前回の記事「NHK離れを加速させる受信料制度の迷走、『割増金』は事実上の罰金か?」で、NHKの受信料制度は難題山積になっていることを指摘した。放送と配信の垣根がなくなり、インターネット事業を拡充したいNHK――。しかし、ここでも受信料問題が立ちはだかる。ネットでのコンテンツ配信が急速に拡大し、放送の優位性が揺らぐ中で、持続可能な存在としてNHKが進むべき道は受信料制度からの脱却ではないか。

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(岡部 隆明:就職コンサルタント、元テレビ朝日人事部長)

置き去りにされたテレビや新聞

 先日、トヨタ自動車が14年ぶりの社長交代を発表しました。日本最大の企業のトップ交代ということだけではなく、情報発信の斬新さでも注目を集めました。従来の記者会見ではなく、自社で運営するオンラインメディア「トヨタイムズ」で配信する方法を取ったからです。

 この配信方式は先進的で、テレビや新聞を置き去りにしているようでもありました。私は、配信が放送にとって代わることが当たり前の時代になりつつあるという焦燥を抱きました。それは、サッカーワールドカップの全試合をABEMAが配信し、世間で話題になっていた時にも襲われた感覚です。

 テレビの魅力に惹かれ、そのパワーに頼もしさと怖さを感じながら放送業界で勤めてきたので、古き良き時代に固執する残滓が自分の中にあるのだと思います。

 現実は、これまで「お題目」のように唱えられてきた「放送と通信の融合」という言葉が陳腐化したと思えるほど、動画コンテンツをインターネット配信で楽しむことが日常化しています。もはや放送と配信の境界線はなくなりつつあります。

 いや、宇宙飛行士の毛利衛さんが「宇宙から見た地球には国境線は見えなかった」と語ったように、もともと境界線はなかったのかもしれません。視聴者の立場からすれば、見たいものを見たい時に見るだけのことで、それが放送なのか配信なのか、どちらでもよいのです。

 それは各種調査からも明らかです。

 人々のメディアの接触時間は2022年、「携帯電話/スマートフォン」(146.9分)が「テレビ」(143.6分)を抜いて初めて首位になりました。これは博報堂DYメディアパートナーズが15歳から69歳を対象に、「テレビ」「携帯電話/スマートフォン」「パソコン」などのメディアの1日当たりの平均接触時間を調査したものです。

 スマートフォンで動画を見る若い世代が増えることを意識すれば、放送局も「配信事業」に力点を置かざるをえません。民放は「TVer」、NHKは「NHKプラス」という名称の番組配信サービスを展開しています。

NHKのネット進出を警戒する民放連と新聞協会

 そして、詳細は明らかになっていませんが、NHKはインターネット事業のさらなる拡大を検討しています。

 そうしたNHKの動きに対して、日本民間放送連盟民放連)と日本新聞協会(新聞協会)は警戒を強めています。両者は軌を一にして、まるで「モグラたたき」のようにNHKの頭を抑え込もうとしています。

 民放連の遠藤龍之介会長は2022年9月の会見で、「NHKのインターネット事業が民業圧迫になるか?」と問われ、「収入の源泉が異なるのだから、抑制的であるべき」と答えています。そのうえで、「大きく踏み越えれば圧迫となるだろうが、現時点で具体的なイメージはない」として、慎重な言い回しながらもNHKを牽制しています。

 同じように、新聞協会も今年2月10日、過去最大の予算額となったNHKのインターネット事業について「巨額の受信料を背景にネット業務を拡大すれば、新聞をはじめ民間メディアとの公正競争が阻害され、言論の多様性やメディアの多元性が損なわれかねない」との見解を発表しました。

 民放はもちろん、新聞としても、NHKのネット世界への進出拡大は脅威に違いありません。「紙」から「ネット」へと、新聞媒体のありようを進化させたいことに加え、民放キー局や地方局といった資本関係のあるグループ企業が影響を受けかねないからです。

 NHKの肩を持つつもりはありませんが、メディア環境の変化を踏まえれば、NHKがインターネット事業を拡充するのは自然な流れなのでしょう。また、国民の目線としてもサービスが増えることは利点だと思います。

放送前提の受信料をネット事業に使っていいのか

 しかし、ここで受信料制度の問題が改めて浮き彫りになります。

 民放連と新聞協会は「放送を前提として徴収している受信料をインターネット事業に使うのは問題だ」という主張です。縄張り争いの様相で、そこには国民の利益という観点は感じられませんが、民放連と新聞協会の言い分は合点がいきます。

 NHKの番組を見る、見ないに関係なく徴収する受信料制度に対して、国民の反感は根強くあります。サブスクサービスとの比較で、違和感や嫌悪感を抱くのは昨今の傾向です。そのうえ、拡大を企図するインターネット事業においても受信料の取り扱いが問題視されています。

 このように、NHKの直面する課題の根源は、たいてい受信料制度にあると言えます。

 受信料収入は減少傾向にあるとはいえ、2023年度の見込みは6240億円と莫大な金額です。全国で約2割の世帯が支払わなくても、高齢化社会による契約件数の減少があっても、安定した収入が見込める「大変よくできた仕組み」なのだと思います。

 しかも公益法人であるNHKは法人税を納めなくてよい恵まれた存在であり、受信料によって成り立つ仕組みは、特異だろうが、反発があろうが、NHKとしては永久不変でありたいはずです。

 だから、NHKが受信料問題について語る時は常に穏便で、「みなさまのNHK」の姿勢を前面に出します。

スクランブル化は合理的だが・・・

 しかし、「公共放送の維持のために受信料を支払ってください」という理屈は、どこまで通用するのでしょうか。NHKや有識者が「公共放送」の意義や理想を標榜したとしても、国民の納得感は十分に得られず、国民とNHKとの「不幸な関係」が深まっていくのではないでしょうか。

 以前からSNSを中心にして、お金を支払った人だけが見られる「スクランブル放送にするべきだ」という意見が噴出していました。ここにきて、受信料不払い者に対する割増金制度の導入が火に油を注いだ感じで、受信料制度への反発とスクランブル化がセットになって、いっそう厳しい意見が増えています。

 私もスクランブル放送が最も合理的だと思います。ただ、視聴料を支払う人が少ない場合、NHKの経営が成り立たなくなる可能性があり、持続可能な仕組みという点で半信半疑です。

 もう一つの考え方は「民営化」です。民放のように、NHKの番組にCMが流れるのは「想像できない」という人が多いかもしれません。しかし、突拍子もない話ではないのです。2005年、小泉政権の時にNHKの不祥事が相次ぎ、政府与党内で「民営化」が議論されたことがあります。

 スポンサーがCMとして広告出稿する仕組みも「大変よくできた仕組み」です。スポンサーは宣伝費用がかかりますが自社の商品やサービスを広くPRできます。放送局はCM料の収入があります。そして、視聴者(国民)は豊かな生活情報を得られます。

 商品やサービスに宣伝費用(CM料)が転嫁されるので、視聴者が宣伝費用を負担することになります。それでも、負担している感覚を持たないので「よくできた仕組み」なのです。

 一方、受信料制度はNHKとしては素晴らしい仕組みですが、人によっては理不尽とも言える「負担感」が国民に重くのしかかります。

NHKも民放も「棲み分け」では一枚岩

 仮にNHKの民営化が議論になったとすれば、競合する民放が猛反対するのは必至です。民放は時々、受信料制度を批判しますが、同じ土俵で戦おうとは決して言いません。

 NHKも民放も、これまでの棲み分けによる素晴らしいビジネススキームを死守したいところです。両者は「二元体制」の維持という点で一枚岩になります。

 しかし、テレビ離れが加速する一方、放送を取り巻く状況は、もはや「二元」どころか「多元」になっています。映像コンテンツの世界は外資系配信会社に加えて、映画、アニメ、ゲームなどの業界も含めて乱立状態です。

 冒頭で述べた「トヨタイムズ」のように、放送局に頼らず映像コンテンツを提供する動きはさらに広がるかもしれません。たとえば、国会中継はNHKが放送するのではなく、国会自らがネット配信することも可能でしょう。すべての委員会審議を配信すればよいのです。カメラワークのノウハウなどは必要ですが、大相撲や高校野球なども技術的にはネット配信が可能です。

 5Gから6Gへと通信が進化し、デバイスがさらに発達すれば「放送」という概念さえなくなるかもしれません。人々の行動変容や社会趨勢が既得権益の壁を崩します。

 そして、映像コンテンツ業界は利害関係が錯綜する中で、再編もありうる合従連衡の「戦国時代」に突入するのではないでしょうか。2月17日には、動画配信大手のU-NEXTが同業で「Paraviパラビ)」を運営するプレミアム・プラットフォーム・ジャパン(PPJ)を吸収合併すると発表しました。

戦国時代」において、NHKが業界の中核に位置するのは間違いありません。ただ、業界の発展に貢献するには、国民からの信頼や親近感を獲得し続けることが大事です。その帰趨を決めるのは、悪評がつきまとう受信料制度を見直すことではないかと思います。

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