56歳で亡くなったスティーブ・ジョブズは若いころから「この地上で過ごせる時間は限りがある」と話します。イーロン・マスクにも共通した考え方が存在します。経済・経営ジャーナリストの桑原晃弥氏が著書『イーロン・マスク流 「鋼のメンタル」と「すぐやる力」が身につく仕事術』(プレジデント社)で解説します。

スティーブ・ジョブズの働き方と不思議な共通点

■とにかく働け。がむしゃらに働け!

「アイデアがあればすぐに実行する」というイーロン・マスクの仕事術のベースには、

①機が熟すのを待つのではなく、すぐに動き出すこと ②困難に思えることにも楽観的な姿勢で臨むこと ③成功には失敗がつきものだという、失敗を引き受ける覚悟を持つこと

の3つが必要になる。

しかし、それだけではマスクのような成果を上げるのは難しい。マスクは確かに「アイデアがあればすぐに実行する」人だが、「成功するために無茶苦茶働く」という信念の持ち主でもあるからだ。

アップルの創業者スティーブ・ジョブズが、マッキントッシュの開発に取り組んでいた頃、チームのメンバーが「週に80時間、90時間働いていた」のはよく知られているが、グーグルの創業者ラリー・ペイジもこんなことを言っている。

「僕たちは本当に一生懸命やってきた。インスピレーションを得るには、たくさんのパースピレーション(汗)が必要である。休日も働き通しだったし、一日中、何時間も働いた。最終的には実を結んだけれど、全く大変だった。やはりすごく努力しなければならなかったからね」

マスクも最初に起業したZip2でよく働いたが、Zip2の次に起業したXドットコムではさらにそれが加速することとなった。「世界初のオンライン銀行をつくる」というあまりに野心的な目標を実現するために、マスクは「48時間ぶっ通しでオフィスに張り付いていた」のだ。当時の社員の1人がこう振り返っている。

「本当に泥臭い人ですよ。私たちが1日に20時間死ぬほど働いたと思ったら、彼は23時間働いているんですから」

しかし、マスクのこうした働き方は今に始まったことではない。学生時代のある友人に、こんなことを言っていた。

「食事を取らなくてもすむ方法があれば、もっと仕事ができる。いちいち食卓につかなくても栄養を摂取できる方法があればいいんだけど」

まるでSF映画に出てきそうな話だが、若い頃からマスクは大好きなことには時間を忘れて没頭し、人の何倍ものスピードで何かを成し遂げるのが大好きだった。

ただ、マスクをよく知る人によると、マスクは早くから「人生は短い」と、悟ったようなことを言っていたという。一方で「世界を救いたい」という強い思いも抱いていた。だから結論は「人生は短い。そう考えたら、懸命に働くしかない」だったのだろう。

2018年夏、マスクはテスラの株式非公開化についてツイッターで宣言したかと思うと、後に撤回するなど、経営者としての資質を疑問視する声が上がっていた。本人も眠れない不安を告白していた。評伝『イーロン・マスク』の著者アシュリー・バンスによると、マスクはストレスで体重の増減が激しく、日々神経をすり減らしていることがわかったという。

なぜそうまでしてマスクは遮二無二働くのだろうか。

「人生は短い。そう考えたら、懸命に働くしかない」というのが、彼の考えのベースにあるからだ。

56歳で亡くなったスティーブ・ジョブズも20代の頃から「この地上で過ごせる時間は限りがあります。僕には若いうちに大事なことをたくさんしておかねばという意識があります」と話していた。マスクも自らが掲げるあまりに壮大なビジョンを実現するために、限りある時間を精一杯使おうと懸命に働き続けているのではなかろうか。

いずれにしても「アイデアがあればすぐに実行する」場合、ある程度の失敗は覚悟したとしても、最終的には「きちんと結果を出す」ことが求められる。もし結果を出すことができなければ、周りの人たちは信用しなくなるし、最終的には「いいアイデアがあるからすぐにやりたい」と言ったとしても、周りがサポートしてくれなくなる。

もちろん難しい挑戦である以上、100%の成功が約束されているわけではないことも確かだ。しかし、少なくとも「アイデアがあればすぐに実行する」人には、「成功に向けて無茶苦茶努力する」姿勢が求められるのも確かだろう。

裏を返せばそこまでやっての失敗だったら、周りも許せるのだ。

マスクはこれまでも素晴らしい成果を上げてきたが、今後の成果を期待する声の方がさらに大きい。それは、マスクが単に壮大なビジョンを掲げるだけでなく、その実現に向かってたくさんの汗をかける人間であることを多くの人が知っているからだ。

困難が多い事業こそ、やりがいが大きくて面白い

■困難な道と楽な道。2つの道があったら、あえて困難な道を選べ!

パナソニックの創業者で、「経営の神様」とよばれた松下幸之助の有名な言葉に「成功するためには、成功するまで続けることである」がある。

松下によると、失敗する人は、たとえ「あと少しで成功する」というところまできていたとしても、それに気づかず「もうダメだろう」と諦めてしまう。

一方、成功する人は、周りが「ダメだろう」と言っているにもかかわらず、「まだまだ、あと少し」とがんばり抜いて成功にまで導く、という。

つまり、失敗する人は早々に諦めるのに対し、成功する人は成功するまで諦めることなくがんばり続けるため、最終的に成功を手にすることができるのだ。

もちろん、そのためには少々の失敗ではへこたれない「メンタルの強さ」が欠かせない。

そしてマスクは、さらにその上をいく「鋼のメンタル」を持っており、それが彼に成功をもたらし続けている。

既に触れたように、マスクは子どもの頃からパソコンやプログラミングが得意で、自作のゲームをつくり、500ドル(約7万円)を手にしたことがある。

大学生の頃には注文を受けてゲーム機や簡単なワープロをつくって、店より安く売るビジネスを行ない、動かなくなったパソコンを修理するサービスも提供していた。インターン先のシリコンバレーに本社を置く企業では、パソコン用のソフトも開発している。

マスクに最初の大きな成功をもたらしたのは、インターネットでのサービスを提供するZip2である。

今でこそ成功譚として語り継がれているが、創業当初は、人脈なし、資金なし、ものなしの状態だったため、特に資金繰りの面で塗炭の苦しみを味わった。

また、29歳でXドットコムを立ち上げた時も苦い経験をした。銀行という規制だらけの業界を相手に戦いを続けつつ、コンフィニティ社と合併してペイパルのCEOに収まったと思ったら、休暇中に内紛が起こってCEOの座を追われる。

この時のトラウマは相当なものだったようで、以来休暇を取るのが怖くなったマスクは、がむしゃらに働くようになる。

とにかく常人では経験し得ないような困難な状況を、「鋼のメンタル」で乗り切るのがマスクの特徴だ。

さて、ペイパルの売却によって大金を手にしたマスクは、学生時代から思い描いていた「世界を救う」「人類を救う」というミッションを思い返し、こう悟った。

「インターネットのサービスなんてやってる場合ではない」

インターネットの世界には、マスク以外にも「世界を変える」ことのできる人たちがいた。そこで、マスクは「自分にしかできない」世界を目指すようになっていく。

マスクが電気自動車や宇宙ロケットの開発に取り組んでいるのは、世界を変えるためであり、人類を救うためだ。

しかし、どちらもあまりに困難な事業だ。

テスラを創業した当初、マスクは「次世代のGМ(ゼネラルモーターズ)になる」と話していた。

しかし盟友J・B・ストローベルは、やがてこう嘆くようになる。

「自分たちが挑戦していることの難度を相当、過小評価していました。サプライチェーンの複雑さ、製造工程の複雑さ、電池設計の複雑さといったことです。まるで迷路の中にいる気分でした」

こうした開発の困難さに加え、テスラは何度も資金難にあえいでいる。

取引先や社員への支払いができなくなったため、マスクが個人で会社を支えた時期もあれば、2018年には「モデル3」の量産化の難しさから、マスク本人が「自動車ビジネスは地獄だ」とさえ呟いたほどだ。

スペースXも最初の打ち上げまでに実に3回も失敗しており、この時も資金難にあえいでいる。

そんな苦難を経て、ようやく最初の打ち上げに成功した時、マスクは思わずこんな感想をもらした。

「この地球上で達成できたのはわずか数ヶ国しかありません。普通は国家レベルの事業なんです。民間会社のやるようなことじゃない」

マスク自身が認めているように、電気自動車開発もロケット開発も「国家レベルの事業」であり、テスラスペースXのようなベンチャー企業がやるようなことではない。まして個人の資金で、これほどの事業に挑むなど常識ではあり得ない。

それがわかっていながら、マスクはなぜ、宇宙ロケットの開発や電気自動車の開発に突き進むのだろうか。

「困難が多い事業こそ、やりがいが大きくて面白い」

ビジネスにおいて、難しいやり方と簡単なやり方の二択を迫られた時、あえて前者を選ぶ人がいる。そして成功者は、ほぼ前者の人たちである。

マスクにとっては、滅茶苦茶困難だけれども世界を救うことにつながる事業こそが、やる気をかき立てられるのだろう。

桑原 晃弥 経済・経営ジャーナリスト