ロシア派勢力が支配するウクライナ東部のドネツクで2014年7月、マレーシア航空17便が撃墜された。乗客乗員298人が死亡したこの事件について2月8日オランダマレーシアなど5カ国の合同捜査チームが報告書を公表し、撃墜に使われたミサイルの提供についてロシアプーチン大統領による関与が強くうかがわれることを明らかにした。プーチン大統領らを訴追できる決定的な証拠は見つかっていないとするが、1983年9月にニューヨークからソウルに向かっていた大韓航空007便をサハリン沖で撃墜したのも旧ソ連ロシア)であり、この冷酷さは今日のウクライナ侵略にも通じるものがある。

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(杉江 弘:航空評論家、元日本航空機長)

なぜ戦闘地域上空を飛んでいたのか

 マレーシア航空17便事件について合同捜査チームは、2019年6月に容疑者として元ロシア人の大佐ら4人を特定し、殺人罪で起訴。オランダの裁判所は2022年11月、3人に終身刑を言い渡していた(1人は証拠不十分で無罪)。同時に裁判所は、ロシアが一方的に独立を宣言したウクライナ東部の親ロシア派勢力が地対空ミサイルを発射したと認定した。

 今回の報告書では親ロシア派勢力である「ドネツク人民共和国」とロシア情報機関との通話から、「プーチン氏が(供与を)認可したという具体的証拠がある」とまで言い切っている。

 同航空機が撃墜された時期、ウクライナ軍は東部ドネツク州の親ロシア派と戦っており、親ロシア派はマレーシア航空の「ボーイング777」を軍用機と誤ってミサイルで発射したものとされる。

 誤射が発生した原因は2つある。

 まず第1に、民間航空機が戦闘地域上空を飛んでいたことである。

 当時マレーシア航空に限らず、欧州からアジアに向かう多くの航空便は、ウクライナ上空を経由していた。そのルートが最短で飛行時間と燃料を少なくできるからである。

 当時のウクライナ政府も高度1万m以上なら戦争に巻き込まれる可能性が低いので、領空通過を許可していた。背景には多額の領空通過料を航空会社から徴収できるという理由もあった。

航空会社任せだった運航の可否

 しかし、実際に使用されたロシア製の「ブーク」と呼ばれるミサイルは、高度2万mまで届くものであった。そのことは同様にブークを配備していたウクライナ政府も承知していたはずである。

 戦闘の激化に伴い、事件の1カ月前には米国の航空会社がルートの変更を決定し、2週間前には高度7000mでドネツクに向かっていたウクライナ軍の輸送機が撃墜されるほど状況は悪化していた。

 にもかかわらず、国連の組織である国際航空機関(ICAO)は動かなかった。紛争地域における民間航空機の運航について、世界の運輸当局や航空会社に危険情報こそ発表するものの、飛行禁止にまで踏み込まず、運航の可否については各航空会社が独自の判断で行っているのが現状である。

 今となっては信じられないことであるが、ベトナム戦争で北爆(米軍による北ベトナム本土への空爆)が始まった頃も、民間航空機は普通にベトナムの上空を飛んでいたのである。

 JALでパイロットをしていた筆者も、香港からバンコクに向かってベトナムダナン上空から西に高度8500mで飛行していたとき、いきなり雲の合間から米軍のファントム戦闘機が現れ、目の前を横切った。あと1、2秒ずれていれば、空中衝突になっていたという経験をしている。

 当時「民間機が飛ぶ高高度を軍用機は飛ばない」と我々も聞かされていたが、それは真っ赤な嘘であったわけである。

 マレーシア航空が撃墜された理由の第2は、レーダーである。親ロシア派が使っていたレーダーは軍用機と民間機の区別もつかない性能のものであったとされる。

 ハイテク旅客機ボーイング777のレーダーには、通信衛星を介して航空機から管制官に便名や高度、速度をリアルタイムに発信するトランスポンダー(Sモード)が装備されている。これはADS-Bという信号を発するもので、「フライトレーダー24」というオンラインサービスもそれを利用して、世界中の誰もがリアルタイムで航空機の運航状況を見られる。

 ところが、親ロシア派が使っていたレーダーは、機の位置しか判別できない旧式のものであったという。そのために便名も高度もわからず、マレーシア航空17便を軍用機とみなして攻撃を加えたのが真相だとみられている。

民間航空機への攻撃が後を絶たない現実

 国際社会は1983年サハリン沖で撃墜された大韓航空007便事件を受け、翌1984年シカゴ条約を改定した。「(領空侵犯など)いかなる理由があっても民間航空機を撃墜してはならぬ」という趣旨を盛り込んだのである。

 しかし、これはあくまで民間航空機と判別できて効果があるものだ。マレーシア航空の件のように、親ロシア派が民間航空機か軍用機かすら判別できず、なりふり構わずミサイルを撃ち込んでしまえば意味がない。

 軍による民間航空機への攻撃は最近でも起きている。

 2020年1月8日にはイラン革命防衛隊がウクライナ国際航空752便をミサイル攻撃し176名全員が死亡した。

 イランは当初、当該機はエンジントラブルで空港に引き返すところであったと嘘の説明を繰り返していたが、それを覆す相次ぐ証拠が明らかになり、これ以上国際社会を騙し続けるのは困難と判断、事件から3日後になって軍の誤射によるものと認めたのである。

アンドロポフは司令官のミスと言い募った

 米国の航空安全財団のデータによると、1988年米海軍イラン旅客機撃墜(誤射であった)以来。民間機への航空攻撃による死者数は750人を超えている。

 国際社会としてこのような悲劇をなくすためには、国連の組織であるICAOが、各国政府と航空会社に対し紛争地域への飛行禁止を強く求められるようにすることである。

 1983年に起きた大韓航空007便事件では、当時のアンドロポフ・ソ連共産党書記長は、極東の司令官のミスとして知らぬ顔をした。マレーシア航空17便事件でも、プーチン大統領ウクライナ軍のミサイルによる撃墜と開き直っているありさまである。

 今回の合同捜査チームの発表を受けて、ウクライナのコスチン検事総長は、ロシアプーチン大統領を裁判にかけるために「全ての国際的な法制度を利用する」と表明。オランダのルッテ首相は引き続き「ロシア連邦の責任を追及する」と述べた。

プーチンを世界で指名手配せよ

 一方で、合同捜査チームはプーチン大統領ロシア政府高官の関与を示す決定的な証拠は得られず、捜査を終了するという。

 しかし、民間機と軍用機の識別さえできぬ旧式のレーダーしか持たない親ロシア派の状況を知りながらミサイルを供与したのであれば、その責任は十分で問われてしかるべきではないのか。

 ウクライナ侵攻は明らかに国際法や国連憲章に違反する行為である。コソボ紛争で、アルバニア人に対するジェノサイドという人道上の罪を犯したとして逮捕収監された旧ユーゴスラビアのミロシェビッチ大統領のように扱うのは難しいとしても、せめてプーチン大統領を犯罪人と認定し、世界に指名手配するくらいの扱いはできないものだろうか。

 そうなれば、さすがにロシア国民のプーチンへの見方も少しは変わってくるのではないか。

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マレーシア航空17便撃墜に使われたミサイル供与について、プーチン大統領に関与と責任はどこまであるのか(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)