親の「死」はいずれどの家族にも訪れます。あとあと、困らないために親の身体が元気なうちに相続について話し合いをしておくべきですが、なかなか切り出しづらい内容であることも事実です。では、どのように切り出せば話が上手く進むのでしょうか? 3人の子を持つAさんの事例とともにCFPの森拓哉氏が解説します。

投資用不動産を保有する、建設会社の元役員・年金暮らしのAさん(81歳)

81歳のAさんは建設会社の役員を退職、関連会社の社長を勤めたのち、大阪で年金暮らしをしています。妻と3人の子(50代長女、50代次女、40代末っ子長男)に恵まれ、幸せな人生を送ってきました。建設会社に勤めていたこともあり、自身でも不動産投資をひとつのライフワークにしていました。大きな規模ではないものの、アパート2棟と区分所有マンションを2戸、投資用に持っています。

Aさんの家のすぐ近くに住む長女は、Aさんから頼りにされる存在で、高齢となったAさんの身の回りの世話を親身に取り組んでいます。病院の付き添い、日常生活の買い出しは長女が頼りです。次女は結婚後、夫の仕事の関係で東京に住んでいます。実家へは年に数回帰るか帰らないかですが、それだけに帰省すると、Aさんは満面の笑顔で迎えます。末っ子長男は幼いころから甘え上手で、自由に育てられてきました。大学卒業して間もなく結婚しましたが、その後すぐに離婚、再婚を経て、仕事を転々としつつも、新しい家族に囲まれて自身の道を歩んでいます。

そんな一見幸せな家庭で、なんら問題がないように思えるかもしれません。ただ、長女はいつもAさんの世話をしながら、気になることがありました。Aさんの故郷は九州で、次男として生をうけます。故郷から大阪に出てきて、家業を継いだ実家の兄(長男)とは、仲が悪いわけではないけれど、どこか心理的な距離感がありました。そういった背景もあり、故郷にはほとんど帰ることはなく、「大阪で新たな家を築く」という反骨精神をバネに、建設会社の役員まで上り詰めました。

保有する不動産の相続は…長男・次女へのAさんの思い

そんなAさんは時折「長男に不動産を託したい……でも、長男はどこか地に足がついていないところがあるから、万一のときは長男のことも支えてやって欲しい」と長女に話していました。同じようなことをAさんは長男にも伝えているようでした――「不動産は長男が相続することが当然だから。このことは長女にも言ってある」と。

長女は責任感が強く、日常のなかでは言いたいことを堪え、上手くまとまるよう振る舞いますが、内心穏やかではありません。また、時に日常の困りごとを長女に厳しい口調で言ってしまうAさんですが、たまに帰省する次女へは前述のとおり優しく接します。「相続のときは次女が困らないようにしないとな」と言っていることも長女に伝わっています。

長女は内心父の言うことだから仕方のないと思いつつも、結局は父も一番世話をしてきた自分のことを思ってくれるだろう……と信じていました。

体の衰えが見え始めたAさん…相続を心配し、長女はFPのもとへ

Aさんが少しずつ足腰が弱っていることを感じるにあたり、長女はこのまま相続が発生したら、ややこしいことになるのではないかと半ば焦り、FPのもとへ相談に行きました。長女の話を伺うと、「不動産経営は自身も長男もそもそも興味がない。父の世話をしているのは私だから、不動産は全部売却して、子ども3人で平等にわけることが1番よいと思う」とのことです。それはそれで理解ができるところですし、合理的な答えといもいえますが、問題点は肝心のAさんの意思ではない、ということです。

まずはAさんの話を聞かなければ、相続をどうするか、亡くなるその日まで、亡くなる方、今回でいうとAさんが自由にできるということが原則です。そのあたりを長女へ話し、Aさんと長女が一度話し合いをすることになりました。結論からいうと、この家族の話し合いは完全に空振りに終わりました。話し合いの様子は次のようなものです。

相続についてAさんと話し合うことにした長女

長女は「大事な話がある」と、妹と弟も呼び出しました。「大事な話」にAさんはすでに身構えています。いざ話し合いが始まると、普段から必要な用件以外を喋らないAさんは、長女を前になにも話そうとしません。長女も話が進まない、進められないことに業を煮やし、

「お父さんの世話をしているのは私だということはわかるよね。お父さんからの頼みごとは、仕事が忙しいときも頑張って時間調整して動いている。私の言うことも少しは聞いて欲しい。不動産経営は私も弟もする気がないから、いま元気なうちに売却して、いざ相続のときには3等分にして欲しい」

そう言いました。長女からすると、1番責任感をもってお父さんのお世話をしている自分が、法定相続どおりの分割を意思表示したわけですから気持ちとしては「譲った」つもりの発言です。「譲った」ことを意思表示したつもりもあったのかもしれません。

しかし、Aさんからすると自分の考えを聞かずに、結果として意見を押し付けられた、という印象が強く残りました。Aさんは小さな声で次のように言います。

「前々から伝えているとおり、基本は長男に」

長女は絶句しました。あとあと困らないよう、長女の責任として言い出しづらくても意を決して話した自分に、これまで親身に世話をしてきた自分に……父はそのような返事しかないのかと。次女、長男はこの深刻な空気に、もはや口をはさめません。

この話し合いはあとに進むことなく、あえなく頓挫となりました。普段からあまり口数の多くないAさんはますます固く口を閉ざしてしまい、恐らく心も閉ざしてしまったようです。子から親の相続の話をするというのは、話のテーマ、タイミングが非常に難しいものです。話し始めると、つい自分の思いが先行してしまいがちです。ところが、それをしてしまった途端に場が凍り付き、「話し合ったが、余計に疲れた。話し合いなんてしなければよかった」と思うこともよくある話です。

親の相続の話はどう切り出すべきか?

この場合どのような順序で話し合いをすればよかったのでしょうか? Aさんに伝えるには、Aさんの身の回りのお世話のことを中心に話を進めると会話のキャッチボールが成り立ちやすいです。相続の課題解決は100%完璧というものは難しく、どちらかというと最大公約数の答え、いわば落としどころを探すことが大半です。

高齢になったAさんが、長女を頼りにする気持ちのなかには、お願いごとをすることを申し訳なく思う気持ちが混じっていることが大半です。言いにくい話かもしれませんが、いざお父さんが認知症で意思判断能力が無くなり、体が不自由になったときにどうすればよいのか? こういった話は、より現実味がありAさんも耳を傾けてくれる可能性があります。

介護保険を利用するのか、介護保険を利用する場合にどの施設でどの程度のサービスを希望するのか? 

・施設入所の際の身元引受人は誰がなるのか? 

・資金繰りはどうするのか? 

・どの口座のお金を使えば良いのか?

・お金は使える状態になっているのか、そのことを家族は把握しているのか?

これらの話題は真剣に伝えれば話し合いとして継続します。

根気強く続けていくと、どのような制度があるのか、という点も話題にいれることができます。後見人制度、家族信託などの選択肢があることがみえてくるでしょう。後見人制度、家族信託の話を答えありきでするのではなく、話し合うプロセスの一環に後見人制度や家族信託というツールを置くと話はスムーズになりますし、最後に残る選択肢がなにかということもおのずとみえてきます。

Aさんの意思判断能力が弱くなった場合に、困るのは家族でもあり、当人でもあります。日常生活で困らないようなにを準備しておけばよいかという話し合いは、比較的、冷静に穏やかにできることがあります。そのような話し合いの、やがて行きつく先はどうしても避けられない「死」ということになります。

そのときは遺言書を残せているか残せていないかが効果を発揮します。Aさんが遺言書を残す気になるかどうかは話し合いがどのように進行するかによって、気持ちが当然変わるでしょう。遺留分などの最低限の取り分の話などは長女が直接話すと角が立つ可能性もありますから、専門家を交え、第三者に話してもらうことが有効なケースもあります。

どこを落としどころにするかというのは、Aさんの気持ちによって変わっていくのがむしろ当たり前です。そのことを受け止めたうえで、いまできる子としての親への関わり方、親が困らないように、自分が困らないようにという視点で「話を継続する」ということにまずは焦点を絞ると、少なくとも話が頓挫して進まなくなる、という事態は避けることができます。

子から親に相続の話をするときにどうすべきか悩んだ場合、「継続するにはどんな話をすべきか、父や母は耳を傾けてくれやすいか」という視点を持つことをお勧めします。結果にコミットも大切な考え方ですが、結果を求めて話が頓挫すると元も子もありません。

森 拓哉

株式会社アイポス 繋ぐ相続サロン

代表取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)