
今日もサウナが混んでいる。ブームなのだから仕方がない。静かだったあの頃は遠い過去だ。戻れないのなら進むしかない。サウナを巡りながら一人で考えた。
◆近場でもサウナに泊まれば旅になる
江戸川区の船堀にあるサウナ コア21は、東京で暮らしていてもたまに泊まりに行くカプセルホテルだ。
白を基調とした浴室は清潔さも相まって神聖な宮殿を思わせる。サウナ室は橙色のマットが隙間なく敷き詰められ、2台のストーブによるカラッとした熱気が換気口に向けてうねっている。ブームの影響はまだ薄く、静寂が生きている。
◆引き継いだ当初は客のマナーの悪さに頭を抱えた
コア21の前身は’89年創業のプラザ ダイエー。そこが廃業したのち、’06年に引き継ぐかたちになった。支配人の座に就いて4年の山田圭一さん(42歳)は当初、常連客のマナーの悪さに頭を抱えたそう。
「水風呂に入る前に汗を流さなかったり浴室で髪の毛を染めたりとめちゃくちゃで。こつこつ声をかけるのですが、『なんだお前。俺は昔からここに来てるんだよ』と言われてしまい、まずは自分を知ってもらうことから始めました」
マナーが悪いのは、ブームでサウナを知った若者に限らない。もともとだらしない人間の居場所だったのだから。
「休憩エリアに布団を持ち込んでいる人もいます。寝やすいからって。本当はダメなんですけど、気持ちはわかるし、目をつぶることにしました」
◆常連客も新規客も大事にしたい。そのためにできるのは…
一方、浴室の窓辺に休憩用の椅子を四脚置いたのは、新規の若者たちのためだ。
「常連客は大事にしたいし新規客も増やしたい。そのためにできるのはとにかく清潔であること。ロウリュやアウフグースといった今どきのことはできませんが、清掃は徹底しています。ダイエー時代からほとんどそのままの昔ながらの雰囲気を味わってほしい」
◆ハムエッグ定食を食べながらサウナの余韻に浸る
入浴が済んだらカプセルに潜り込んで泥になる。朝は早く起きて再びサウナに耽り、食事処でハムエッグ定食を食べながら余韻に浸る。退館した後は目の前にそびえ立つ船堀タワーに上ってみてほしい。
船堀タワーは高さ115m。東京スカイツリー、東京タワーと並ぶ“東京三大タワー”の一つだが、僕は船堀を訪れるまで存在すら知らなかった。縁もゆかりもない地を訪ね、未知なるものを知る。世界を広げる。僕はそれを旅と呼ぶ。展望台の向こうで富士の雪化粧が空を青く際立たせていた。
◆「客は一日に4~5人。でも、まあいいかなって」
日々あらゆる場所に足を運んでいると、サウナは特別なものではなくなり日常になる。それはそれで悪くないものの刺激が足りない。そう思って訪れたのが熊本県八代市にある八代センターサウナだ。
外観からして人を寄せつけないオーラを放つ老舗。受付には誰もおらず、「ごめんください」と何度か声を張ると店主がようやくやってくる。
◆体が動く限り続けるけど、もってあと数年
ブームで新しいサウナが乱立しているが、その陰でひっそり幕を下ろす店も少なくない。たぶんここも長くはない。サウナ エデンから現店名に替えて営業を始めたのは’90年。店主・西幸夫さん(72歳)は「体が動く限り続けるけど、もってあと数年」と脱衣所のソファに腰を下ろし胸を擦る。
「ここは何もないよ。売りは、飲んでもいい地下水掛け流しの水風呂くらい。施設が古くて有名だから、客は一日に4~5人。でも、まあいいかなって。ここは私で最後です」
同店にとって致命傷となったのが’16年の熊本地震。配管が破裂するなど施設の損傷が激しく、2階の休憩室は水漏れが原因で閉めた。「お金がかかりすぎる」とぎりぎり営業できる程度の修繕にとどめ、24時間営業もあきらめた。
◆「古いだけ」でも通う“サウナが苦手”な客
西さんは店を早じまいして、脱衣所で焼酎を飲むのが日々の楽しみだ。いつの間にか黒霧島を飲み始めていた西さんの隣には、謎のおじさんがうなずきながら話を聞いている。
店の関係者かと思いきや、週の半分をここで過ごす常連客だった。サウナが好きなのかと尋ねると無言で首を横に振る。「水風呂に入ると風邪ひいちゃう」とむしろ苦手だそうだ。それでも通うのは「居心地がいいから。家にいてもやることないし」と彼は笑って席を立ち、どこかへ消えた。
◆“無駄な時間”をサウナで過ごすことの大切さ
着替えを済ませてサウナに入ると、その常連客が座って天井を見上げていた。視線の先には地震による水漏れの痕。服を着たままサウナに入っていることをツッコむと、「寒いからね」と返されて話は終わった。
気持ちよくなることが目的ではなく、体が冷えたから暖を取る。サウナって、その程度のものかもしれない。
サウナ好きとしても知られた作家の故・西村賢太は、毎日のようにサウナに通っていた頃を振り返り、「はっきり言って、サウナは時間の無駄ですよ」と語った(週刊SPA!別冊『ベストサウナ』より)。
最初は「なんてことを言うんだ」と思った。でも今はなんとなくわかる。せわしない日々において無駄な時間をサウナで過ごすことの大切さを。僕は無駄な時間が欲しかったのだ。
ブームはいつか去る。そのとき僕はまだサウナにいる。
【今回のSPA!偏愛者・追っかけ漏れ太郎】
’79年生まれ。『湯遊ワンダーランド』担当、SPA!サウナ大賞主宰。サウナ歴8年。毎日のサウナ通いは落ち着き、今は週5回
取材・文/追っかけ漏れ太郎 撮影/杉原洋平

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