中国共産党中央紀律委員会と中国政府・監察部は1日、腐敗問題に関連して「権力とは責任だ。責任があれば、手を下さねばならない」と題する文章を発表し、組織のトップが責任をとらねばならないと主張した。同文章は一部に、毛沢東語録を踏襲したとみられる部分がある。

 中国共産党は各地に「委員会」を設置している。各地の「委員会」は、担当地域の地方政府の上に立ち、政治や社会全般を「指導」する立場だ。委員会の最高責任者は「書記」だ。各地の「共産党委員会書記」は、担当地域の「トップ」ということになる。しかし文章によると、共産党委員会の書記が、腐敗撲滅を「他人事」のように受け止めている例があるという。

 文章は例として、腐敗撲滅に、委員会書記が「支持する」などと表明する場合があると批判。腐敗撲滅については、共産党中央が各地に調査チームを派遣しているが、腐敗撲滅を日常的に担当するのは、各地の共産党委員会の下部組織である紀律委員会だ。文章は、委員会書記と紀律委員会の関係は「指導する者と指導される者」であり「支持するか支持しないか」の問題ではないと指摘した。

 また腐敗撲滅について「希望する」などと表現する書記もいるとして「要求は要求だ! 希望するは希望するだ!」として、自らの責任と意思として強い姿勢で取り組まなねばならぬと強調した。

 さらに、責任者として腐敗撲滅を断行すれば「人に恨まれることは必然」とした上で、反腐敗闘争は「客を招いて食事をすることではない」と論じた。

 同部分が、毛沢東の言葉として有名な「革命とは客を招いて食事をすることではない」を踏襲したことは間違いない。毛沢東の原文はさらに、「(革命とは)文章を書くことでもない。絵を描いたり刺繍をすることでもない。そんな優雅なものではない(中略)革命は暴動である。ひとつの階級がもうひとつの階級を押し倒す、ひとつの階級による粗暴な行動だ」と続く。

 文章は最後の部分で「習近平総書記は、権力とは責任であり、責任とは手を下すことだ。われわれは、患っていることを憂う気持ちと緊迫感を高めねばならない」などと主張した。(編集担当:如月隼人)

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◆解説◆

 毛沢東には人々の感覚に強く訴える言い回しを多用しており、上記の「革命とは客を招いて食事をすることではない」などの文言も、中国ではなかば「常識」として多くの人が記憶している。

 中国共産党毛沢東にに対する公式見解は「建国などの功績が第1」、「文化大革命(文革)など晩年の過ちが第2」だ。つまり、毛沢東の権威を否定することは共産党自体の権威を否定してしまうと判断し、「大きな失敗はあったが、功績の方が大きかった」と評価しているわけだ。

 その結果、文革時代などの毛沢東に言及する場合、「肯定することはできない」、「さりとて、強く否定すると功績第1・失敗第2」という公式見解に背反してしまう」というジレンマが発生することになる。

 公の立場で毛沢東の言葉を引用する場合でも、文化大革命(文革)を肯定すると受け止められる言い回しは、慎重に扱う場合が普通だった。「習近平国家主席(共産党総書記)の政治手法は、文化大革命時を思わせる」との声も出ている。共産党が、「革命は暴動である。ひとつの階級がもうひとつの階級を押し倒す、ひとつの階級による粗暴な行動である」と、文革肯定につながる文言を安直に使う現象が見られるようになったことも、一因と考えてよい。

 2012年まで在職した共産党重慶市委員会の薄熙来書記は、人権をまったく顧みないほど猛烈な犯罪組織と腐敗官僚の摘発を行い、文化大革命期を思わせる大衆に革命歌を歌わせる運動を推進。改革開放の深化を目指した当時の胡錦濤国家主席・温家宝首相の強い反発と嫌悪感を招いた。薄書記は、妻による英国人実業家殺害事件も明るみに出たことで失脚した。

 当初は薄書記をかばおうとする声も強かったが、最終的に習近平副主席(当時)が了承することで、中国共産党が薄書記を処断することが決まったとされる。

 習主席は、薄書記ほど露骨ではないにしても、そして薄書記のように極端な不正に手を染めていないとしても「政治運動を強烈に繰り広げる」という点で、手法や発想において薄書記と類似する面が見え隠れする。中国現政権のナンバー2は李克強首相だ。李克強首相は胡前主席・温前首相と同じ、共産主義青年団に連なる派閥に属する(団派)。

 李首相が最も力を入れて取り組んでいるのは、経済改革のための「規制緩和・既得権益層の排除」だ。一方、習主席が力を入れている腐敗撲滅運動で、「打倒の対象」となるのは「既得権益を党紀や法律に抵触するまでに悪用した者」と言える。「既得権益層の追い落とし」という点で、両者の“利害”は一致していると考えてよい。

 ただし、団派の有力者が習主席の政治手法を「文革時代に逆戻りする危険な道」と判断した場合、習主席と李首相の関係が予断を許さない状態になる可能性も、否定はできない。(編集担当:如月隼人)