金融庁が、エヌエヌ生命に対し、業務改善命令を出す方向で検討に入ったことがわかりました。対象となったのは過去の法人向け保険の「不適切販売」です。2019年2月に生命保険業界を震撼させた、いわゆる「バレンタインショック」から4年。そこから透けて見えるのは、保険業界の人材不足、そして、一部の税理士等の専門家の税法理論に対する知識不足・無理解等、生命保険業界の構造的・体質的な問題です。本記事で解説します。

問題となった「不適切販売」とは?

問題となった「不適切販売」は、経営者向けの生命保険「逓増定期保険」の「名義変更プラン」とよばれるものです。

「逓増定期保険」は、保険料の一部が会社の経費(損金)に算入され、かつ、適時に解約すると、保険料総額の90%前後の「解約返戻金」を受け取れるというものです。

「逓増定期保険」自体は有効な保険商品ですが、問題視されたのは、一部の保険会社・営業マンがかつて推奨していた「活用法」です。

簡単にスキームをお伝えします。

「逓増定期保険」のなかでも、「低解約返戻金型」というものが活用されていました。この「低解約返戻金型」は、解約返戻金の返戻率が90%前後になる「ピーク」の前年まで、解約返戻金の返戻率が低く抑えられているものです。

返戻率が低い期間を「低解約返戻金期間」といい、この時期は返戻率がせいぜい10%前後にしかなりません。

問題視された「名義変更プラン」は、この低解約返戻金期間の最終年、つまり返戻率が90%程度へと立ち上がる直前に、経営者個人に名義変更するというものです。

これによって、「法人」と「個人」のそれぞれにメリットがあるといわれていました。

◆法人のメリット

まず、法人のメリットは、「名義変更」の時点で会社に大きな「損金」(損失)を計上でき、法人税の負担が軽減されることです。

どういうことかというと、会社が被保険者個人(経営者)に対して生命保険を名義変更する際は、その時点での評価額で売り渡すことになります。その評価額が、解約返戻金額なのです。

他方、それまでに会社が支払ってきた保険料は、一部が損金に算入され、残りが資産計上されてきています。しかし、「低解約返戻金型」の保険の場合、個人に名義変更すると、それまでの資産計上総額よりも著しく低い額で譲り渡すことになり、差額分が「損失」として計上されるのです。

そして、その差額分にかかるはずの法人税がかからなくなり、「節税」の効果が発生するということです。

◆個人のメリット

次に、個人(被保険者・経営者)側のメリットは、会社の資産を自分自身へと移転させることができ、かつ、所得税の実質的負担も抑えられるというものでした。

どういうことか、2021年6月25日以前の通達を前提に解説します。

低解約返戻金期間の最終年に会社から経営者個人へと名義変更を行います。その際、個人は、名義変更の対価として、解約返戻金相当額を支払うのです。

個人は1年分の保険料のみを支払い、翌年、解約返戻金の返戻率が90%前後にまで立ち上がった時点で解約し、解約返戻金を受け取ります。

この場合、個人が受け取った解約返戻金は「一時所得」と扱われます。一時所得の計算においては、課税対象となる額は低く抑えられます。

すなわち、課税対象となるのは、解約返戻金の額から、それまでに個人が会社支払った名義変更の対価と、名義へ交互に支払った1年分の保険料を差し引き、さらに50万円を差し引き、その「2分の1」の額のみです。

このように、会社の資産を個人に実質的に移転でき、しかも所得税が抑えられるということで、一時期、非常に人気を博しました。

◆「名義変更プラン」の終焉とその後の顛末

しかし、この「名義変更プラン」について、少なくとも、個人のメリットについて、前述した2021年6月の通達改正によって、現在は認められなくなりました。

2021年6月の通達改正は、名義変更時の解約返戻金の返戻率が70%未満の場合、保険契約の評価額を「解約返戻金相当額」ではなく「資産計上額」とすることにしたのです。

これによって、個人が保険契約を法人から著しく低い対価で譲渡(名義変更)してもらうことができなくなったのです。

しかも、その通達は2019年7月8日以降の契約にまで適用されることになりました。それによって、多数の法人契約者が影響を受け、「名義変更プラン」を積極的に販売していた一部の生命保険会社、代理店、営業マンは、顧客へのお詫びなど、対応に追われることになりました。

また、2022年7月には、金融庁が、「名義変更プラン」の販売に積極的だったマニュライフ生命に対し、業務改善命令を出しています。

税法の基本を知れば回避できたこと

上記の顛末をみるにつけ、生命保険業界の深刻な人材不足(顧問税理士等の専門家も含めた)が露呈したといわざるをえません。

というのも、「名義変更プラン」は、税法理論の見地からきわめて「クロ」に近いグレーであることは明らかだったからです。

すなわち、一部の生命保険会社や営業マンが「名義変更プラン」を正当化していた理屈は、「通達における保険契約の評価方法に則ったもの」「通達で禁じられていない」というものでした。

しかし、「通達」はそもそもが、行政機関内部の法解釈の統一性をはかるための基準にすぎません。決して体系的・網羅的ではなく、イレギュラーな事態も想定していません。

しかも、法規範性、つまり一般社会に対する通用力・拘束力はまったくありません。

そもそも、「所得税法」「法人税法」には、「同族会社の行為計算否認規定」という条文が設けられています(所得税法157条、法人税132条1項)。

これは、法人と経営者等との間の取引において、所得税、または法人税の負担を不当に減少させる異常な取引形式が選択された場合に、それを否認するというものです。

すなわち、通常の第三者との取引ではありえない「経済合理性」の乏しい取引が行われた場合に、通常の第三者との取引に引き直して評価して税負担を計算し直すことを認めるものです。

この規定がある以上、「名義変更プラン」は通達に関係なく「経済合理性が乏しい」ということで否認されるリスクを常に抱えていたといえます。

そもそも、「名義変更プラン」は、あえて会社に損失を与え、その半面、個人が利益を得るというものであり、「同族会社の行為計算否認規定」の典型的な適用場面ともいえます。税務当局が本気で突っ込んできたら、どうやって「合理的な説明」を付けるつもりだったのでしょうか。

実際に、一部の生命保険会社、保険代理店は、2016年頃から、この名義変更プランについて否認のリスクがあることを理由に取り扱わなかったり、顧客に対する注意喚起を行ったりしてきていました。一部の保険のウェブメディアにおいても、「名義変更プラン」のリスクについて税法理論の見地から解説を加え注意喚起をしていたところがあります。

そうであるにもかかわらず、2019年の「バレンタインショック」のあとになっても、この期に及んで一部の生命保険会社や代理店、営業マンが積極的に販売してきたということは、大きな失態であったといわざるを得ません。

なぜか外資系の「マニュライフ生命」「エヌエヌ生命」のみが狙い撃ちにされている感がありますが、日系の大手生命保険会社も同様の批判を免れません。

「同族会社の行為計算否認規定」の背後には、租税公平主義という税法の基本原理があります。このことは、どの税法の教科書にも書かれていることです。

今回の件について、生命保険会社や保険代理店に、顧問税理士や弁護士等の専門家も含め、上記の問題点があるという疑問を抱いた人が皆無であったとすれば、あまりにお粗末であり、人材不足が深刻を極めているといわざるをえません。

あるいは、疑念を抱く人がいたにもかかわらずそれが吸い上げられなかった、あるいは顧みられなかったというのであれば、生命保険業界が構造的な「モラルリスク」を抱えていると断ぜざるを得ません。

いずれにせよ、「名義変更プラン」をめぐる一連の顛末は、生命保険業界の体質に対し、大いなる猛省を促すものといえます。

(※画像はイメージです/PIXTA)