日本には、国費によって海外からの留学生を援助する「国費外国人留学生制度」が存在します。本国の学生にはないこの好待遇、利用者の9%を占めるのが中国人です。そのため、日本は中国人留学生に対して最もフレンドリーな国のひとつといわれています。一方、アメリカやイギリスは真逆の状況で、中国人留学生の受け入れを禁止し始めていると、元国連職員の谷本真由美氏はいいます。海外と日本にある「謎のギャップ」を詳しくみていきましょう。

スパイ防止のために「留学を拒否される」中国人留学生

日本は中国人留学生に対して最もフレンドリーな国のひとつで、毎年12万人ほどの中国人留学生が日本で学んでいます。

今のところ中国人留学生に対する入国規制は緩く、試験に合格し日本政府の国費外国人留学生に選ばれた場合、日本政府は往復の航空券とか毎月14万円ほどの奨学金、大学の学費まで負担してくれるという好待遇です。

中国人留学生はこの国費外国人留学生の9%ほどを占め、毎年およそ800人がこれらの費用を支給されています。

ところがその一方で、海外では状況がかなり異なっています。アメリカとイギリスの場合は2年前から国家安全保障政策のため中国の大学との提携を解消し、大学の特定分野での留学生の受け入れを国の安全保障の観点から禁止し始めているのです。

イギリスが「中国人留学生」を厳しく規制するワケ

特に最近厳しくなったのはイギリスです。イギリスの場合は中国人留学生が博士号やポスドク(研究生)に応募する際、ATAS(Academic Technology Approval Scheme)という仕組みに沿って学生ビザを取得する前にイギリスで学習する専門が、出身国で大量破壊兵器の製造や軍事目的に使用されないという証明を取得する必要があります。

ただしこの証明は日本やアメリカ国籍の学生の場合は必要がなく、中国人に関しては必要になります。これはイギリス政府がイギリスの大学の研究成果や知的所有権が中国で軍用に転用されることを恐れたためです。ATASが適用される学術分野はかなり広く、医療関係から工業なども含まれます。

証明書の取得はオンラインでもできるようになっていますが、母国での就労状況の証明やリファレンスが必要で、かなり細かい部分まで証明が必須になっています。

2022年に入りイギリスの国内治安維持に責任を有する情報機関である保安局、いわゆるMI5(Military Intelligence Section5)の長官は、中国共産党による西側の知的財産を対象としたスパイ活動が増加しており、ATASが開始してからすぐに50名以上の中国人留学生がイギリスから退去したと述べています。

さらにイギリス政府はイギリスの各大学に、中国共産党人民解放軍とつながりが強い大学との提携を停止するように求めています。

政府からの通達に違反した場合は大学にどんな問題が起こるかわかりませんので、すでにイギリスの大学はさまざまな中国の大学との提携を解消し始めています。

「対スパイ」の姿勢を強める欧米。一方、日本は…

イギリスの「とにかく中国とのつながりを断つ」方向へ

また今後どのような規制が発生するかわかりませんので、大学との提携だけではなく共同研究や研究者の招聘、会議の共同開催などもやめるところが増えてきています。

これはシンクタンクイギリス政府の調査で、イギリスのトップ24校の大学のうち14校の大学が中国の軍事技術会社や中国人民解放軍とつながりがある大学などと発表されたことも大きいでしょう。

マンチェスター大学の場合は同校が開発したアプリが中国で軍事企業により使用され、ウイグル人の監視に使われたということが指摘されて提携を解消しています。

このような例の場合、ソフトウェア製品などの一部が中国で軍事目的に使われる可能性もあります。

イギリスの大学側はどのように使用されるかということを確認できなかったり自覚していなかったりする場合があり、とにかく中国とのつながりを断つという方向に動いている大学が多いのです。リスクを避けることが難しくなるからです。

一方でシンクタンクの「Henry Jackson Society」によれば、イギリスでは900人近い中国人学生が軍事関係の技術や知識を学んでいることが明らかになっています。

アメリカは「12時間ごとに」中国のスパイ活動を調査

MI5と共同で中国のスパイ活動に対処しているアメリカのFBIは、アメリカ政府は12時間ごとに中国のスパイ活動に関する調査を開始するような状態で、過去7年で中国の西側の知的財産に対するスパイ行為は1,300%増加したと述べています。

2021年にはイギリス外務省が税務当局とともに、イギリス国内の重要機密を中国に漏洩した疑いで複数の大学を調査しました。そしてまたイギリス情報局の秘密情報部、いわゆるMI6(Military Intelligence Section6)も10以上の大学を調査したのです。

さらには輸出法違反で調査を受けた大学の教員や研究者は約200名に達します。イギリスの法令である「2008年輸出管理令」では重要機密などの漏洩は最高で懲役10年と重い罪なのです。

一方、「スパイ防止法」が存在しない日本では…

日本国内では日本の大学が軍事研究をすることが左翼系の人々に非難され話題になります。

しかしなぜか日本国内で軍事技術に転用可能な技術や知的財産に接触する中国人民解放軍とつながりのある研究者や学生のことはまったく取り上げられないようですね。

谷本 真由美

公認情報システム監査人(CISA)