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(写真:共同通信

「説明が圧倒的に足りない。外から決められた締切りを守らなければいけないという感じでせかされてきた。何なんだというところはある。われわれは独立した機関であって、外のペースに巻き込まれずに議論すべきだった」

13日に行われた原子力規制委員会の臨時会合でこう発言したのは、杉山智之委員。原子力規制委員会(以下、規制委員会)とは、福島第一原子力発電所事故を踏まえて設置された組織。専門的知見に基づいた中立公正な立場で原発の安全を管理してきた。

“外のペース”とは、岸田首相の閣議決定のことだ。’11年東京電力福島第一原発の事故後、歴代首相が貫いていた“脱原発依存”の姿勢。岸田首相’20年の総裁選で「原発の建て替えや新増設は想定していない」と表明していた。

「しかし、岸田首相は、昨年8月のGX実行会議で、原発の新増設と運転期間の延長を検討することを指示。原発回帰へと180度方針を転換したのです。規制変更が行われる3日前の2月10日岸田首相は原発の新設や安全審査などで原発が止まった期間を運転期間から差し引くことで、実質的に“60年超”運転を可能にする方針を閣議決定していました」(全国紙記者)

その結果、13日の会合では、閣議決定を追認する結論に。

「原発の運転期間は“原則40年、最長60年”と規制されてきましたが、今回の会合で60年を超えて運転可能にする見直し案が決定されました。運転開始30年を起点に10年以内ごとに安全性を審査し、認可されれば運転できるというものです」(前出・全国紙記者)

経産省と規制委員会の間で根回しも

原発の安全性に関わる規制だが、委員会内での意見は分裂していた。5人いる委員のうち、石渡明委員が「60年以降にどのような規制をするのか具体的になっていない」と疑問を呈し「われわれが自ら進んで法改正する必要はない」と反対を表明したのだ。

にもかかわらず、安全性に関する重大な決定は多数決で採決された。その結果、冒頭のように賛成派の委員さえも“結論をせかされた”と苦言を呈する異常事態となってしまったのだ。

“独立した意思決定”を活動原則に掲げる規制委員会だが、その独立性が揺るぎかねないほど、岸田政権と歩調を合わせているように見える。

「今回の決定は、すべての面において強引だった」と指摘するのは経済産業省原子力小委員会の委員でNPO法人原子力資料情報室」の松久保肇事務局長だ。

「規制委員会は、事務方である原子力規制庁にリードされるように議論を行っていました。というのも、規制委員会の議論が始まる前に、原発推進を担う経済産業省の職員が原子力規制庁の職員に根回しを行っていたことが発覚したのです。

規制委員会で運転期間が議題に上がったのは昨年10月ですが、7月時点で経産省は規制委員会が所管してきた運転期間規制を経産省に移管する方針と国会提出時期を規制庁に伝えていました。

規制委員会のメンバーが『せかされていた』と不満を口にしていたのもこれが理由でしょう。規制委員会は岸田政権のシナリオどおりに進められたのです」

これらの結果、老朽化した原発の危険性について十分に検証されぬまま、60年以上の運転が認められそうだ。伊方原発3号機の建設を手がけた三菱重工の元技術者だった森重晴雄さんは、そのリスクをこう警告する。

「核燃料が入った原子炉圧力容器が劣化することがもっとも大きな問題です。原発の心臓部である原子炉は炭素鋼で造られていますが、この素材は核分裂によって生じる高エネルギーの中性子線に弱く年を経るごとにもろくなっていきます。さらに原子炉を冷やすホウ酸水による腐食も問題。西日本に多い加圧水型の老朽原発は、原子炉をホウ酸水で冷却します。炭素鋼はホウ酸水にも弱く、補強するためにステンレスでコーティングしていますが、経年により隙間からホウ酸水がしみ込み腐食しやすくなるのです」

腐食が進むと、どうなるのか。

「原子炉は高温ですから、わずかでも圧力容器に腐食が生じると一気に亀裂が広がり、冷却水が漏れ、原子炉を冷やせなくなります。そうなると炉心溶融が進み、大事故につながる可能性もあるのです」

■あふれ出るウクライナ危機への便乗感、電気代値上がりの可能性も…

なぜこれほどリスクのある原発政策が強引に進められるのか。

ウクライナ危機や電気料金の高騰に乗じて原子力政策を進めてしまおうという意図でしょう。しかし、原発の新設については’30年代に建設開始という計画。運転期間を60年超に延長する件に関しても、少なくともこの先10年間は関係なく、焦って議論することではありません」(松久保さん)

岸田政権は、原発推進の理由として、エネルギー価格の高騰を挙げている。確かに、ここ最近の電気料金の値上がりは深刻なものだ。しかし、松久保さんは原発推進により、むしろ電気料金が高騰する可能性を指摘する。

「われわれの試算では’11年から’20年までの原発の維持費は17兆円。国民1人あたり年1万3千円の費用が、電気料金に上乗せされてきたのです。また、原発の新設には1兆?2兆円のコストがかかり、その費用を政府は『事業環境整備』という名目で国民に押しつける方針。原発推進により短期的には電気代が安くなるかもしれませんが、長期的に見れば維持費や建設費によって電気料金が値上がりする可能性があるのです」(松久保さん)

福島県双葉郡で唯一、原発事故後も避難せず入院機能を守った高野病院の高野己保理事長が語る。

「深刻な被害をもたらした福島第一原発事故の教訓を岸田政権は放棄するのですね。日本という国は、国を守っても国民を守らない、ということがよくわかりました」

一連の批判を受け岸田首相は17日、新規建設や運転延長について、国民に丁寧に説明する準備を進めるよう大臣らに指示した。しかし、結論ありきの進め方では、国民の不安がなくなることはないだろう。