管理職と部下のデスクの距離は、オフィスレイアウトを考える上で配慮したいポイントです。どのくらいの距離を取るかによって、業務に影響を及ぼしてしまうことがあるからです。産業医の富田崇由氏がコストゼロからできる健康経営について解説します。

注目されている「高ストレス者対策」

■職場環境や働き方は、社員の健康と深く関わっている

職場の健康づくりの実践の内容は多岐にわたります。

小規模事業所へのアンケートで明らかになったのは経営者や担当者のなかには「専門的知識をもつ人が周りにいない」ために社員の健康管理をできないと考える人が多いということです。確かに生活習慣病などについては健康や医療についての知識が必要な部分もありますが、それは職場の健康づくり全体からすれば一部です。

最近の健康経営に関する書籍などをみると、「高ストレス者対策」が注目されているのがわかります。「ストレスは心身の健康にとって良くない」ことはよく知られています。

しかし、何がストレスになるかは人によって、職場によってそれぞれ異なります。毎日朝から出社して深夜帰宅が続くような長時間労働があるのであれば、それは明らかなストレスだといえます。過剰なノルマや上司・同僚からのパワハラ、セクハラといったハラスメントもそうです。それらが横行している職場は真っ先にその点を改善しなければいけません。

けれども労働基準監督署の指導の対象になるような明らかなストレス要因がなくても、社員が心や体の健康を害してしまい、休業や離職に至る例は少なくありません。おそらく一般に想像される以上に職場環境や働き方とそこで働く人の心身の健康には、深い関わりがあるのです。一般の人からすると、「えっ、そんなことが健康に影響するの?」ということも多いかもしれません。

例えば部署内の各メンバーの机の配置に問題がある場合もあります。もし部長がいちばん奥で部員たちを背後から見張る形になっているなら要注意です。こういう配置は部員にとって高ストレスであることがわかっています。

このような形だと、部下は上司から声を掛けられれば後ろを向かなくてはならず、完全に業務の手が止まって生産性が下がります。また部下から上司の姿が見えず、見えないところから急に声を掛けられる、というのも恐怖を感じやすいようです。

こうしたちょっとしたことが、職場の健康度を下げている例もあります。今の職場で当たり前のこと、「ずっと前からこうだったし考えたこともなかった」というようなことにその職場の課題が隠れていることもよくあります。

健康な職場づくりとは、みんなが安心して気持ちよく仕事をできる職場、社員が疲労やストレスを感じることが少なく、いきいきと働ける職場をつくることです。専門家がいないとできない特別なことだと思わずいろいろな視点から自分たちの職場でできる取り組みを考えてみてください。

▶作業環境管理①職場環境の室温や明るさなどが快適か

フルタイムで働いている人は1日7~8時間を職場で過ごします。作業環境、職場環境に問題があるとけがや事故のリスクが高まりますし、聴力・視力をはじめ、健康面にさまざまな影響が及びます。

法律上も「事業者(会社)は、事業場における安全衛生の水準の向上を図るため、適切な措置を継続的かつ計画的に講ずることにより、快適な職場環境を形成するよう努めなければならない」(労働安全衛生法)となっています。

作業環境でチェックするのは、次のようなポイントです。

・空気環境:空気の汚れ、臭気、浮遊粉じん、たばこの煙 ・温熱条件:温度、湿度、感覚温度、冷暖房条件(外気温との差、仕事にあった温度、室内の温度差、気流の状態) ・視環境:明るさ、採光方法、グレア(見えにくさを伴うまぶしさ)、ちらつき、色彩、照明方法(直接照明、間接照明、全体照明、局所照明) ・音環境:騒音レベルの高い音、音色の不快な音 ・作業環境など:部屋の広さ、動き回る空間(通路など)、レイアウト、整理・整頓

職場に照明が少なく暗い、作業場が暑い・寒い、たばこの臭いが不快など、「快適さ」を妨げる要因がないかどうかはすぐに確認できます。

職場の明るさや温度については年齢や個人差への配慮も必要です。中高年になると老眼で細かいものが見えづらくなったり、目の水晶体にくすみが出て光を通しづらくなったりします。年齢の高い社員が多い職場では照明を明るめにする、手元を明るくするライトを追加するといったことを検討する必要もあります。

職場環境のうち、建物の設備や作業場の広さなどはすぐには変えにくいものですが、課題や改善案を話し合いながら、職場の模様替えなどの機会に反映するというのも現実的な方法です。

産業医を選任している職場では、衛生委員会の一環で「職場巡視」を実施することもよくあります。職場巡視とは、職場の担当者や産業医などが職場内の各所を回りながら、職場環境に事故やけがにつながるような危険や健康リスクがないかどうかを点検することです。必要に応じ、産業医や労働安全衛生の専門家に職場環境のリスクを評価してもらう「リスクアセスメント」を行うこともあります。

産業医を選任していない職場では、各地域の労働基準監督署、産業保健総合支援センターや地域産業保健センターなどに相談をすると、職場巡視やリスクアセスメントについて指導をしてもらえます。

みんなが気持ちよく仕事をできる職場

▶作業環境管理②パソコン作業やテレワークのときの注意

パソコンなど情報機器に向かう時間が長い職場では、情報機器作業の環境もチェックすべきです。

窓からの太陽光が画面に反射して見えづらい、机まわりが狭く、不自然な姿勢で作業を続けているなど適切ではない環境・設定のまま仕事をしていると、眼精疲労や視力低下、頭痛、肩こり、腰痛といった健康障害を起こしやすくなります。また疲労や見えづらさによって業務上のミスが増えると精神的なストレスが高まります。

パソコン作業をする机は業務に必要なものを配置でき、作業中に腕や脚がきゅうくつにならない十分な広さがあるのが理想です。また机や椅子の高さも低過ぎたり、高過ぎたりすると不自然な姿勢を招きます。調整が可能なものは、体形に合わせて高さなどを調整して使います。

パソコンなどのディスプレイは、室内の環境や作業する人の見やすさによって、輝度(明るさ)やコントラストを調整します。適正な画面の明るさの目安は500ルクスです。

蛍光灯の照明をつけた事務所や百貨店の売り場などが、だいたい500ルクスとされています。画面と周囲との明るさの差が少ないことも大切で、残業などで部屋の照明を消して明るいパソコン画面だけを見続けるのは良くありません。画面に太陽光が当たるようなときは、ブラインドやカーテンで日光を遮ります。

ほかにも画面とキーボードを分離できるデスクトップパソコンを使う、使いやすいマウスを使うなども、情報機器作業による疲労や健康障害の予防になります。

コロナ禍以降はテレワークの普及により職場以外で情報機器作業をする人も増加しています。テレワークでは自宅のソファに座り、低いソファテーブルでパソコン作業をするなど、職場以上に作業環境が作業に合っていない例が多いので注意が必要です。

▶作業環境管理③整理・整頓・清掃・清潔・しつけの「5S」が大事

産業保健では業務を安全かつ効率的に行うために「5S活動」が重要といわれています。5Sとは整理・整頓・清掃・清潔・しつけ、の5つのローマ字表記の頭文字です。

・整理:必要なものと必要のないものをはっきり分けて必要のないものを捨てる。 ・整頓:必要なものを使いやすいように決められたところに置き、誰にでもわかるようにする。 ・清掃:職場や仕事で使用する道具・機械などを常に掃除し、きれいにする。 ・清潔:作業場や働く人が使用する施設を清潔に保ち、働く人の身なりも清潔にする。 ・しつけ:職場のルールを明確にし、決められたルールをいつも正しく守る習慣をつくる。

整理整頓や清潔が職場の安全や社員の健康につながるのは、イメージとして理解しやすいものです。ただ実際は小さな会社では業務に追われて整理整頓が追い付いていないことがあります。ずっとそういう環境だと物の使い方などが少々不便でも、それに慣れてしまって何とも思わなくなっているケースもあります。

しかし物の置き場が乱雑でいつも何かをどけないと使いたいものが取れないとか、必要なものの在庫が切れていてもわからず使いたいときに在庫がないことに気づいて慌てて買いに走るとか、そういった小さなストレスの積み重ねが疲労感や職場への不信感となり、社員の心身の活力が低下してしまう例も意外にあります。

また整理整頓や清潔は人によっても感覚が異なります。不要なものは早く捨ててきちんと整理したいタイプの人もいれば乱雑でも気にならない人、あまり細かいことを言わないでほしいという大雑把な人もいます。だからこそ職場全体でルールを明確にし、みんなが守るという「しつけ」も必要になります。

例えば職場の本棚の手前に横向きに本が置かれている事業所があります。そのような職場ではいつも特定の人が横向きに詰まれた本を片づけていたりします。この片づけをするタイプの人は数カ月後にメンタル不調を発症するリスクが高いです。

横向きに本を置いている社員からすると片づけてくれて有り難い、○×さんはきれい好きなんだなという程度かもしれませんが、本人は、他人のしたことの後始末で自分の仕事の効率が落ちますし、「いつも片づけているのに何度やっても改善しない。もしかして私に対する嫌がらせでは……」と、どんどんネガティブな方向に考えが傾いてしまうことがあります。

やはり社内の誰もが仕事をしやすい整理整頓された職場、清潔な職場をつくっていくことが大事です。「昔からこうだったから」「忙しいからあとで」とやり過ごしてしまわず、「5S」を意識して見直しをすることが大切です。

▶作業環境管理④休憩スペースがない職場は高ストレス

職場環境改善というとオフィスや実際の作業をする場所、来客スペースなどに気を取られてしまいますが、休憩室や更衣室、洗面所など、いわゆるバックヤードと呼ばれるような施設も非常に重要です。

〈疲労回復支援施設〉

休憩室など:休憩室や仮眠室など、疲労やストレスを癒す施設 ・洗身施設:シャワー室などの多量の発汗や身体の汚れを洗う施設 ・相談室など:疲労やストレスについて相談できる施設 ・リラクゼーション施設など:体を動かすための運動施設、緑地など〈職場生活支援施設〉 ・洗面所、更衣室など:洗面所、更衣室など、就業に必要となる身なりを整える施設 ・食堂など:食事をすることのできるスペース ・給湯設備、談話室など:お湯を沸かして飲料を用意したり、飲んだりできるスペース

職場は1日のうちでかなり長い時間を過ごす場所です。安心して業務に集中できる環境をつくるとともに、着替えなど準備をする施設や、休憩・疲労回復のための施設も快適で気持ちのいい場所であることが大切です。

私の経験でもお客さんが来るオフィスピカピカにキレイなのに従業員が着替えをするロッカーが乱雑で照明の電球も切れたままという職場がありました。経営者はバックヤードは外部の人の目に触れず、社員しか使わないからいいだろうと思うのかもしれませんが、電球の切れた薄暗いロッカーで更衣をする従業員は「自分たちは会社に大事にされている」という実感はもてないものです。電球くらいはすぐに補充できますから、明るく清潔に、気持ち良く使えるようにしておきたいものです。

また小さな会社では、スペースの都合で休憩室がないこともよくあります。従業員が10人に満たない美容室などは、営業時間中は職場を離れることもできず、バックヤードも常に上司と一緒で部下は気が休まる瞬間がなく、高ストレスになっていることがあります。毎日は無理でも、予約や来客が少ない曜日は外の喫茶店で1時間休憩してもよいとするなど、ホッとできる時間をもつ工夫が必要です。

富田 崇由

セイルズ産業医事務所

(※写真はイメージです/PIXTA)