令和の現在、夫婦の3組に1組は離婚する。残る3分の2の多くも、大なり小なり問題や悩みを抱えている。ネットニュースやSNSでリアルな夫婦像に触れる機会が増え、我が身を振り返る人も少なくないだろう。2022年9月に新著『妻が怖くて仕方ない』(ポプラ社)を上梓したジャーナリストの富岡悠希氏が「日本の夫婦の今」を明らかにする本連載。今回から3回にわたり、既婚者たちのネットでの出会いを潜入ルポする。

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(富岡 悠希:ジャーナリスト)

「女として需要があるのか確かめたくて……」

 2022年11月、都内のタイ料理店で向かいに座ったマナミさん(仮名)は、こうつぶやいた。経済用語でも用いられる「需要」を選んだあたりに、52歳だという彼女の切迫感を感じる。どう返事をすればいいのか迷った僕は、タイで定番のシンハービールを一口すすった。

 ディープなセリフを聞いたが、マナミさんと僕は長い付き合いがあるわけではない。それどころか、この日が全くの初対面だ。

 既婚者も登録できる出会い系サイトでマッチングし、お互い訪問歴があるタイの話を3回ほどネット上でやり取りした。そのうえで、僕から「タイ料理でも、是非、ご一緒しましょう」と声をかけると、「オススメありますよ」と返事がきた。

 そして日取りをあわせ、平日夜にテーブルを囲んだ。30分ほどタイ旅行の話やお互いの家庭状況について、談笑する。

 その後、僕から「結婚しているのに何で出会い系サイトで活動しているのですか」と聞いてみた。

 冒頭の言葉は、この質問に対するマナミさんからの回答だ。

 時間軸を巻き戻し、僕がなぜ彼女と会っていたのか、既婚者のネットでの出会いを潜入取材しようとしたかを説明したい。

 21年11、12月の2回、僕は「既婚者合コン」に参加している。文字通り、結婚している男女が一堂に集まってお酒や食事を一緒にする会だ。全員が全員ではないが、不倫目的の方々もいた。その取材成果は、22年9月に上梓した『妻が怖くて仕方ない』に盛り込まれている(関連記事:2022年9月20日の本連載「『既婚者合コン』に潜入、『良妻賢母』的なマリコさんに僕は困惑した」)。

 参加した会では、男性は3人が1組となり、女性陣が座っているテーブルを回っていく。お酒が入り2時間超も一緒だと、同じ組の男性とも次第に打ち解けて来る。僕よりも3歳年下のU氏は常連だった。

コロナ禍が変えた出会い・婚活の主舞台

 席替えのタイミングなどでちょいちょい話をすると、U氏は既婚者合コンだけでなく、出会い系サイトでも盛んに活動していた。

「コロナになってからは、むしろオレは1対1で会えるネットに力を入れているよ。人妻との出会いの主舞台は、いまやネットでしょ」

 U氏はこう言い切った。

 僕は独身時代を含め、リアルで女性と出会う合コンは、そこそこ経験がある。現在はすったもんだしている妻とも、東京・赤坂であった合コンで出会った。ところが、ネットでの出会い経験は全くない。

 しかし、時代は進み、状況は激変している。リクルートが運営する「ブライダル総研」が22年9月に発表した「婚活実態調査2022」を参照してみよう。

 知人からの紹介などを含めた広義の婚活を通じて結婚に至った人に、どんなことをしたか(どんなサービスを使ったか)を聞いたところ、21年の結果は以下の順番になった。

婚活の4割がアプリ・サイト利用

 1位「恋活・婚活サイト、アプリ」40.2%、2位「結婚相談所」34.1%、3位「知人に紹介を依頼」20.0%、4位「趣味や習い事の場で相手を探す」19.5%、5位「婚活パーティ・イベントに参加」18.3%

 なお、「合コンに参加」は8.0%で10位。流行らなくなって久しい感がある9位「お見合い」8.1%よりも低い。

 このデータからは、婚活の主舞台がネットに移っていることが分かる。既婚者もU氏の主張通りに、「いまやネット」に違いない。

 既婚者合コンへの潜入取材でも、仮面夫婦を含む多様な夫婦像に出会えた。不慣れではあるが既婚者の出会い系サイトでも、興味深い発見があるのではないか。そう考え、22年10月、U氏推薦のサイトに登録した。

 ニックネーム、年齢、プロフィールなどを記入し、写真を添付する。自己紹介文も、長すぎず、短すぎずでまとめてみた。

 男女がともに「いいね」を押し合うと、メッセージのやり取りができる仕組みだ。女性は無料でもメッセージを送れるが、男性は1カ月で数千円の有料会員になる必要がある。

 この2年で3人ほど恋活アプリで彼女ができた知人によると、独身者が主に使うサイトやアプリも課金形態は近いものが多いそうだ。この「男性有料・女性無料」は、デートは割り勘ではなく、男性のおごりか多めに払う傾向がいまだあるということか。

 登録して2日ほど様子をみたが、残念ながら女性からの「いいね」は来なかった。確かに、僕は特に売りがないから必然の結果だ。

 出会えないと記事にならない。ならばと、完全に仕事モードに切り替え、自分から「いいね」ボタンを押す作戦を取った。

 自宅にいる時はもちろん、外でもマメにサイトにアクセスした。ネットがつながる環境下では、トイレの個室でもちょいちょい開いた。正直なところ、「下手な鉄砲も数うちゃ当たる」の心境だった。

 こうして登録してから約1カ月後、実際に会えたうちの1人がマナミさんだった。

マナミさんが「目覚めた」きっかけ

 都内企業で派遣の秘書をやっているという彼女は、身なりにはかなり気を使っているようだった。ベージュ色のパンツ姿が、さまになっている。

 シンハービールが進むにつれ、彼女が自ら「需要」に目覚めた経緯を教えてくれた。3年ほど前、勤め先の会社で20歳ほど年下の男性社員A氏から、「好きだ」と告白された。

 52歳の彼女より少し年上で結婚歴27年の夫とは、もう男女の間柄ではなく、「単なる同居人」とのこと。それでもA氏からの交際申し込みは、「あまりに年が離れているから」と断った。

 ところが、その直後、またしても30歳少し過ぎのB氏から、同様にアプローチを受けた。今度は2年ほど付き合った。

「まだまだイケていると思っていたい」

 B氏に第2子が誕生して別れることになったが、自分よりも若い男性から女として認められ、求められるのは楽しかった。

「自分は女として現役、まだまだイケていると思っていたい。その方が、自分をキレイにする気にもなるし」

 マナミさんは昨秋に会った時点で、この3月からの関西行きを決めていた。長年やってきた習い事の先生になるべく、1年か2年、専門の学校に通う。その後、都内に戻ってきて、夫に資金を提供してもらい、お教室を開く構想を持っていた。

「このお金を出してもらわないといけないから、離婚の選択肢なんてないわよ。夫は私がこうして男性と会っているなんて、夢にも思っていないでしょうね」

「既婚女性の本音」に考え込む

 この話が終わると、マナミさんは2人の娘の自慢と愚痴話を続けた。航空会社に務める長女とは気が合って親友のようだけど、次女とはギクシャクしている。大学進学ではマナミさんと意見が合わず、何より交際相手が気に入らないという。

 タイ通を自認するマナミさんが選んだだけあり、注文したトムヤムクン、春雨サラダもち米のいずれもハイレベルだった。

 気心が知れた友人とだったら、もっと美味しく感じたに違いない。しかし、この日、僕の舌はあまりうまみを感じられなかった。年上女性のマナミさんが出す「既婚女性の本音」は、僕をドギマギさせるに十分だった。

 僕は「男としての需要」という考え方を持ったことは、今までにはない。アイドルやホストなどではなく、「需要」を意識している男はいるのだろうか。もう少し時間が経過し、僕も50代になると持つものなのか。しばらくの間、宿題として抱えてみよう。

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