日本と比較したインドの「国力」

 成長が続くインドへ向ける日本企業の視線が熱い。

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 国連の人口予測では2023年中に中国を追い抜いてインドが人口世界一になるとされているが、すでに2022年末時点で14億1700万人となったインドが、14億1200万人(中国政府発表=12月末時点)の中国を抜いたとの報道も出ている。

 人口減少局面に突入した中国と異なり、インドは人口の半分以上が25歳未満で、「人口ボーナス」を武器に今後もさらなる成長が予測されている。国内市場が縮小する日本企業がそんな巨大市場を見逃すはずがない。アフターコロナに向け、各社のインド戦略はますます強化、拡大されていく。

 まずはインドという大国の概要を把握しておきたい。

 国土面積は約329万km2で世界7番目、日本の8.7倍だ。前述したように人口は14億人超で世界トップ、こちらは日本の10倍以上。GDP(名目)は3兆1763億ドルで世界6位(IMFの2021年統計、日本は3位)、GDP成長率は8.7%(2021年度/世界銀行発表)と高水準だ。ただ、国民一人当たりのGDPでみると145位と途上国レベルの低水準にとどまっている。

 主要な貿易相手国は米国、UAE、中国で、日本は10位以下。軍事予算は約651億ドル、兵力は146万人で、核保有国でもある。

 特筆すべきはIT大国としての存在感だ。エンジニア数は200万人超で米国、中国に次いで世界3位(2020年時点)、工学系の学生が毎年150万人も卒業する。しかも英語を話せる国民が1億人以上いると言われ、マイクロソフトアマゾングーグルなど世界の有名IT関連企業が進出し、サービス開発などを展開中だ。

日本の進出企業数は「15年間で5.4倍」に急増

 そんな世界の最先端を行くIT分野を中心に急成長が続くインドへの日本企業の進出ラッシュが止まらない。

 直近こそコロナ禍でやや減ったものの、2021年10月時点のインド進出日系企業は1439社。インド国内における拠点数は4790にもなる。製造業、金融・保険、卸売、小売、不動産、情報通信など多種多様な企業が巨大市場に食い込んでいる。2006年の進出企業数は267社に過ぎなかったから、15年間で5.4倍に増えたことになる。

 筆者がインド第2の人口を誇る商業都市・ムンバイを取材で訪れた2007年当時の進出企業数は362社。空港でも市内の繁華街でも日本人の姿はほとんど見かけず、市内の道端には野良犬がたむろしていた。

 すでにマルチ・スズキ・インディア(スズキの現地子会社)が乗用車市場のシェアトップになっていたが、街中を走るタクシーは、黒と黄色のツートンカラーのインド製の古いアンバサダーという車種。クーラーがないので窓を開けて風を入れるしかない。にぎやかな交差点で止まると花を持った少女が駆け寄って来て「買ってくれ」とせがむ。

 その一方で、小洒落たカフェバーでは、ホールに設置された大型のモニターでクリケットの試合が放映され、小さな子どもを連れた富裕層ファミリーが冷えたビールを飲みながら観戦というシーンにも出くわした。15年ほど前のムンバイはかなり刺激的な街だった。

 そんなムンバイも今では高層ビルが建ち並び、現在も2つの高層タワーからなる複合施設などの建設が進行中。商都ムンバイと工業都市アーメダバードを結ぶ全長508kmの高速鉄道2027年中の開業を目指している。大都市圏を中心に経済成長とインフラ整備が急ピッチで進む。それがいまのインドの姿である。

「ジムニー5ドア」をインドで世界初公開したスズキ

 今年1月、自動車業界関係者の間に衝撃が走った。2022年の年間新車販売台数でインドが472万台となり、420万台の日本を初めて抜いて世界第3位に躍り出たのである(1位は中国、2位は米国)。

 そんなニュースの直後にインドで開かれた「オート・エキスポ2023」で、マルチ・スズキは5ドアの「ジムニー」を世界初公開した。ジムニーは日本でも抜群の人気を誇る小型四輪駆動車で、軽タイプのジムニーと1.5リッターエンジン搭載の小型車タイプの「ジムニーシエラ」があり、海外ではシエラがジムニーとして展開されている。ジムニーの5ドアを巡っては日本国内でも待望論が根強いが、そのお披露目をインドで行ったところがポイントだ。

 スズキインドに進出したのは1982年、現地生産第1号車の生産・販売は翌1983年だから、およそ40年の歴史がある。現在、インドでは17モデルを生産・販売中で、国内には約3500店の新車販売店を展開している。2006年に販売台数累計500万台、2012年に1000万台、2019年に2000万台、そして今年1月9日には2500万台を達成した。最近のインド国内におけるマルチ・スズキ乗用車販売シェアは43%でナンバー1である。

 スズキの2022年1年間の世界販売台数約297万台(2年連続増)。このうち日本国内が約60万台(4年連続減)となっているが、インドでは約161万台(2年連続増)と2.7倍も多い。市場規模も勢いもインドがはるかに上回っているのが実態。ジムニー5ドアの初公開をデリーで行うのも当然の結果だ。

 そんなスズキにとっての課題は、「2030年までにEV(電気自動車)比率を30%にする」というインド政府目標に、どこまで対応できるかだ。また、小型車、大衆車ではなく高級車を求める富裕層にターゲットを絞っている日本や欧米メーカーの戦略をどう受け止めるか。市場拡大が続くなかで、どんな戦略を練ってくるのかが注目される。

金融・IT特区に邦銀初の支店を開設した三菱UFJ銀行

 ビジネス拡大に向け、金融業界の鼻息も荒い。旧東京銀行1953年にムンバイに進出した三菱UFJ銀行は、インドビジネスでは3メガバンクのなかで最古の歴史があり、日系企業約370社、非日系企業255社と取り引き(与信)している(2022年3月末時点)。

 昨年8月には邦銀として初めて、金融・IT特区のクジャラート国際金融テックシティー(ギフトシティー)に「ギフト支店」を開設した。インド国内では外貨建貸出が原則禁止されているが、ギフトシティーでは可能なことから、顧客企業の多様な資金ニーズに対応が可能となった。これまでに日系・非日系あわせて数十社の顧客との貸出・貿易金融取引を実施してきた。

 ギフト支店開設で、インド国内における拠点は6つ(5支店、1出張所)となった。また、2022年3月にはインド国内のスタートアップ企業を対象とした総額3億ドルの投資枠の設定を発表し、新たな産業育成にも取り組んでいる。

南インドにITエンジニア獲得の拠点を構えたメルカリ

 インド第3の都市でIT産業の中心地である南インド・ベンガルール市に進出したのはメルカリだ。

 昨年6月、開発拠点となる現地法人を同地に設立し、オフィスを開設した。ソフトウエアエンジニアをはじめとした技術系人材を獲得し、日本国内向け事業や米国事業のシステム開発に携わっていくという。

 最近は企業のDX導入などでITエンジニアの獲得競争が激化している。そうしたなか、日本国内で待ち構えているのではなく、世界的IT企業の拠点集積地であるインドに進出することで、高度技術系人材を確保しようというわけだ。

有望投資先ランキングで1、2位を争う成長ぶり

 現地進出企業の事例をみてきたが、当事者はインドの現状、可能性をどう捉えているのだろうか。三菱UFJ銀行はこう分析している。

「アジアを第二のマザーマーケットとする弊行において、インドは特に大きな成長を期待する市場の一つです。モディ政権発足以降、インドのビジネス環境は着実に整備されつつあると実感しています。国際協力銀行の有望投資先ランキングでは2017年以来、中国と1、2位を争い、直近の2021年は2位という状況です。

 社会インフラ不足、環境問題への取り組みといった課題を抱えるインドに対して、弊行の主要非日系顧客である(インドの)財閥系企業が日本の技術協力を得ながら鉄道、道路、水、発電のインフラ拡充を図り、再生可能エネルギーなどの新分野への積極的な新規投資を行っています。

 モディ政権が2014年に開始したデジタル・インディア施策で、インターネットが急速に普及し、スマホユーザーも急増しています。またデジタル化を後押しする政策を背景にテクノロジーを用いて社会インフラの課題解決に取り組む新興企業が勃興している状況です。成長が期待できるスタートアップ企業に対して、2022年3月に設定したMUFG Ganesha Fundが投資を行い、インドの成長を取り込んでいくのが弊行の狙いです」(三菱UFJ銀行ムンバイ支店担当者)

インドでの事業展開には様々な課題も

 ビジネス環境整備が進み今後も成長が見込まれるインド市場だが、現時点では事業展開を行ううえでさまざまな課題もある。以下、関係者の話をまとめてみた。

【多言語・多民族国家の多様性】
地域による嗜好等のばらつきがあり、地域特性の見極めが欠かせない。
【競合の激しさ】
欧米系企業の進出も盛んなうえ、地場企業もコスト競争力では優位にあるため、多くの競合企業が存在する。
【価格にシビア】
インド国内での販売においては「安さ」が前提。安くなければ売れない。
【現地仕様】
現地で必要とされる機能や品質を備えることも必須で、そのためには現地調達、現地生産といった対応が必要。
【労働問題】
インドの法律、慣習は弱者救済の内容が色濃いため、雇用や人事管理にはきめ細かな対応が必要。労働組合の力も強く、条件交渉で苦労する進出企業も多い。賃金上昇率も相対的に高くなってきている。

 インド2030年にはGDPが世界3位に、2050年には人口が16億人を超えると予測されている。まだまだ日は昇り続けていく。インド巨大市場をにらんだ日本企業の進出はますます増加していくだろうが、おいしい果実を求めるのは日本企業だけではない。欧米企業やインド国内の地場企業、新興企業との間で熾烈な競争が繰り広げられることになりそうだ。

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