50年前に大ヒットしたかぐや姫の名曲「神田川」には、「三畳一間の 小さな下宿」という歌詞が出てくる。部屋の広さは畳3畳分、風呂はなく、トイレやキッチンは共同という木造2階建てアパートだ。進学や就職で上京してきた大量の若者のために、当時はこうした3畳一間の物件がたくさんつくられたのである。

 しかし、それから半世紀がたった現在、再び東京都心で3畳ワンルームに住む人が急増している。立地は都心の人気エリアなのに、家賃が相場より安いからだ。はたしてその住み心地はどんなものなのか。実際に3畳ワンルームに暮らす佐々木雅彦さん(仮名、36歳)に話を聞いた。(取材・文=押尾ダン/清談社)

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コロナで職を失い、安い物件を探して見つけた3畳ワンルーム

 3畳ワンルームとは部屋の専有面積が10m²前後の極小アパートのことだ。「神田川」の時代と違い、さすがに風呂やトイレ、キッチンは備えているが、居住面積は3畳ほどしかない。

 国土交通省の「住生活基本計画」では、人が健康で文化的な住生活を営むための最低居住面積水準は単身者で25m²とされ、多くのワンルームマンションや1Kは20m²前後が一般的な広さとなっている。3畳ワンルームはその半分しかないわけだ。

──なぜ3畳ワンルームに住もうと思ったんですか。

佐々木 僕はもともと飲食チェーンで正社員として働いていたんですが、コロナで売り上げがガクンと落ち、2020年夏ごろにほとんど解雇のような形で仕事を失ったんです。その後、仕方なく交通誘導の警備員を始めたんですが、警備員って日雇いバイトみたいなものなので、収入が大幅に下がってしまって……。

 それで毎月の固定費を減らそうと思い、安い物件を探して見つけたのが、いま住んでいる3畳ワンルームです。東京23区内のけっこう便利な場所なのに、家賃は6万円台前半。ただ、部屋自体は激狭で、その狭いスペースにシャワールームとトイレ、申し訳程度のキッチン、それにロフトがついています。

──シャワールームというのは? 一般的なワンルームマンションによくあるユニットバスとは違うものなんですか。

佐々木 ユニットバスは浴槽があるし、洗面台とトイレセットになっていますが、僕の部屋にあるのは本当にシャワーだけ。ネットカフェや店舗型風俗店とかにシャワールームのユニットが設置されているじゃないですか。まさにあのタイプです。

 でも、浴槽に浸からないのでその分の水道代が節約できるし、トイレも独立していますから。部屋にシャワーしかない点は、正直いってまったく気になりませんでしたね。

狭すぎて布団を敷くスペースの確保にも苦労

──じゃあ、逆に住んでみて気になったのはどんな点ですか。

佐々木 それはやっぱり部屋の狭さですね。じつは、いまの部屋は内見しないで入居したんですよ。不動産屋さんに見せてもらった図面に専有面積が書いてあったんですが、「狭いけど、そうはいっても4畳半ぐらいあるだろ」という思い込みのもと決めてしまって……。

 だから、鍵を受け取って引っ越し前に見に行ったとき、想像以上の狭さに驚きました。まるで昔のドヤ(簡易宿泊所)みたいというか。おしゃれなマンションのウォークインクローゼットぐらいの広さしかないんですよ。ベッドを置くと部屋全体が占領されてしまうので無理だし、布団を敷くスペースの確保にさえ苦労しています。

──でも、佐々木さんの部屋はロフト付きのはずですが? 

佐々木 たしかにロフトはあるんですが、天井までの高さが60cmしかなくて異常に狭いうえ、真ん中に梁があるので、とてもじゃないけどあそこで寝るのは不可能です。だから、ロフトは収納として使っています。実際、部屋は収納がほぼゼロなので、ロフトを収納代わりにしないと部屋全体がまさしくクローゼットになってしまう。

 だから、寝るときはテーブルと椅子を隅に移動させ、床に布団を直接敷いて寝る以外ないんです。引っ越し当初は、3畳の部屋の床に転がって天井を見上げていると、まるで刑務所の独房に入れられたかのような、なんとも言えない泣きたい気持ちになりました。

は極寒、まともに料理ができない

──ほかに3畳ワンルームに住んでみて困ったことはありますか。

佐々木 いろいろありますよ。玄関が狭すぎてシューズラックを置けないので、靴はスニーカー2足しか持っていませんし。それと建物自体はきれいで新しいんですが、しょせん木造アパートなので冬はめちゃくちゃ寒い。家賃6万円台なのになぜ床暖房がついているのかが不思議だったんですが、最初の冬にその理由がわかりました。

──床暖房が必要なくらい冬は極寒になるということですね。

佐々木 壁際にいると外の冷気がダイレクトに伝わってくるので、冬は部屋の中でもダウンを着ています。あとキッチンが狭すぎるのでまともに料理ができない。出費を抑えるには自炊するのが一番いいじゃないですか。でも、キッチンと呼ぶにはあまりにも狭いので、めちゃくちゃ料理がしにくいんです。

 とくにヤバいのはお粗末すぎる換気扇です。昨年の秋ごろ、たまには贅沢しようとスーパーで牛肉を買って家でステーキを焼いたんですね。すると、換気扇が全然機能しないので部屋全体がモクモクになり、火災報知器がけたたましく鳴り響いて「火事です!」とか騒ぎ始めて。3畳ワンルームで料理はできないと思いました。

住んでいる住民は30~40代の地味なサラリーマン風の男性ばかり

──ちゃんと料理をすることは想定してないのかもしれません。

佐々木 たぶんそうだと思います。ゴミ置き場に行くと、ほかの住民が捨てているのは缶コーヒーとかの空き缶ばかりで、食材や調味料などの瓶が捨てられているのは見たことがありません。隣の部屋のおじさんなんて、食事はほぼウーバーイーツを頼んでいます。

──そもそもアパートにはどんな人が住んでいるんですか。

佐々木 3畳ワンルームを取り上げるネット記事やYouTubeなどを見ると、20代おしゃれな若者ばかりが紹介されているじゃないですか。狭い部屋なりに工夫してインテリアに凝り、家賃が安い分、余ったお金をファッションに回すみたいな。でも、正直、うちのアパートにいるのは30~40代の地味なサラリーマン風の男性ばかりです。おしゃれ20代の若者の住民なんかひとりもいませんよ

 3畳ワンルームのメリットは、都心の人気エリアに通常のワンルームマンションより安い家賃で住めること。つまり、部屋の広さより職場に近いなどの利便性を重視する人に向いているとされている。そうした点について佐々木さんはどう感じているのだろうか。

「3畳ワンルームに向いている人」とは?

──実際に住んでみて、佐々木さんが感じた「3畳ワンルームに向いている人」「3畳ワンルームに不向きな人」を教えてください。

佐々木 たしかに、3畳ワンルームの多くは便利な場所にあり、その利便性の高さと家賃の安さは大きなメリットです。でも、そういうことだけ考えて住むと失敗するかもしれません。とくに向いていないのは「自分の部屋ではリラックスしたい」と思っている人です。

 考えてみてください。3畳の空間に生活のすべてを詰め込んで暮らすんですよ。心の底からリラックスするなんて、できるはずないじゃないですか。木造アパートなのでほかの住民の生活音も聞こえるし。僕はそうした環境にある程度慣れましたけど、できることなら引っ越したい。

──レオパレスみたいに隣の生活音が聞こえるんですか?

佐々木 あそこまでひどくはないですよ。一時期のレオパレスは隣の部屋の蛍光灯を消す音や爪を切る音まで聞こえるっていわれていましたから。でも、イビキや洗濯機の音なんかはガンガン聞こえてきます。以前に10代の女の子が住んでいたんですが、彼氏が部屋にきたときは夜中にアノ声がアパート中に響き渡っていました。

 それに、ただでさえ壁が薄いのに3畳ワンルームには塀が設置されていない物件が多いので、外の音も全部聞こえてくるし、外からの目隠しもない。1階に住んだら最悪です。僕なんて、着替えるために全裸になっているとき、道路を歩くおばさんと窓ごしに目が合ったことが何度もあります。

──なるほど。プライバシーも何もあったものじゃないですね。

佐々木 逆にいうと、細かいことを気にしない大雑把な人は3畳ワンルームに向いていると思います。この家賃の安さと都心部へのアクセスの良さを味わったら、もう普通のワンルームに住むのが嫌になるかもしれません。まあ、それでも僕は引っ越したいですけど。

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 相場よりも安い賃料で都心の好立地な場所に住むことのできる極小アパートのトレンドはしばらく続くといわれている。ただし、安い家賃や利便性だけを考えて3畳ワンルームを選ぶなら、こうした体験談を参考にしたほうが良さそうだ。

(清談社)

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