偵察気球撃墜で米世論静まる

 ジョー・バイデン大統領2月7日の一般教書演説で中国の偵察気球を撃墜したことを念頭にこう強調した。

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「中国が米国の主権を脅かせば、米国を守るために行動する。われわれは行動した」

 国内向けにカブキ的な「大見得」を切った。

 だが、「刃先の鋭いレトリックは使わず」「ことさら中国の偵察気球の領空侵犯という表現は避けていた」と、米主要メディアは報じた。

https://www.latimes.com/politics/story/2023-02-07/biden-state-of-the-union-address-video

https://www.politico.com/news/2023/02/07/biden-state-of-the-union-address-2023-00081651

 バイデン氏は、さらにこう続けた。

「中国との競争に打ち勝つため、米国は結束すべきだ」

 米中間の新たな対立点である経済安全保障の観点で重要性が高まる半導体などのハイテク分野で、中国に対抗する姿勢を鮮明にすることを忘れなかった。

https://www.wsj.com/articles/biden-to-tout-economic-gains-in-state-of-the-union-11675788712

 バイデン氏は2月8日には米国唯一の公共放送PBSとのインタビューでこう言い切った。

「撃墜したことで中国との関係に大打撃を与えたとは思わない。米国の主権を侵害して情報収集していた気球を撃ち落としたことで米中関係が悪化するだって?」

「私は習近平国家主席に競争しましょう、しかし紛争は望まない、ということをはっきりと伝えている」

「(米本土を飛行中に撃墜すべきだったとの批判に対して)これを職務怠慢だとなじるのは非常に馬鹿げた考えだ」

https://www.pbs.org/newshour/show/biden-talks-economy-china-political-division-in-exclusive-interview-with-judy-woodruff

https://www.bloomberg.com/news/articles/2023-02-08/biden-denies-us-china-ties-more-strained-after-balloon-incident?srnd=politics-vp#xj4y7vzkg

 その一方で、米国務省高官は中国の偵察気球は中国軍と関連する中国企業が製造したとの見方を示した。

 中国が主張していた気球が中国の民間企業による気象観測気球だったという言い逃れを一蹴している。

 紛争は避けながらも言うことは言うという主張を貫いた。

 2月6日には、日本など同盟国や友好国の40か国の外交官を国務省に集め、偵察気球侵犯についての経緯を説明した。

 米側の主張を国際的に正当化するとともに、同盟国、友好国との連携を通して、サプライチェーン(供給網)の再編を加速させる狙いがある。

(むろん、偵察気球が収集していたと見られる米軍の機密情報・データについては目下分析中であり、たとえ一部判明したとしても外国の外交官に教えるはずもない)

 米議会では、ロジャー・ウィッカー上院軍事委員会筆頭理事(共和、ミシシッピ州選出)やマルコ・ルビオ上院情報特別委員会筆頭理事が偵察気球の搭載機器に米国や同盟国の技術が悪用されていたか調べる動きを見せている。

「大戦前夜だ」と大上段の構えも

 だが今回の偵察気球騒動(あえて騒動を呼ぶのだが)、米軍も情報機関もどこか冷静だった。騒いだのは米メディアと反中国議員たちだった。

 米専門家たちにとっては偵察気球にしろ、偵察衛星などによる領空侵犯は「お互い様」だからだ。

 本来なら「見てみないふり」をすべきではなかった。ばれた時の事後措置が大変だった。特に国内世論をどう処理するか、だ。

 中国のように共産党一党独裁国家なら言論統制も敷けるが、米国のように国家誕生以前に生まれた新聞メディアの「報道の自由」はそう簡単にコントロールできない。

 米国独特の大衆迎合主義も健在だ。

 今回のように公衆の面前で起こった「劇場型軍事危機」ならなおさらだった。

 米国の同盟国のメディアの中には、「民主主義諸国と権威主義勢力との『新冷戦』の最中なのか、それとも核大国間の『大戦』前夜なのだろうか」と大上段から論ずるものも出てきた。

 瞬間風速的に見れば間違ってはいなかった。

参考:米国に撃墜された中国のスパイ気球、米専門家の見立てとは~中国人民解放軍中国共産党との間に対米外交で対立?(JBpress 、https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73859

 だとすれば、バイデン氏の一般教書演説の淡々とした語り口はどう考えたらいいのだろう。

「(米本土上空を飛行中の気球を)直ちに撃墜せよ」と騒いでいた反中共和党議員たちもバイデン氏が偵察気球問題に触れても一切野次は飛ばさなかった。

 バイデン氏が不法難民・移民対策など内政問題に言及した際には、下品なジャエスチャー(親指を下に下ろす)をしながら「あんた、ちょっと頭がおかしいじゃないの」(Are you crazy?)と野次っていたドナルド・トランプ大統領の「子飼い」、マージョリー・テイラー・グリーン下院議員(共和、ジョージア州選出)も「今すぐ、撃ち落とせ!」と騒いでいた一人だった。

 ところが、バイデン氏の 偵察気球発言には沈黙を守った。

3月5日に全人代、4月はマッカーシー訪台

 偵察気球撃墜から一夜明けて行われたバイデン演説を受けて、今後米中両国はどう動くのか。

 2人の軍事外交専門家がこう分析している。米中関係に詳しい当代屈指のエキスパートだ。

 一人は戦略国際問題研究所(CSIS)のスコット・ケネディ上級顧問。同氏はこう見ている。

「米中間の偵察、スパイ行為は日常茶飯事だ。問題はその個々のケースが公になってしまった時だ。公になって国民の目に留まり、メディアや政治家が騒ぎ出した時だ」

「今回のケースは、米国の戦略的なチャレンジを受けた際にどのような外交を展開するかが試されたケースだった」

「第一にモラル・ハザード(道徳的欠如による危険)を避け、中国が米国の国家安全を脅かしたことに対する代償を払わせることなく、また恥辱を与えないようにするためにはどうするか」

バイデン氏と習近平氏とが2022年、バリで会談した際に取り決めた、お互いの間に不測の事態が起きた時に軍事的衝突を避ける「ガードレール」を構築し、首脳同士や軍、外交当事者間の間断なきコミュニケーションを確立しておいたことが今回は役立った」

バイデン氏は、一般教書演説でこう述べていた」

「『米国の利益を拡大させ、それによって世界がさらに恩恵を受けられるならば喜んで中国と共に働く。中国との間に存在する相違をマネージするには、大規模なコミュニケーションを必要とする』」

「今回の事件の決着はまさにこれのお陰だった」

 発生直後、米国では「政治」と「メディア」が「外交」に刺さり込み、「軍事」に言及してきた。

 一歩間違うと、せっかく動き出そうとしていた米中雪解けムードが吹っ飛びそうな状況になっていた。

 両国間の政府機関、軍、情報機関担当者同士のコミュニケーションが間断なく続けられたのだろう。

 最終的にはバイデン習近平間の電話会談も行われたのかもしれない(バイデン氏はPBSとのインタビューでそのことを仄めかしている)。まさに「首脳同士がタイトロープを渡り切った」わけだ。

 ケネディ氏は、ブリンケン訪中がいかに重要か、そのタイミングについてこう見ている。

「事件発覚後、ブリンケン氏が訪中を一時延期したことは正しい判断だった。ただしできるだけ早く2月末までに訪中すべきだ」

「昨年秋の中間選挙でバイデン民主党が事実上勝利し、習近平氏が共産党総書記に再選され、米中両国の国内政治は比較的安定している」

「米中首脳会談に向けての段取りをつけるには、この時期が絶好のチャンスだ。その露払いをするのがブリンケン訪中の目的だ」

「3月に入ると、中国では3月5日から第14期全国人民代表大会(全人代)が始まる。全閣僚人事はじめ政府機関主要人事や主要政策が協議される」

https://jp.news.cn/20221230/4b89a90c369b4960b7e341ddc5e4e3ce/c.html

ケビン・マッカーシー米下院議長の台湾訪問は3月中に予定されている。マイケル・マッコール下院外交委員長もその後、同委員会委員(超党派)を同行して訪台する」

「米中両国がこうした政治シナリオを描く、その前にブリンケン氏は北京に行かねばならない。習近平氏と会って首脳会談の詳細について詰めねばならないのだ」

「昨年夏にはナンシー・ペロシ下院議長(当時)が訪台し、これに抗議した中国は軍用機71(延べ数)、艦船7隻を台湾周辺に派遣し、一時は一触即発状態を招いた」

「台湾支持では米議会は超党派で台湾の現状維持する議員が大勢いる」

(米下院では訪中を前にしたブリンケン氏の訪中後、台湾に立ち寄るよう要請した9人の下院銀署名の書簡が送られていた)

「米中間には二国間だけでなく、通商、地球温暖化、ウクライナ、対ロシア問題といったグローバルなアジェンダが山積している。その意味で米中首脳会談の開催は緊急を要する」

故意なら、高くついた偵察気球

 日本でも知名度の高いイアン・ブレマー氏(政治学者、ユーラシア・グループ社長)もケネディ氏と同意見だ。

 同氏がサイト「GZERO」に執筆した論考の要旨はこうだ。

「今回の偵察気球は米国にとって脅威ではなかった。中国の偵察気球が米領空を侵犯したのは、これが初めてではない。最近ではトランプ政権時の3回を含めて4回ある」

「米国には気球を撃墜する、あらゆる権利がある。気球が米本土から離れた海上を飛行している時点で撃墜したことは正解である」

「領空を飛行している時点で撃墜せよという(共和党議員らの)主張はホットエア(大風呂敷)に過ぎない」

習近平氏は、偵察気球をこの段階で意図的に飛行させたとしたのであれば、それは大きな過ちだった。ばれてしまったことで高くついた。米国を挑発してみても得られるものは何もない

「ここ数週間に通信機メーカー『ファーウェイ』や、ウクライナ侵略でロシア民間軍事会社ワグネルと商取引をしていた中国企業が米国から経済制裁を受けている」

「米中間の経済戦争がさらにエスカレートしている。米国には中国へのハイテク技術流出の蛇口をさらに締める動きが出ている」

「米国としても、ウクライナ情勢、台湾問題で中国とトップ会談せねばならない状況にある。このままいつまでも地雷原を歩くわけにはいかない」

「米国にとってもブリンケン訪中を早期に実現することが絶対必要になっている」

 ケネディ、ブレマー両氏がブリンケン訪中を急がせる背景にバイデン政権中枢の意向が反映していることはまず間違いない。

 水面下で米中は動いている。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  米国に撃墜された中国のスパイ気球、米専門家の見立てとは

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バイデン大統領の一般教書演説(2月7日、写真:代表撮影/ロイター/アフロ)