
地方都市に出かけるとよく遭遇するのがシャッター通り商店街だ。昔は、地方都市でも人口が多く、工場や事務所に勤務する人たちが買い物をする場所として、雨に濡れずに過ごせるようにアーケードを施した商店街が数多くあった。
こうした商店街を今歩くと、ほとんどの店舗が営業をせずにシャッターを下ろしたままの状態にあり、夜中はもとより日中でもちょっと薄気味悪く感じられる。
シャッター通り商店街の背景原因は地方都市の衰退と産業構造の変化、そして店舗経営者の高齢化にある。かつては街の中心部には大きな工場や事業所があり、そこで働く従業者が大勢いた。工場で働く人たちは、まだ車などを持つ余裕はなく、なるべく勤務先である工場の近くのアパートや社員寮に居住した。そのため街の中心部は常に活気にあふれ、買い物客や飲食する客で商店街は大いに繁盛したのである。
しかし、90年代後半以降になると、円高などの環境変化を嫌って多くの工場が海外などに移転。産業構造が変わる中、研究所などに用途が変わり、従業員は工場とは異なりごくわずかになった。車社会になって、街の中心部から離れて郊外に居住する人が増え、近隣にできる大型スーパーで買い物をするようになった。また、商店街の店舗経営者が高齢になり、子供に引き継ぐことができず、そのうちにシャッターを下ろしたままになる、ざっと言ってこんな構図だ。
優雅な年金暮らしができる?では商売がうまくいかず、さぞかし困っているだろうと想像するのは早計というものだ。
多くの場合、年金生活に入っていて、息子や娘は都市部でサラリーマンになっている。店は開けていないものの、生活するには事欠かない。そのうえ使用されなくなった店舗という不動産を持っていても税制上優遇を受けていることが、優雅に構えていられる最大の理由だ。
シャッター通り商店街にある店舗の多くは税制上「店舗付き住宅」に分類される。たとえば1階が店舗で、2階以上を住宅として利用するといったものを指す。この店舗付き住宅は固定資産税においても、相続時の相続税においても所有している土地が通常の住宅地並みの評価額に特例等で優遇されているのだ。
固定資産税については「住宅用地の課税標準の特例」という制度があり、通常の店舗であれば、住宅用に供している部分が2分の1以上あれば、固定資産税は小規模住宅地と同じ6分の1に、都市計画税は3分の1に減額される。また、相続時には小規模住宅地330㎡までと店舗に関する特定事業用地400㎡までの合計730㎡について評価額が80%も減免される。
店主は困っていないどころか…今、シャッターを閉じ、商店街で暮らしている多くの店主は、年金も潤沢、子供はサラリーマンで独立、税金は安い、つまり店主の多くは実はちっとも困っていないのだ。それどころか、ほかに家作などがあって不動産収入が潤沢に入ってくる人もいる。変に新しい事業をする意欲はないし、有効利用を考えたり、リニューアルをして他人に貸すのもリスクがあるからやめておこう、となるのだ。
ひところ、若者たちがシャッター通りの店舗シャッターを開け、カフェを開業する、物販店を開設するなどの「商店街活性化策」が話題になったが、もともと人も歩いていない通りに、自己満足で出したお店であれば、初めのころこそ人目を引いても事業としては長続きしない。半年から1年程度でつぎつぎに閉店していく姿が多く見られた。でもそんな若者にスペースを提供したオーナー自身、あまり困ってはいないので、どうでもよいし、それをみる周囲の旧店主たちも、やや冷ややかな目で成り行きを見守り、撤退する姿に、
「やっぱりだめよね。あんなことしたってうまくいくわけがない」
と評論するのがオチであった。
「どうする相続人」状態にこうした今は何も困っていないシャッター通り商店街でこれから多発するのが二次相続だ。店の主人が亡くなっても一次相続では小規模宅地や店舗に関する特定事業用地の適用によって相続評価額は思い切り圧縮されるが、二次相続時点ではどうだろう。相続する子供はすでに現地で生活はしていない。商売もたたんでしまっている。つまりこの店舗付き住宅を相続するということは、親と同居する子もおらず、かつ店舗を営んでいない土地と建物を相続するので、税制上の特典を得ることができなくなるのだ。
相続人である子の多くはサラリーマンで東京や大阪の大都市に居住、今さら実家に戻って商売などできないし、やる気もない。相続できたとしても固定資産税は親が所有していた時のようなわけにはいかなくなる。では、いらないから売れるだろうか。シャッター通り商店街の中の店舗を積極的に購入したいという人は現代ではほとんどいない。NHK大河ドラマではないが、「どうする相続人」だ。
商店街は問題を先送りしている実はシャッター通り商店街の存続はこうした時限爆弾を抱えたままの「問題先送り商店街」なのである。そしてこの店舗付き住宅を相続する人たちは、真剣にその活用手段を考えていかなければ、老朽化する店舗の管理と、毎年やってくる固定資産税通知書に悩まされることになる。かといって地方都市の衰退は日々進行している。大都市の市街地にある店舗なら、まだ商店街の所有者たちが土地を提供しあって新しい市街地再開発組合などを設立して、タワーマンションを建設してもらうなどの活用方法が考えられるが、地方都市になると新たな活用方法にも限りがある。
店舗付き住宅で今後、頻発する相続は何もシャッター通りの店舗だけの問題ではない。二次相続の時点で課税されるかどうかではなく、これを相続せざるを得ない店主の子供、孫世代が、残された店舗の取り扱いに悩まされる時代が到来していることを意味しているのである。
自治体も協力してエリア全体での有効利用をこの問題の抜本的な解決策としては、自治体なども加わって、シャッター通り商店街をどのように再生していくかを真剣に考えることにあるだろう。例えば、再生するシャッター通り商店街に網掛けして、土地建物の権利を引き受ける再生ファンドを組成する。もう利用しなくなり、実際に住んでもいない所有者は、自身の持つ所有権をファンドに現物出資する。ファンドは細切れの所有権を中長期にわたって集め、ある程度まとまったところで、再開発を行うなど、エリア全体での有効利用を図っていかないと、やがては商店街ごとスラム街に変わってしまうことが危惧される。
日本人の得意な「問題先送り」はほかの分野でもそうなのだが、いつまでも先送りできるわけがないのだ。シャッター通り商店街の行く末は現代日本社会の縮図ともいえるものなのである。
(牧野 知弘)

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