米本土上空を横断した中国の気球が撃墜されました。撃ち落としたのはF-22ステルス戦闘機で、使ったのは最新のAIM-9X「サイドワインダー」ミサイルとのこと。これらがベストだったそうですが、ほかの機体や兵装では難しかったのでしょうか。

アメリカ本土に飛来した中国の観測気球

アメリカ空軍は2023年2月4日(現地時間)、アメリカ本土上空を飛行していた中国の高高度偵察気球を、F-22「ラプター」戦闘機から発射した空対空ミサイルで撃墜したと発表しました。

これはF-22にとって初の撃墜となった事例ですが、対象となる偵察気球が一般人でも肉眼で確認できることや、その形状が2020年に仙台市内上空で確認された正体不明の飛行物体と類似していたため、アメリカや日本の一般メディアなどでも取り上げられ、最後は戦闘機による撃墜という派手な幕切れを迎えました。また、撃墜が陸地から近い海上で行われたため、その瞬間の映像がメディアだけでなく、市民のSNSなどを通じて広く拡散されたのも、本件の特徴だといえるでしょう。

さかのぼってみると、この気球は1月28日の段階でアラスカアリューシャン列島付近に設けられたアメリカ防空識別圏に接近し、カナダを経て31日にアイダホ州からアメリカ領空へと侵入しています。当局は、この気球が中国の諜報活動用の偵察気球だと判断。気球の飛行経路上にはアメリカ空軍のICBM(大陸間弾道弾)基地などもあることから、2月1日にはバイデン大統領が直々に撃墜を指示しています。

しかし、本土上空で撃墜した場合、その残骸が地上に落下して人的な被害が出る可能性があったことから、この気球に対する防諜対策をしたうえで、ノースカロナイナ州で海上に出た2月4日のタイミングで撃墜されました。なお、この防諜対策というのは、筆者(布留川 司:ルポライター・カメラマン)が推測するに、通過する経路上の軍事施設に対して行われたものと考えます。

大推力エンジン2基搭載というアドバンテージ

今回の出来事で注目されるのは、他国の飛行物体をアメリカ空軍が実際に撃墜したことと、それにF-22「ラプター」という高性能な主力ステルス戦闘機空対空ミサイルを利用したことです。

偵察用とはいえ、気球相手にステルス戦闘機とミサイルを持ち出すのは、一般的には「牛刀をもって鶏を割く」といった感じの大げさな印象を受けるかもしれません。しかし、アメリカ空軍の発表から当時の様子を見てみると、この事案はF-22でないと対応が難しい過酷な環境下であったことが理解できます。

撃墜時に中国の偵察用気球が飛んでいた高さは、6万~6万5000フィート(約1万8000~1万9500m)という高高度でした。これは旅客機などの一般的な航空機が飛ぶ高度、おおむね3万~4万フィート(9000~1万2000m)よりも高く、戦闘機であっても簡単に行くことができない位置です。

アメリカ空軍が運用する戦闘機のなかで、今回のような飛行目標を攻撃できる機体はF-16ファイティングファルコン」、F-35AライトニングII」、F-15Cイーグル」、F-22「ラプター」の4機種ありますが、この中でスペック上の数値で高度6万フィート(約1万8000m)以上まで上昇できるのは、エンジンを2つ搭載したF-15F-22のみとなります。

そして、両者を比較すると後者の方がエンジン推力が大きく、ミサイルをウエポンベイで機内搭載できるため、武装しても空気抵抗が低くなる空力的な利点もあることなどから、F-22の方が高高度での任務に適しているといえるでしょう。

実際、発表によるとF-22は、高度5万8000フィート(約1万7000メートル)からミサイルを発射しており、今回の特殊な任務では同機が持つ優れた高高度飛行能力が生かされていたことがわかります。

1発0.5億円の最新空対空ミサイル

また機体と共に世間で驚かれたのが空対空ミサイルの使用です。使用されたのはAIM-9X「サイドワインダー空対空ミサイルで、1発あたりの価格は約40万ドル(約5290万円)と言われています。

F-22「ラプター」には、より安価な20mm機関砲が装備されているため、これを使ったほうが「より低コストに気球を撃墜できたはずでは?」と考える方も多いでしょう。

しかし、気球への機銃攻撃は簡単ではなく、実際に行って失敗した例もあります。1998年カナダ空軍のF/A-18ホーネット」(同国ではCF-188と呼称)が制御不能となった気象観測用気球の撃墜を試みましたが、2機で1000発以上の射撃を行ったにも関わらず、その場で完全撃墜することができませんでした。

撃墜失敗の理由のひとつは、気球と戦闘機の速度差がありすぎたためです。戦闘機は高速で飛びますが、気球は風に流されるだけで速度は低く、戦闘機から見れば止まっているのと、ほぼ同じ状態です。速度差がありすぎるため逆に照準が難しく、気球が大きすぎるため、接近しすぎると空中衝突する危険性までありました。また、機銃弾自体が気球に対して効果が薄く、命中しても表面に穴が開いてガスが抜けるだけで気球自体を直接破壊することができなかったのです。

今回の気球撃墜の場合も、気球が6万フィート(約1万8000m)以上という高高度を飛んでいたことを考えると、それに接近すること自体が難しく、そこから機銃を命中させるのは困難だったと予想できます。

たかが気球されど気球、やっぱりF-22は凄かった!?

アメリカ空軍がカナダ空軍の過去の例を参考にしたかはわかりませんが、偵察用気球を確実に撃墜するためにはミサイルの使用がベストな選択だったのでしょう。今回の攻撃には2機のF-22が出撃し、さらに支援機としてF-15も飛行していましたが、撃墜はたった1発のAIM-9Xミサイルで達成されています。

なお、AIM-9サイドワインダー」シリーズは熱源を追尾する赤外線誘導方式のミサイルとしてよく知られた存在ですが、ジェットエンジンなどの推進機器を持たない気球相手に使用できるかは以前より疑問も呈されていました。

しかし、最新モデルであるAIM-9Xは赤外線画像による誘導方式に改良されており、目標を熱源ではなく画像として捉えることが可能です。だからこそ、今回のような高高度を飛ぶ大型気球(報道によるとその大きさは約27mもあったとのこと)の場合、表面を太陽光に照らされて一定の熱を帯びたことから、ミサイルの誘導が可能だったと推測できます。

アメリカ空軍の発表によると、撃墜した偵察用気球の残骸は海岸から約6マイル(約9km)離れた深さ約47フィート(約14m)の海底に落下したそうで、現地には撃墜前の段階からアメリカ海軍の艦艇が待機しており、今後はダイバーを使った回収作業も予定されているとか。中国が諜報活動のために送り込んだ気球によって、逆に中国の諜報能力を知られる可能性もあるかもしれません。

報道によれば、中国政府は気球が自国の物だと認めたうえで、それが偵察用でなく気象研究用であり、領空侵入も不可抗力でアメリカに迷い込んだと説明。また、アメリカの撃墜に対しては中国外務省が強い抗議と対抗措置を匂わす声明を発表しています。

F-22「ラプター」の知名度と性能を考えると、その初撃墜の相手が気球だったことを味気ないと感じる人も多いかもしれません。しかし、6万フィート(約1万8000m)以上を飛ぶ目標を単独で撃墜できたというのは、すなわちF-22の機体性能の高さを示す偉業ともいえるでしょう。

編隊飛行をするF-22「ラプター」(画像:アメリカ空軍)。