定年後は、正規雇用の職を辞し、非正規やフリーランスとなって働き続ける人が多数派である。しかし、大企業で高位の役職に就いていた人などにとっては、このような小さな働き方はプライドが邪魔して前向きに受け止められないかもしれない。定年前後を境に会社での処遇に厳しさが増すなか、自身の経験が活かせる仕事を探すため、外部労働市場に打って出る人もいる。本記事では、長く勤めた会社を離れた後に多くの人が直面する労働市場の構造を明らかにする。

50代以降、転職による賃金増加は困難に

転職市場に目を移せば、これだけ転職が一般化しているなかにあっても、中高年の転職は依然として厳しい状況にあることがわかる。[図表1‐20]厚生労働省「転職者実態調査」から転職者の賃金の増減を取ったものである。

40代前半までは、転職で賃金が減少してしまう人よりも、転職が賃金の増加につながる人のほうが多い。

たとえば20代前半では、46.5%の人が転職によって賃金が増加したと答えており、その割合は減少したと答えている人(33.2%)より多く、増加した人の割合から減少した人の割合を引いた「DI(Diffusion Index)」は「プラス13.3%」となっている。

一方で、50代の賃金増減DIは、50代前半で「マイナス26.2%」、50代後半で「マイナス17.8%」と、50代になると賃金が減少する人のほうが多くなる。最もDIが落ち込むのは60代前半でDIは「マイナス46.6%」、転職で賃金が増加した人の割合は14.7%まで落ち込む。

このようなデータからも、定年前後の転職がいかに難しいかが見て取れる。定年前後で自社の待遇に満足できず他社に活路を見出そうとする人もいるが、応募しても面接にもたどり着けないという厳しい現実も実際にはある。

こうした事象が生じているのはなぜかと考えれば、まず第一に求職者側の問題があるだろう。中高年になって転職しようとする人の中には自身のこれまでの経験を過信し、名のある大企業における就業や高い役職に固執してしまう人もいる。

しかし、企業としては当然ビジネスで利益を生み出してくれる人材がほしいのである。転職先で活躍しようと思うのであれば、役職にこだわらず若い世代と混じって競争することも厭わないという姿勢も一定程度必要になるだろう。

現代は、デジタル技術がビジネスにも浸透するなか、仕事のやり方が数年で変わってしまうことも珍しくない変化の激しい時代である。このような時代においては、過去の経験は必ずしも通用しない。むしろ新しいビジネスの妨げになる場合もある。

ビジネスの最前線で生涯活躍しようと考えるのであれば、たとえ若い頃に仕事で大きく成功し管理職の座を勝ち取った人であっても、一プレイヤーとして利益を上げ続けられるよう知識のアップデートを続け、若い人に負けないような実績を築き続ける必要がある。

第二に、企業側の受け入れ姿勢にも問題は多い。実際に、能力が高くその企業で貢献できる高齢求職者がいるにもかかわらず、その人の年齢だけを理由に採用にしり込みしてしまう企業は世の中にたくさんある。生涯企業の最前線で活躍しようと考える人が活躍の場を見つけられるよう、公平な労働市場を構築することも日本の労働市場の大きな課題なのである。

現役時代の働き方を生涯続けるべきなのか?

このように中高年の転職市場がうまく機能していない要因には、求職者側と受け入れ企業側の双方に課題がある。

そして改めて当事者の観点でこの問題を振り返ってみたとき、現役時代の延長線上での働き方を本当に生涯を通じて続けていかねばならないのかということについては、一人ひとりが現在の自身の状態や家計の状況と向き合いながら熟考する必要もあるだろう。

なぜなら、定年後の家計は、定年前の家計とその様相をがらりと変えるからである。

他者との競争に打ち勝って、名のある企業で高い役職を得るというキャリアを一心に追い求め続ける人は多いが、定年後もそうした働き方を追い求めることが本当に自身にとって望ましいことかと考えると、実はそこまでの働き方は必ずしも必要ではないということも多い。

自身の頭で考え抜けば、必ずしもそういった働き方がキャリアのすべてではないと気づく瞬間が、誰しも訪れるものである。もちろんそれが50代になるのか、あるいは60代前半または後半なのか、70代以降なのか、そのタイミングは人によって異なる。高齢期のキャリアにおいては、自身の家計の状況とも相談しながら、仕事を通じて自身が何を得て、社会にどう貢献していくのかを考えていかなければならない。

縁故、ハローワーク、求人広告など入職経路は多様

中高年の転職市場は厳しい。こうしたなか、ある人は長く勤めてきた企業を離れて短時間就労などで働き方を変えながら、またある人はこれまでの延長線上での働き方を模索しながら、人は定年後も働き続ける選択をしている。

続いて確認していくのは、定年前後に転職をする際にどこから自身の就職先を見つけてくるのかという点である。

厚生労働省「雇用動向調査」から転職者の入職経路を捉えたデータをみると、現役時代と定年後では職の探し方もいくつか異なる傾向が見て取れる[図表1‐21]

まず一目見て気づくのは、定年後、特に60代前半の人については、前の会社からの縁故によって就職が決まるケースが多いということである。

これには同じ会社で再雇用されるケースが多く含まれている。先述の通り、現在では高齢法の定めによって、企業は65歳までの継続雇用制度の導入を義務付けられている。

雇用動向調査では、定年を機に雇用契約を見直して、同じ職場に再雇用になるケースも、その会社を離職して直後にその会社に入社したものとしてカウントする。このため、60代前半の22.8%、60代後半の12.9%のなかには同一会社への再就職が多数含まれているものと考えられる。

このデータからは、この数値のうちどこまでが再雇用による同じ会社への入職で、どこまでが前の会社の斡旋による他企業への再就職なのかは明らかでないが、おそらくは前の会社から斡旋されてほかの会社に就職するというケースはそう多くないのではないか。

中高齢者における再就職先の間口は広がりつつある

もちろん、定年後の異なる会社への転職に、長く勤めた会社が大きな役割を果たす業種もある。特に、官公庁による就職先の斡旋(いわゆる天下り)や金融機関による関係会社への出向は広く知られており、こうした形で再就職先を見つける人も少なからず存在する。しかし、こうしたケースは全体から見れば少数であり、実際にはそれ以外の選択肢で転職先を見つけることが大半である。

前の会社から紹介を受けて転職をする人は、転職者のなかであくまでも一部の人であり、このような形を除けば職探しの手段はほかの年齢層とそこまで大きくは変わらない。

中高年者の転職に関しては、再雇用を分母から除けば、ほかの年齢層と比較してハローワークを通じて仕事を見つける人が比較的多い。そのほかも、求人情報誌やインターネットの求人情報サイトを見て新しい仕事に応募するといった「広告」による経路や、知人や友人に紹介してもらうというケースも多い。

定年前後の就業者の転職活動の大きな特徴としてあげられるのは、民間職業紹介所経由の転職が少ないということである。民間職業紹介所経由の転職は、50代後半で2.3%、60代前半で1.1%となっており、20代後半の8.0%や30代前半の8.1%などと比べて著しく少なくなっている。

中高年者の転職活動に民間職業紹介所が必要な役割を果たせていないのは、当然それがビジネスになりにくいからである。中高年者の転職は、先述のように受け入れ企業の姿勢や求職者の意識に課題があるケースが多く見受けられ、就職先の決定までに多くの時間を要する。また、決定しても30代や40代のような高額な報酬は望みにくく、どうしてもビジネス効率が悪くなってしまう。このため、結果としてマーケット自体がうまく機能しておらず、転職市場全体を通じた大きな課題となっている。

中高年の転職市場の活性化が大きな課題となっているが、ここ数年単位でみてもその状況が少しずつ変わりつつあることは見逃せない事実である。特に、中小企業や地方に拠点を抱える企業、人手不足が深刻な業界などを中心に、中高年の採用意欲が増しており、これまでにない良い待遇で転職できる人も増えているのである。

一部の企業では若手の採用が困難になっていることから、年齢にかかわらず活躍してくれる社員を採用したいという気運が急速に高まっている。名のある大企業への転職だけに絞ってしまうと依然として難しさがあるものの、優秀な人材であればその間口は確実に広がりつつある。

新卒市場で求職者からの人気が高い大企業などはこれからも中高年の積極的な採用は難しいと考えられるが、人手不足に悩む企業を中心として、将来的には中高年採用のすそ野はより広がっていくことが期待される。

坂本 貴志

リクルートワークス研究所

研究員・アナリスト

(※写真はイメージです/PIXTA)