」に基づいたビジネス理論を研究するオラクルひと・しくみ研究所代表の小阪裕司氏が、著書「『価格上昇』時代のマーケティング なぜ、あの会社は値上げをしても売れ続けるのか」から、適正な「値上げ」をして、かつ売上を高める「戦略」について解説します。

あらゆる価値をまとめて「パッケージ」として提供する

本記事でご紹介する「値上げの作法」は、「価値のパッケージ化」である。

「価値のパッケージ化」とは私の造語だが、商品を単体で売らず関連するサービスなどと一緒に提供する、さまざまな商品・サービスを「意味」でくくって提供する、より「楽しさ」や「体験」を加えて提供する、などの取り組みを指す。それによって全体の価値が上がり、満足度も上がり、単価も上げられる方法である。

そのわかりやすい例として、「ティナズダイニング」の営む沖縄料理店での事例をお話ししよう。

この店では、コロナ禍で営業ができなくなった際、沖縄料理の食材を通信販売することにした。アグー豚や島らっきょう、島豆腐、店のオリジナル麺などがセットになったものだ。

店主の林氏はその食材セットをただ送るだけでなく、「島らっきょうの下処理の仕方」や「島豆腐のお料理レシピ」などの手作りシートを同封することにした。さらに写真入りの凝った作りで、同店オリジナルのゴーヤーチャンプルーの作り方など、よりこの店寄りのものも数枚入れた。

この食材セット通販の狙いは、売上を作るためだけでなく、店に来たくても来られない顧客に少しでも店の気分を味わってもらうためだからだ。

そして林氏は、このセットにさらに面白いものを同封した。それは、「料理長」「スタッフ」と書かれた名札だ。名前を記入する部分は、買った人たちが自分の名前を入れられるよう、空白になっている。

そして、次のことを書き添えた。

コロナで普段家にいないご主人や子供たちがずっと家にいて、お母さんは大変。そこでこの料理セットは、できればご主人が調理して、子供たちが手伝い、お母さんはお休みして食べるところだけを楽しんでいただきたい。「料理長」の名札にはお父さんの、「スタッフ」には子供たちの名前を入れて、使っていただきたい。

この「セット」は単なる食材のセットではない。店の気分を味わう、コロナ禍にご家庭でちょっとほっこりしてもらう、そういうものが「パッケージ」されたものなのである。

これは大いに受け、お客さんからたくさんのお礼のメッセージが届いたという。

パッケージ化による付加価値が価格を上げる一助となる

もう一つのパッケージ化の事例として、「西島眼鏡店」の取り組みをご紹介したい。

この店では、やはりコロナで店に来られないお客さんに対し、眼鏡のプロである西島達志氏が眼鏡を見立ててお届けするという新しいサービスにチャレンジした。その名も「お任せ見立て、ワクワク宅配便」。

このサービスを頼んだ人の家に届けられるのは、同店をイメージした家の形をしたユニークな箱だ。中を開けると、眼鏡だけでなくさまざまなものが詰め込まれている。「なぜ、その眼鏡を選んだのか」について西島氏自身が語るメッセージはもちろん、お店の近くの「老舗マップ」、さらには、西島眼鏡店のキャラクターの塗り絵や、奥様特製のキャラクターのアクセサリーまで入っている。

ティナズダイニングの事例も西島眼鏡店の事例も、「お店に来られない人が、まるでお店に来たときのように感じてもらう」という価値まで含めてパッケージ化されている。

言うまでもないことだが、こうすることで単に食材や眼鏡を販売するときよりも、高い価格を付けることができる。これがパッケージ化の効能だ。

既存のものを「意味」でくくり直す

ちなみにこういう例を挙げると、「パッケージ化」とは通信販売で送る箱の中身にいろいろと詰め合わせることのように誤解されるかもしれないが、そうではない。

福島県いわき市の「渡辺文具店・パピルス」には、毎年春の入学シーズンになると、小学校入学用品を準備する親御さんたちが多くやって来る。学校側は何を準備すべきかを事細かに説明はしないので、必要なものは何か、名入れはどうやるのかなど、毎年お客さんからさまざまな質問を受ける。入学準備の中でも特に名入れは大変なため、徹夜で入学式当日には目の下にくまが……などということも珍しくないそうだ。

そこで同店は、「小学校入学用品チェック表」なるものをオリジナルで作成。そして、それぞれの用品について、どのように名入れをするか、そのためにはどのようなツールやサービスがあるかを列記。SNSでは、それら名入れツールをまとめて写真を撮り、「名入れツール見本」として発信した。

とはいえ、そこに映っているものは、特別なものではない。オフィスでもよく見る「テプラ」やサインペンなどである。ただ、それをパピルスは「小学校入学前の名入れにとても便利なツール」という「意味」でくくり直した。こうして「意味」でくくられることで、お客さんもそれらの「意味」がわかる。

たとえば、これらが「名入れツールセット」としてパックされて売られ、それをお客さんが丸ごと買えば、あるいは手元になかったものだけ足して買えば、それは「価値のパッケージ」を買ったことになる。

これもまた「パッケージ化」である。

たった2粒のあられの価格が10万円!?

この項の最後に「究極のパッケージ化」の例を紹介したい。

先ほど「チョコレートあられ」の事例をお伝えした京西陣菓匠宗禅が製造・販売している献上菓子「黄金亀」だ。

宗禅の社長の山本氏は、日本唯一の「上技物」のあられを作ることのできる職人であり、これまで順調に売上を増やしてきた。

そんな宗禅が発売したこの究極のあられの価格はなんと、「2粒で10万円」。先ほどの親指サイズのチョコレートあられの「1粒200円」も破格だが、「2粒10万円」となると、もう異次元だ。

この黄金亀というあられはカメの形をした大粒のあられで、なんと、金箔に包まれている。

まず、このカメの形のあられだが、一つ作るのに10日もかかる。これ自体がすごい技術なのだが、そうしてでき上がった1000個ものあられの中から究極の2粒を選ぶのだという。

そして、それに金箔を貼るのだが、これを作るために山本氏は金箔師のところに弟子入りし、金箔の技術を身に付けた。

さらに清水焼の器に、その亀の形をしたあられが1匹ずつ入れられている。そして手染めの友禅紙に包まれ、加賀塗の漆器に収められ、さらに西陣織の巾着の中へ。奈良の職人が作った桐箱の中に入れられ、縮緬(ちりめん)の風呂敷に包まれて提供される。これはまさに、日本文化、職人技術の粋を幾重にも重ねた、究極のパッケージ化だ。

最高級品とはいえ、実質的には「あられ2粒」。それがパッケージ化されることで、なんと10万円の価格が付くのである。

そんな価格であるにもかかわらず、発売以来、お祝いニーズなどとして重宝されている。海外からも引き合いが来るそうだ。

あなたの扱う商品も、パッケージ化によって価値を高めることができないか。ぜひ、考えてみてほしい。

小阪 裕司

オラクルひと・しくみ研究所

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)