バックカントリーでの遭難事故が相次いで報じられ、愛好者へ批判の声もあがっている。しかし、遭難取材を長年続けるフリーライターの羽根田治氏は、「的を得ていない事故報道も多く、誤解に基づく批判も少なくない」という。

 では、バックカントリーとはどんなものなのか。ゲレンデスキーとはどこが違い、どのようなリスクがあるのか。そして事故が起きた場合の救助費用はどれくらいかかるのか。羽根田氏が解説する。

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 ここ数年、バックカントリーでの遭難事故が起きるたびに、遭難者への非難の声が上がるようになっている。とくに今シーズンは、年が明けて北海道の羊蹄山や長野県野沢温泉村の毛無山、上越国境の谷川岳で雪崩による死亡事故が相次いだうえ、1月29日には北アルプスの白馬乗鞍岳で、アメリカ人プロスキーヤーを含む2人が死亡する雪崩事故が発生し、過剰とも思えるバッシングが巻き起こった。

 事故に対するネット上のコメントを見ると、批判の根拠となっているのは、「自ら好んで危険な場所(あるいは立入禁止エリア)に入り込んで遭難しているのだから、自業自得。税金を使って助ける必要はない」というスタンスのようだ。

スキー場のゲレンデでは物足りない

 そもそもバックカントリーというのは、直訳すれば「裏山」という意味だが、一般的には管理されていない自然のままの雪山を滑走することを指す。言葉的には比較的新しいウインター・レクリエーションのようなイメージがあるが、スキーを活用して雪山登山をする「山スキー」と同意語だと思っていい。

 国内における山スキーの歴史は古く、1911年に日本にスキーが伝来して間もない大正期から昭和初期にかけて、急速に拡大していった。スキーを履けば潜らずに雪上を歩けるし、山頂からはいっきに滑り降りてくることができる。その機動力を活かして雪山に登るのが山スキーで、北アルプスや南アルプス、北海道の大雪・日高山系などでは、積雪期初登頂の記録がいくつも生まれた。

 戦後は、一部の雪山登山者が愛好する、登山のマイノリティ的存在となっていたが、2000年ごろから、スキー場のゲレンデでは物足りなくなり、自然のままの雪山を滑ることに魅力を見いだすスキーヤーやスノーボーダーがぽつぽつと現れはじめた。「バックカントリー」という言葉が使われるようになったのもこのころからだ。

 先にバックカントリーと山スキーは同意語だと述べたが、違いがあるとすれば、山スキースキーの機動力を活かした雪山登山の一スタイルであるのに対し、バックカントリーの主目的は、まず滑走ありき、雪山を滑走することにこそある。広大な斜面に思い思いのシュプールを描く爽快感や、ふかふかのパウダースノーを滑るときの浮遊感は、圧雪されたスキー場のゲレンデでは得られない、バックカントリーならではの醍醐味だ。それを味わいたいがために、バックカントリー愛好者は雪山へと赴いていく。

降雪、低温、強風、雪崩のリスク

 さて、バックカントリーの舞台となる、自然の状態のままの雪山には、降雪、低温、強風、雪崩など、さまざまなリスクが潜んでいる。そうしたリスクに対処するためには、知識やノウハウを学び、装備を整え、トレーニングを行ない、技術を磨く必要がある。

 たとえば雪崩は、雪山で最も警戒しなければならないリスクのひとつであり、雪崩に遭わないようにするためには、天候や雪のコンディション、地形などによってリスクの高低を判断し、リスクを軽減させる行動マネジメントをとることが要求される。それでも雪崩を100パーセント回避するのは困難であり、冒頭で挙げたような雪崩事故が起きてしまう。

 ちょっと話は逸れるが、雪崩対策用の必携装備とされているのが、雪崩ビーコンシャベル、プローブの“三種の神器”だ。ただし、これらを携行していても雪崩を避けられるわけではない。万一、雪崩に埋没してしまった際に、生存率を少しでも上げるため、そして救助者をなるべく危険に晒さないようにするためのものなのだ。三種の神器を携行しているから雪崩対策は万全だ、というのは誤った認識である。

 雪山のリスクは雪崩だけではない。視界不良時のルートミス、クレバスへの転落、雪庇の崩落、立木への激突、転倒による窒息(積雪が深い場所で転倒して上半身が埋もれると、起き上がれずに窒息してしまうことがある)、低体温症なども大きな脅威となる。スキー場であれば、これらのリスクが管理されているので、危険な状況に陥ることはほとんどない。しかし、人の手が入っていない雪山では、おのおのが自己責任で、リスクに対処することが求められる。そしてバックカントリー愛好者の多くは、そのことをしっかり自覚し、実践しているものと信じたい。

バックカントリー愛好者はなぜ批判されるのか

 そのバックカントリー愛好者が、なぜこれほどまでに批判されるのかというと、スキー場の「立入(滑走)禁止区域」とバックカントリーエリアが混同されていることが大きい。日本のスキー人口の多くを占める一般スキーヤーは、通常、スキー場でリフト券を購入してスキーを楽しんでいる。各スキー場はそこを運営する事業者によって管理され、滑走可能なゲレンデやコースが整備されている。ただし、同じスキー場内であっても、雪崩などの危険がある一部斜面は「立入(滑走)禁止区域」とされ、ロープを張るなどして、侵入できないようにしている。

バックカントリーコース外滑走」と誤解される理由

 ところが、この立入禁止区域にはシュプールがついていないし、圧雪されていないのでパウダースノーが残っていることも多く、ルールを守らずに立ち入って滑走する者が散見される。これがいわゆる「コース外滑走」であり、ルール違反なのだから批判されるのは当然であり、まして事故が起これば「自業自得だ」と言われるのも仕方がない。

 一方のバックカントリーは、スキー場の管理区域外に広がる自然のままの山岳エリアフィールドとする。日本の場合、そのほとんどが国有林となっていて、原則的に誰でも自由にそこを滑走することができる。

 ただ、バックカントリーを楽しもうとするときに、スキー場のゴンドラやリフトを利用してゲレンデトップに上がり、そこからスキー場外の山岳エリアに出ていくことが少なくない。このことが、「バックカントリーコース外滑走」と誤解される一因にもなっている。

 それに輪をかけているのが、マスコミ報道によるミスリードだ。最近の事故報道のなかにも、「コース外を滑走する」「スキー場のコース外にあたるバックカントリーで」といった表記がいくつも見られ、読者に「バックカントリー愛好者は立入禁止となっているコース外でスキーをしていて事故を起こした」という印象を与えてしまっている。

 だが、繰り返し言うが、バックカントリースキー場の管理区域外を滑走するもので、なんらルール違反をおかしているわけではない。スキー場内の立入禁止区域を滑る「コース外滑走」とはまったく別物であり、これまで報道されてきた事故の多くは、コース外滑走ではなくバックカントリー中の事故だと思っていい。

 冒頭に挙げた1月29日の白馬乗鞍岳での雪崩事故にしても、バックカントリーエリアで起きたもので、遭難したパーティバックカントリーを熟知し、装備もリスクに対する備えもしっかりしたものだったことがうかがえる。

 なお、バックカントリーが盛んなエリアでは、登山届を提出する、管理区域外へは所定のゲートから出る、などのローカルルールを定めているスキー場もある。こうしたルールを守るのは当然であり、バックカントリーに出ていく以上、それなりの知識とスキル、体力、装備が必要になることはいうまでもない。「パウダーを滑ってみたい」というような興味本位から、スキー場のゲレンデを滑るのと同じ感覚でバックカントリーに飛び出してしまうようなことは、厳に慎むべきだ。

的機関による救助はタダ、民間救助隊員の場合は…

 最後に、バックカントリーでの事故の救助費用について。基本的には雪山登山における遭難事故と同じ扱いになり、警察や消防などの公的機関による救助費用はタダである。

 ただし、民間の救助隊員に出動を要請するケースも多く、その場合、隊員ひとりあたり1日3万~5万円ほどの日当が発生する。行方不明者や雪崩埋没者など、捜索が長期化すれば費用もかさみ、ケースによっては必要経費などを含め数百万円にのぼることもある。また、事故現場に近いスキー場が救助活動に協力する場合、スノーモービルや圧雪車の出動料金、リフトの時間外運行費用なども加算されてくる。

 救助費用についての考え方は人それぞれだが、スキーや登山が自己責任で行なわれる以上、当事者負担が原則ではないかと私は思う。そうした事故に備えるために、山岳保険というものがある。

 しかし、「自己責任だから」とはいえ、「助ける必要はない」という考え方には賛同できない。山で命の危険にさらされている人には、なにはさておき、手を差し伸べようとするのが人道というものだろう。警察や消防などの山岳救助隊員は、山で窮地に陥っている人を助けるために存在する。「基本は自己責任だけど、万が一のときには助け合う」という共通認識は、失わないようにしたい。

 

(羽根田 治)

1月29日に白馬乗鞍岳で発生した雪崩の現場付近で救助に当たる隊員ら(1月30日午前、長野県小谷村)[長野県警提供] ©時事通信社