中国の偵察気球の3つの可能性

 米国のジョー・バイデン大統領2023年2月4日、米軍機が米東海岸(サウスカロライナ州)沖で中国の偵察気球の撃墜に成功したと明らかにした。

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 バイデン政権は「米国の主権と国際法の侵害である」と中国政府を厳しく非難した。アントニー・ブリンケン国務長官は、予定していた中国訪問を延期した。

 中国政府は2月5日、当該気球はあくまで気象研究用で、不可抗力によって米国に迷い込んだものだと主張し、米軍による撃墜について「過剰な反応だ」と非難した。

 いわゆる「スパイ気球」は、中国南部・海南島から打ち上げられ、1月28日にアリューシャン列島近くの米国領空に侵入。

 アラスカ州上空を通過していったんカナダの空域に入り、1月31日以降再び西部アイダホ州から米本土を東に向けて飛行。

 その間、米軍の大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射施設がある西部モンタナ州上空も通過するなど明らかに機密性の高い米軍施設の上空を飛行していた。

 ロイドオースティン米国防長官は2月4日の声明で、当該気球は米本土の戦略的拠点を監視する目的で中国が使用していたと指摘。

「民間の気象研究用」とする中国側の主張を否定した。

 米軍は残骸を回収し偵察装置などの分析を試みるとしている。米国務省は、当該気球は「中国による世界各地での監視活動の一環」であると主張している。

 中国の偵察気球は、中国軍内で宇宙やサイバー戦を担当する戦略支援部隊が管轄し、運用に関わっていたことが分かっている。

 中国の機密情報の収集活動が浮き彫りとなる中、当該気球の撃墜により米中関係はさらに冷え込むことが考えられる。

 また、気象予報士の森田正光氏は、撃墜された気球は「気象観測用」ではないと明言する。

 気象観測用の気球は定点観測が基本で、上空に昇りながら高度別の気温や湿度などを測定し、それを電波で地上に送る。

 そして、その気球の流される方向から、風向・風速も分かる。上空30キロの高さになると気球は膨らみ破裂する。

 つまり、気象観測気球は一定高度の上空で破裂するような素材(ゴム製)でできている。

 今回のように高い高度を維持しながら長距離を移動できる気球は気象用ではないと言う。

 当該気球の大きさは高さ約60メートルでバス3台分に相当する。米上空の高度約18キロを飛行。

 情報収集のための複数のセンサーや通信傍受用のアンテナソーラーパネルなど総量約900キロ以上を搭載していた。バルーンの素材は、いまだ公表されていない。

 さて、19世紀後半や、20世紀初期の戦争では有人気球は盛んに着弾観測や偵察に利用された。

 日露戦争では、日露両軍とも有人気球による偵察や着弾観測を試みた。しかし、航空機が登場すると有人観測気球は敵戦闘機の格好の目標となった。

 特に第1次世界大戦ではル・プリエールロケット弾などの専用兵器も現れ、被害が増加し気球は廃れていった。

 それまでの気球の任務は弾着観測機や偵察機にとって代わられるようになった。

 ところが、第2次大戦末期の1944年に気球の運命は大きく変わった。

 日本陸軍は、無人気球に爆弾を搭載し、日本本土から偏西風を利用して北太平洋を横断させ米国本土空襲を企図したのである。

 そして、1944年11月初旬から1945年3月まで9000個余りが放たれて、少なくとも300個程度が北アメリカ大陸に到達したとみられ、米国西海岸のオレゴン州では6人が死亡した。

 この風船爆弾による心理的効果は大きかった(日本側でもこの作戦自体が心理面での効果を期待していた)。

 米陸軍は、風船爆弾生物兵器を搭載することを危惧し(特にペスト菌が積まれていた場合の国内の恐慌を考慮していた)、着地した不発弾を調査するにあたり、担当者は防毒マスクと防護服を着用した。

 調査に動員された細菌学者は4000人に及んだという。戦果こそ僅少であったものの、ほぼ無誘導で、第2次世界大戦で用いられた兵器の到達距離としては最長であり、史上初めて大陸間を跨いで使用された兵器である。

 筆者は、今回の中国の偵察気球は3つの可能性があると見ている。

 一つは巷間で言われている「偵察気球」で、もう一つは開発中の「気球兵器」で、もう一つは開発中の「成層圏偵察気球網」である。

 ちなみに、成層圏とは地上(地表)から10~50キロの範囲をいう。

 筆者が気球を「気球兵器」と呼ぶのは、気球に爆弾、ミサイルドローンなど様々な兵器を搭載することが可能であるからである。

 また、「気球兵器」開発の可能性と「成層圏偵察気球網」開発の可能性を裏付ける次のような情報がある。

 2021年中国軍の機関紙『解放軍報』には、「気球は将来、深海に潜む潜水艦のような恐ろしい暗殺者になるだろう」と書かれている。

 さらに、去年(2022年)も気球について、「レーダーに感知されにくい」「成層圏に到達して防空兵器を回避できる」「開発の春だ」などと言及している(TBS・BSテレビ「報道1930」2023年2月16日)。

 今、成層圏は新たな軍事利用の領域として注目されている。

 以下、初めに日本軍が開発した「風船爆弾」の全容について述べ、次に中国・米国・日本の成層圏気球の開発状況について述べる。

1.日本軍が開発した風船爆弾の全容

 本項は「ウィキペディア」など公刊資料を参考にしている。

(1)開発当初

 風船爆弾は、陸軍少将であった草場季喜によれば、1933年昭和8年)には自由気球に爆弾を吊るし兵器として使用する着想があったと伝えられる。

 想定地域は満州東部国境地域で、ソビエト連邦のウラジオストクを攻撃しようという作戦だった。

 ほぼ同時期に陸軍少佐であった近藤至誠が、デパートのアドバルーンを見て「風船爆弾」の利用を思いつき、軍に提案をしたが採用されなかったので、軍籍を離れ、自ら国産科学工業研究所を設立し研究を進めた。

 この時点でコンニャク糊を塗布した和紙「こんにゃく紙」を使用することは近藤の想定の中にあった。

 1939年昭和14年)に、このアイデアが関東軍に持ちこまれ、近藤は極秘研究主任となる。1940年昭和15年)に近藤は病死するが、研究・開発は陸軍登戸研究所で継続された。

(2)日本陸軍における開発

 日本陸軍は、1942年日本海軍によって行われ成功裏に終わった潜水艦艦載機による米国本土空襲に次いで、米本土に直接攻撃することで心理的動揺を誘えること、材料が和紙とコンニャクのため他軍需品と競合しないことから、風船爆弾の実用化に熱意を注いだ。

 風船爆弾(暗号名「ふ号兵器」)の骨子は、日本の高層気象台の台長だった大石和三郎らが世界で初めて発見していたジェット気流を利用し、気球に爆弾を乗せ、日本本土から直接米本土空襲を行うものであった。

 気球の直径は約10メートル、総重量は200キロ。兵装は15キロ爆弾1発と5キロ焼夷弾2発である。

 ジェット気流で安定的に米国本土に送るためには夜間の温度低下によって気球が落ちるのを防止する必要があった。

 これを解決するため、気圧計とバラスト投下装置が連動する装置を開発した。無誘導の兵器であったが、自動的に高度を維持する装置は必須であった。

 川崎市の東芝富士見町工場で製造と開発が行われた。これにはアネロイド気圧計の原理を応用した高度保持装置が考案され、「三〇七航法装置」と呼ばれる。

 発射されると気球からは徐々に水素ガスが抜け、気球の高度は低下する。高度が低下すると気圧の変化で「空盒(くうごう)」と呼ばれる部品が縮み、電熱線に電流が流れる。

 バラスト嚢を吊している麻紐が焼き切られ、気球は軽くなりふたたび高度を上げる。

 これを50時間、約2昼夜くり返す仕組みであった。兵装として爆弾を2発としたものや焼夷弾の性能を上げたものも発射された。

 爆弾の代わりに兵士2~3人を搭乗させる研究も行われた。

 また、陸軍登戸研究所において研究されていた生物兵器(炭疽菌、ペストなど)の搭載が検討された。

 登戸研究所第七研究班は「ふ号兵器」用の牛痘ウイルス20トンを製造して使用可能な状態まで完成していたが、昭和19年10月25日の梅津美治郎陸軍参謀総長の上奏に際して、昭和天皇は本作戦自体は裁可したものの細菌の搭載を裁可せず、細菌戦は実現しなかった。

(筆者注:当時の技術で、細菌を殺さずに飛行高度の氷点下に耐えられる保温容器が開発できたかは不明である)

 1943年昭和18年)8月、陸軍兵器行政本部は第九陸軍技術研究所に対し、「ふ号兵器」による米国本土攻撃の研究を命じた。

 同年11月、最初の試作気球が完成した。

 1944年昭和19年)2月から3月にかけて、技術研究所は約200個の気球を用意し、千葉県一宮町一宮海岸で大規模な実験を行なった。

 3月末の現地検討会議で昭和19年末~昭和20年春にかけての風船爆弾攻撃計画がまとまった。

(3)部隊編制

 1944年昭和19年9月8日、千葉の気球連隊が母体となり「ふ」号作戦気球連隊が編制された。

 連隊長:井上茂大佐。連隊本部:茨城県大津。総員:約2000人。連隊本部のほか通信隊、気象隊、材料廠を持ち、放球3個大隊で編制された。

 第1大隊(3個中隊)茨城県大津(現在の北茨城市五浦海岸一帯)。132万平方メートルの敷地に、18基の放球台、水素ガスタンク、水素ガス発生装置などがあった。

 終戦とともに陸軍は施設を爆破して書類を焼却。放球作業中の事故の犠牲者供養のための石碑が残っている。

 第2大隊(2個中隊)千葉県一宮。上総一ノ宮駅から一宮海岸まで、打ち上げのために引込線が敷設されていた。

 第3大隊(2個中隊)福島県勿来

(4)作戦の実施

 1944年昭和19年10月25日、参謀総長は大陸指第2253号をもって気球連隊長に対し、風船爆弾による心理的動揺を主目的とする米本土攻撃を命じた。

 作戦名称は「寅号試射」、攻撃開始は「概ネ十一月一日トス」。

 11月3日未明に3カ所の基地から同時に放球が開始された。

 この日が選ばれたのは明治天皇誕生日(明治節)であったことと、統計的に晴れの日が多い(晴れの特異日)とされたためであったが、実際には土砂降りの雨であった。

 千葉県一宮、茨城県大津、福島県勿来の各海岸の基地から、1944年11月から1945年3月までの間に約9300発が放球された。

 1944年冬から1945年春まで行われたが、戦況の悪化などの理由により、1945年冬の攻撃は計画されなかった。

 1945年11月18日連合国軍最高司令官総司令部は指令(SCAPIN-301)により、日本が空軍を再建する可能性を絶滅させるために航空機の研究、実験等を禁止した。

 この禁止対象には気球も含まれた。

(5)結果

 約9300発の放球のうち、米本土に到達したのは1000発前後(米西部防衛司令部参謀長W・H・ウィルバー代将の報告書要点抜粋から)と推定されるが、米国の公式記録では285発とされている。

 最も東に飛んだ記録として、米軍事評論家の調査(1951年)によれば、ミシガン州デトロイトまで到達した。

 1945年5月5日、オレゴン州ブライで木に引っかかっていた風船爆弾不発弾に触れたピクニック中の民間人6人(妊娠中の女性教師1人と生徒5人)が爆死した例が確認されている唯一の結果である。

 放球は1945年3月が最終であるため、この5月の事故は冬の間に飛来したものが雪解けによって現れたのではないかと言われている。

 また、原子爆弾用のプルトニウム製造工場(ハンフォード工場、ワシントン州リッチランド)の送電線に引っかかり短い停電を引き起こした。

 これが原爆の製造を3日間遅らせたという説があるが、実際には工場は予備電源で運転され、原爆の完成にほとんど影響はなかったという説もある。

 ただし、風船爆弾による心理的効果は大きかった大きく、既述したが、米陸軍は風船爆弾生物兵器を搭載することを危惧していた。

 また、少人数の日本兵が風船に乗って米本土に潜入するという懸念を終戦まで払拭することはできなかった。

 また、終戦後すぐに細菌兵器研究者を日本に派遣し、風船爆弾開発に関わった研究者の調査を行っている。

 風船爆弾対策のため、米政府と軍は大きな努力を強いられた。米政府は官民に厳重な報道管制を敷き、風船爆弾による被害を隠蔽した。

 上記の事故の一報を受けた電話交換手は決して口外するなと軍から口止めされた。

 これは米側の戦意維持のためと、日本側が戦果を確認できないようにするためであった。

 この報道管制は徹底したもので、戦争終結まで日本側では風船爆弾の効果は1件の報道を除いて全く分からなかった。

 その1件とは、日中戦争中に中華民国の首都があった重慶から放送の傍受によって確認したものであったという。

(6)筆者コメント

 筆者は、中国は気球兵器で米国や日本を攻撃できる潜在的能力の獲得を目指していると見ている。

 今回、サウスカロライナ州で撃墜された気球は、将来の気球兵器の飛行コースの確認のための試験飛行であったと見ることもできる。

2.中、米、日の成層圏気球の開発状況

(1)成層圏偵察気球の特徴

 本項はAFPニュース「中国の『偵察気球』は撃墜困難 米専門家」(2023.2.4)を参考にしている。

 成層圏偵察気球は、偵察手段として有益であり撃墜も困難である。

 人工衛星は地上・宇宙から攻撃されやすくなったのに対し、成層圏気球には明確な利点がある。

 まず、レーダーに映りにくい点である。(気球の素材は)反射せず、金属でもない。大型の気球であっても探知するのは難しいだろう。

 さらに、搭載されている機器が小さければ、見落とされる可能性もある。

 また、地球低軌道を回り続ける周回偵察衛星と比べれば、監視対象の上空に長くとどまっていられる利点もある。

 さらに、周回偵察衛星(飛行高度200~800キロ)まで届かない電波を成層圏偵察気球(飛行高度20~30キロ)は収集ができる利点がある。

 今回、4基の気球が撃墜されているが、すべて戦闘機搭載の「AIM-9X」ミサイルによるものであった。

 AIM-9Xミサイル1発の値段は5800万円と言われる。安い気球を高価なミサイルで撃ち落とすのは、費用対効果が悪いという指摘もある。

 しかし、戦闘機搭載の機関砲では撃墜できない。なぜなら、こうした気球はヘリウムを使っている。

(水素ガスを使い爆発事故を起こした飛行船)ヒンデンブルクとは違うので、撃っても炎上することはない。

 穴を開けたとしても、少しずつヘリウムが漏れていくだけだ。

 1998年カナダ空軍の「F18」戦闘機が所属不明の気象観測気球を撃墜しようとした時の例では、「20ミリ機関砲を1000発撃ち込んだが、それでも地上に落ちるまで6日かかった。撃っても爆発したり破裂したりすることはない。

(2)中国の開発状況

 本項は2月14日付け中央日報日本語版の「中国の偵察気球、すべて計画されていたか…『世界をのぞき見る気球ネットワーク推進』を参考にしている。

 ニューヨークタイムズ2023年2月13日、中国の偵察気球を開発した企業「格斯曼航空科技集団」(EMAST:Eagles Men Aviation Science & Technology Group)が、2028年までに成層圏に偵察気球網を作って全世界を偵察するネットワークを構築するとする最終目標を昨年ホームページに上げたという事実を確認し報道した。

 現在このホームページは閉鎖されている。

 EMASTは、米国が中国「偵察気球」開発に関連しているとして輸出制裁対象とした中国6つの機関の内の一つである。

 同紙によると、EMASTは、中国の偵察気球ネットワークイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が設立したスペースXの衛星インターネットサービスであるスターリンクに例えた。

 EASTスターリンクよりはるかに低コスト2028年までにネットワーク構築を完了するという具体的な時期も提示した。

 EMASTは2021年に2機の偵察気球を同時稼動する実験に成功し、2022年は3機の偵察気球でネットワーク構築を試みたものとされる。

 ただ3台ですでにネットワークを構築したのか、そうでなければ構築する計画だったのかは不確実だと同紙は伝えた。

 バイデン米政権は2月9日、サウスカロライナ州で米軍機に撃墜された中国の偵察気球について、電波信号の傍受による諜報活動を行う機能を搭載していたとする調査結果を明らかにした。

 また、中国が似たような監視用気球を5大陸の40カ国以上の上空で飛行させてきたとの見方を明らかにした。

 同紙は2004年にこの企業を共同設立した北京航空宇宙大学の武哲教授に注目した。

 武教授は中国の戦闘機開発、ステルス物質研究などで中国軍と密接な関係を維持した。偵察気球問題後に米商務省の制裁対象となった中国企業6社のうちEMASTを含む3社が武教授が共同設立した企業だ。

 EMASTは2017年に中国版ツイッターであるウィーチャットに偵察気球の機能につい「高解像度で持続的で安定した通信が可能で偵察と運航能力がある」と明らかにした。

 2019年に中国国営メディアで武教授は当時6万フィート(約18キロ)上空で気球を地球1周できるようにする試験をしながらコンピュータモニターを指(ゆび)で示し「あそこが米国」と話した。

 武教授は同年、偵察気球から送る信号を地上で受信する実験に成功し、2020年には地球を周回してきた偵察気球を安全に回収した。

 同紙は「高高度気球は極限の温度に対処できるよう特別な材料で作る。高く上がった気球と地上にいる研究者が長距離でもネットワークを維持することが核心」と伝えた。

 続けて「武教授の公開学術出版物などを見ると、彼と同僚の科学者が長く関連研究をしてきたということが分かる」と付け加えた。

(3)米国の開発状況

ア.順応型軽航空機ALTA :Adaptable Lighter Than Air

 本項はフォーブス・ジャパン『中国気球の経路が「意図的」だったと言える理由』(2023.02.09)を参考にしている。

 上空を流れるジェット気流の速度は時速442キロにも達するため、気球が巻き込まれれば針路を制御することは困難にも思える。

 飛行船にとって、風は高度がかなり低い空域であっても大きな問題だ。

 第1次世界大戦で英国軍爆撃に出動したドイツ軍ツェッペリン飛行船は、目的地に到達するのにさえ苦労した。

 1917年の英本土空襲では強風に見舞われ、飛行船11隻のうち帰還したのは7隻だけだった。

 その後、大気圏の解明が進むと、状況は一変した。

 大気圏のモデリングアルゴリズムの性能向上により、気球は風向きに応じて高度を変えて希望の方向に進んだり、地上の特定箇所の上空を周回したりすることさえできるようになった。

 グーグルの親会社アルファベットの「Project Loon」(飛行高度20~30キロ)はこうした技術を搭載した気球を使い、2017年ハリケーンマリア」の被害を受けた米領プエルトリコの市民10万人にインターネット接続を提供した。

 しかし、「Project Loon」事業は2021年1月、終了した。

 事業終了の理由は、十分なインターネット環境が整備されていなかった地域のネットワークの可用性が、この10年間で73%から93%まで改善されたことが指摘されている。

 さて、米軍は何年も前から同様のいわゆる成層圏気球を試験している。

 2018年までには、気球を24時間にわたり約48キロ圏内にとどまらせられるようになり、その後も着実に改良が進んでいる。

 気球を地球の空高く、無期限に漂わせ続けるというアイデアは魅力的だ。

 こうした成層圏気球は太陽光発電のおかげで、まるで低コスト人工衛星のように、宇宙との境界線上で遠隔地や被災地に通信手段を提供したり、ハリケーンを追跡したり、海上の汚染を監視したりできるようになるだろう。

 しかし、成層圏気球には大きな問題がある。

 現行の気球は風と共に移動し、定点に留まれるのが1回の飛行につき数日間だけなのだ。

 成層圏の高度、地上から約18キロ地点では、風が様々な高度で異なる向きに吹く。理論上は、単に高度を上下すれば、望ましい方向に吹く風を見つけられるはずだ。

 しかし、機械学習とより良質なデータを使って改善が進められているにもかかわらず、その進捗は依然として緩やかなのだ。

 米国国防先端研究計画局(DARPA)は、この問題を解決する可能性があると考えている。

 DARPAは「順応型軽航空機ALTA)」計画で、風速と風向きを遠隔検出する新型のレーザーセンサーを開発した。

 これは好条件の風を迅速に見つけられる画期的な技術となりそうである。

 ALTAプログラムの目標は、風力航行が可能な高高度気球を開発し、実証することである。

 気球は7万5000 フィート(約23キロ)以上の高度で飛行する。独立した推進力はないが、気球は高度を変化させて飛行するように設計されている。

 下図はALTAのイメージ図である。

(イ)宇宙船ネプチューン

 2021年6月18日、米宇宙ベンチャー企業のスペースパースペクティブ(Space Perspective)は、NASAケネディ宇宙センターに隣接するスペースコースト・スペースポートから、ネプチューンワン宇宙船試験機の打ち上げに成功したと発表した。

 ネプチューンワンは、目標高度まで飛行し、フロリダ半島を横断した後、メキシコ湾に着水し、回収された。

 スペースパースペクティブは、2019年に設立されている。

 スペースパースペクティブが提供する気球型宇宙船「スペースシップネプチューンSpaceship Neptune)」による宇宙旅行の搭乗受付が2023年1月18日から開始された。

 スペースシップネプチューンは、高度約30キロの成層圏までの旅を楽しめる最大8人搭乗可能な高高度気球。

 宇宙飛行士のような特別の訓練を必要とせず18歳以上であれば誰でも参加可能で、約2時間をかけて上昇し、高度30キロを2時間浮遊、その後、2時間かけて降下するというスケジュールとなっている。

 日本の旅行会社HISは1月18日から受け付けを開始した。料金は約1600万円である。

(4)日本の開発状況

ア.成層圏プラットフォー

 成層圏プラットフォームとは成層圏飛行船ソーラープレーンなどの航空機を利用して、成層圏にあたる高度約20キロの高さに常駐する通信用空中プラットフォームである。

 日本では、1998年から2005年まで成層圏プラットフォームの開発が行われた。

 1999年からはミレニアムプロジェクトの一つとなり総務省(情報通信研究機構)、文部科学省(航空宇宙技術研究所、海洋研究開発機構)などの組織を横断しての研究開発がおこなわれた。

 JAXA宇宙航空研究開発機構)およびNICT(情報通信研究機構)で2種類の試験機が開発され、2003年には高度16キロまでの上昇、2004年には全長68メートルの試験機で高度4キロでの定点滞空を実証した。

 しかし、同時期に地上通信網が整備されたため通信基地および中継基地としての可能性が極めて低いと判断されプロジェクトは終了した。

イ.高高度プラットフォーム「HAPS(High Altitude Platform Station)」

 2019年ソフトバンクから航空機型の高高度プラットフォーム「HAPS」の事業化が発表された。下図はHAPSで期待される様々な使用例を示している。

 2022年1月14日エアバスNTTNTTドコモスカパーJSATの4社は、高高度プラットフォーム(HAPS)の早期実用化に向けた研究開発、実証実験の実施に関する協力体制構築の検討を推進するための覚書を締結した。

 この覚書の締結は、HAPSの早期実用化に向けた研究開発の推進を目的としている。

 エアバスのHAPS「Zephyrゼファー)」とNTTドコモスカパーJSATの通信ネットワークコラボレーションにより、HAPSの接続性およびHAPSを利用した通信システムにおける有用性の発見、および技術や使用例の開発に向け、4社間の連携を推進していくとされている。

おわりに

 ある意味未開拓の領域であった成層圏は、新たな軍事利用の領域となった。

 中国の気球は、各国の国家安全保障上に新たな脅威をもたらした。

 中国の偵察気球に触発されたのか、ロシアウクライナに偵察気球を飛ばした。低高度の気球であったために大部分の気球が対空火器で撃墜された模様である。

 米国は1940年代~50年代にかけてソ連上空に多くのスパイ気球を飛ばしてきたが、やがて偵察機に置き換えられ、最終的には人工衛星が偵察任務を担うようになった。

 今回、米国や日本に飛来した気球が大きな騒ぎとなったのも、近年ではスパイ気球がめったに使われてこなかったからである。

 しかし、中国は成層圏偵察気球網の構築を目指している。

 あるいは、中国は、気球兵器で米国や日本を攻撃できる潜在的能力の獲得を目指していることも考えられる。

 日本は、米国と協力して、成層圏気球への対応策を早急に講じる必要がある。

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