4発で敵の空港機能をマヒできる

 北朝鮮2月20日午前、日本海に向けて「戦術核攻撃の手段である超大型放射砲」*12発と短距離弾道ミサイル2発を発射したと発表した。

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 弾道ミサイル発射は、2月18日以来で2023年に入って3回目となる。北朝鮮は、こう発表した。

午前7時から超大型放射砲射撃訓練を実施した。600ミリ放射砲を動員し、395キロと337キロ射程の仮想標的を設定した」

「使用した兵器は戦術核攻撃手段である。4発の爆発威力で敵の作戦飛行場の機能をマヒさせることができる」

*1=米軍の「多連装ロケット砲システム」(MLRS=Multiple rocket launcher system)と同種のものとみられる。「超大型放射砲」という名前は2019年8月25日北朝鮮の官営メディアに初めて登場し、その後、北朝鮮では「超大型放射砲」と「大口径操縦放射砲」という用語が共に使われている。弾種が400ミリか600ミリで、車両型の移動式発射台(TEL)の種類は車輪型と軌道型の両方を含む。飛行距離は400キロ前後で、韓国全域が射程に入る。核弾頭の小型化に成功していれば、超大型放射砲に戦術核の搭載も可能。金正恩朝鮮労働党総書記は2022年12月31日、「超大型放射砲贈呈式」での演説で、「軍事技術的にみて、高い地形克服能力と機動性、奇襲的な多連発精密攻撃能力を兼ね備えている」と強調している。バイデン政権は2022年3月、ウクライナへのMLRS供与を公約している。

MLRS=Wikipedia

 米シンクタンクの軍事専門家はこう指摘する。

「在韓米軍基地、韓国空軍基地の打撃を想定した訓練だったとみられる。各種ミサイルの発射や核実験の実施を含めさらなる挑発行為に出る可能性がある。核実験再開は秒読みの段階に入ってきた」

 北朝鮮による連日のミサイル発射実験に対抗して、米国と韓国は2月18日の発射を受けて朝鮮半島周辺で戦略爆撃機を投入して共同訓練した。

 自衛隊と米軍も2月19日日本海上空で戦闘機爆撃機が共同訓練した。

 米韓はさらに、北朝鮮核兵器使用に対処するための机上演習を2月22日ワシントンで行い、米国が核兵器を含む戦力で同盟国を守る「拡大抑止」(Extended deterrence)2を巡る米韓連携を確認する。

*2=拡大抑止とは、自国だけでなく、同盟国が攻撃を受けた際にも報復する意図を示すことで、第三国が同盟国への攻撃を思いとどまらせる抑止力のこと。米国は同盟国である日本や韓国に対し、核を含む「拡大抑止」の提供を約束している。「基本抑止(Basic deterrence)」が、自国の国民や領土に対する核抑止であるのに対し、「拡大抑止」は同盟国への核・通常攻撃を抑止する。拡大抑止は一般的に、「核の傘」とも呼ばれるが、厳密には、拡大抑止には「拡大核抑止(Extended nuclear deterrence)」と、通常戦力による「拡大通常抑止(Extended conventional deterrence)」がある。

Extended-Deterrence

 米韓はさらに、3月にも大規模な野外訓練を含む合同軍事演習も計画している。

米韓で再燃、韓国への戦術核配備論

 米主要シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)が1月19日に出した政策提言が脚光を浴びている。

 政策提言は、CSISのジョン・ハムレ所長とハーバード大学ジョセフ・ナイ特別功労教授が共同座長を務め、超党派の元政府高官や専門家らが討議した結果を踏まえて作成された。

 提言の骨子は以下の通りだ。

一、北朝鮮の核戦力増強を受け、韓国の米核戦力を含む拡大抑止に対する信頼性が揺らいでいる。

二、将来的な戦術核再配備に向けた議論の開始に加え、核兵器の運用政策を巡る米韓・日米韓の協議・連携の深化、ミサイル防衛強化などの取り組みを検討すべきだ。

三、具体的には、再配備の影響や配備先などの研究、警備体制や核関連事故への対応に関する共同訓練の実施をすべきだ。 

CSIS

「米の核の傘」に対する韓国の信頼性が揺らいでいる「事実」については、韓国の尹錫悦大統領が2022年12月30日に韓国紙・朝鮮日報とのインタビューでこう述べていた。

「(北朝鮮の核使用に対する米国の)現状の拡大抑止では韓国民を納得させるのは難しい」

「韓米が共有する情報を土台に、核戦力の運用に関する計画はもちろん、演習と訓練・作戦を共に行うという概念に発展させれば、事実上、核共有に劣らない実効的な方法になる。こうした案に米国も前向きだ」

Why South Korea’s President is Talking About Nuclear Weapons

 韓国と北朝鮮1991年核兵器の製造、配備、使用などを禁じる非核化共同宣言に合意。米軍が戦術核を韓国から撤去した経緯がある。

 同宣言が北朝鮮によって一方的に破棄されたのだから、韓国が戦術核の再配備を求めても当然ということになる。

 尹錫悦大統領が言う「事実上、核共有に劣らない実効的な方法」とは何か。

 朴槿恵政権で外交部長官(外相)を務めた知米派の尹炳世氏が2月15日付の韓国紙・中央日報に寄稿した論考で、その具体的な方策について指摘している。

「韓国は過去に核兵器開発と核物質抽出を試みた前歴がある。これから核武装のための核濃縮・再処理をしようとしても誰も許容しない」

「韓国はすでに技術的には核兵器製造の潜在力を持っている。核不拡散という大義名分を守り、静かにしていることが潜在力を高め、濃縮・再処理に近づく道だ」

北朝鮮の核問題に関しては、拡大抑止の実行力の向上や韓国型核共有の延長線で、韓米原子力協定参加の高官級チャンネルで、核拡散防止条約(NPT)体制下でも多様なオプションの妥当性を検討する価値がある」

「さらに進んで韓米などの民間研究所が提案しているアジア版NPG*3創設案も良い構想だ」

中央日報

*3=NPG(Nuclear Planning Group)は1966年北大西洋条約機構(NATO)内に設けられた核政策機関。核を保有・配備していないNATO加盟国も参加し、核兵器使用・管理・拡散に関する核政策について協議する機関。フランスは不参加。

NATO: Nuclear Planning Group

 米韓双方の元政府高官から出された対韓拡大抑止力強化についての提案に、バイデン政権は今のところ沈黙を守っている。

 元米政府高官の一人、B氏はその背景についてこうコメントする。

「1月の尹錫悦大統領の発言やCSISの政策提案を受けて、韓国の焦りが出ているのは確かだ」

バイデン氏としても手をこまぬいているわけではないが、東アジアの核の均衡を崩せば、『パンドラの箱』を開けかねない」

「韓国の核武装は直ちに日本の核武装を意味する。中国は黙っていない」

「NPG構想にしても日米、米韓、米豪同盟の3か国化、4か国化にする構想も各国の国内政策や世論に左右される政治問題だ」

「政策担当者たちは実際の政策決定には無縁な元政府高官や学者とは異なる。むろんすべてのオプションはテーブルの上にある」

米3代の政権が対北朝鮮で失敗したワケ

 おりしも今、北朝鮮問題に関心のある米知識層で読まれている新著がある。

 2004年から2010年まで4代の歴代大統領の下で7年間、対北朝鮮核交渉に携わっていたシグフリード・へッカー元国家安全保障会議(NSC)核不拡散・生物テロ防御部長が著した『Hinge Points: An Inside Look at North Korea’s Nuclear Program』(いくつかの分岐点:北朝鮮の核開発計画を内側から見る)だ。

Hinge Points: An Inside Look at North Korea's Nuclear Program

 へッカー氏は、ジョージ・W・ブッシュバラク・オバマドナルド・トランプの3代政権が北朝鮮から核兵器開発を放棄させられなかった原因は「6つの決定的瞬間」を見逃した「異常ともいえる外交的、技術的な取り合わせによって成否を天秤にかけ、それに失敗したからだ」と断定している。

 同氏は以下のように指摘する。

ブッシュ氏は260万ドルを払って、寧辺原子炉冷却塔を破壊させたが、核開発には影響はなかった」

オバマ氏の『戦略的忍耐』(Strategic patience)政策は北朝鮮の核再開発の種をまいたに過ぎない」

「2019年、金正恩氏はトランプ氏とのハノイ会談で核開発で大幅譲歩しようとしていたのにトランプ氏は席を蹴って帰ってきてしまった」

「その間に北朝鮮は、核を放棄したイランリビアのたどった無残な結果や、ウクライナ核弾頭や戦略機をすべてロシアに返し、その見返りとしてロシアから国家安全保障を得たにもかかわらずクリミアを併合されてしまった事例を見てきた」

北朝鮮にとってはまさに他山の石だった。核兵器は唯一絶対の守護神になってしまった。そして米国の対北朝鮮非核化は失敗し続けている」

北朝鮮に対する限定的な取引は、核開発の速度を遅らせるにすぎない」

「必要なのは手元にある外交的、経済的、情報的、軍事的手段すべてを使って北朝鮮の核拡散を阻止する以外にない」

 バイデン氏と同氏を取り巻く対北朝鮮政策立案ブレーンは、どう出るか。

 退路を断ったかにみえる金正恩氏が核実験に踏み切った時のBプランの中にあるのは、戦略核再配備か、NPGか。

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