特殊詐欺が大きな社会問題となっている。裏で糸をひく首謀者らが逮捕に至ることは稀である一方、末端の受け子たちの逮捕は珍しくない。

一審、二審ともに有罪判決(詐欺罪)を下され、無罪を争って上告中の女性被告人(43)がいる。うつ病で働けず、借金返済のためにTwitterで「在宅ワーク」と検索した女性は、「つらい時はいつでも電話して」など自身の病気にも親身になって寄り添ってくれる電話の相手男性を信じ、特殊詐欺の受け子となってしまった。

女性はなぜ、どのように特殊詐欺の受け子となったのか。話を聞くと、社会に馴染めない人の孤独や弱みにつけ込み、それを巧みに利用する手口が浮き彫りになった。(ライター・高橋ユキ

うつ病、別居、借金、引きこもり、夜の仕事

2月上旬、都内の弁護士事務所で筆者のインタビューに応じた被告人(43)は、時に言葉をつまらせながら、事件に至るまでを話してくれた。

首都圏で生まれ育った被告人は専門学校を卒業後、官公庁の外郭団体に就職した。夫と知り合って交際し、25歳の頃、結婚を機に退職。専業主婦だったが、再び働きたいとパートを始めたところで、うつ病を発症する。投薬治療を受けながら仕事を続けていたが、業務量の多さなどブラック企業とも言える環境から、うつ病が悪化し仕事を辞めざるを得なかった。

夫は被告人に寄り添い、病院へも同行していたというが、被告人は退職後の寂しさを埋めるため、観劇にのめりこむようになる。借金は240万円にまで膨らんだ。夫とは別居することになり、実家に戻ったという。

借金を返済しなければと夜の仕事を始めたが、うつ病の影響もあり、長く勤めることは難しい。再び実家にひきこもる生活となったが、焦りが生じていた。

事件を起こす少し前には、SNSで見つけた仕事に応募したところ、逆に16000円を騙し取られる出来事があった。さらに、それを取り返そうと「回収屋」に接触、依頼金を支払わされた挙句、逃げられていた。

実際SNSでは、驚くほど簡単に「仕事」が見つかる。

たとえば「#お金に困ってます」とタグ付けして発信すると、いくつもリプライがつく。いわゆる“お仕事紹介”だが、この中身は違法なものや、またはお金に困っている人を陥れるものであることが少なくない。「#高収入」「#副業」などのタグで検索をかけると、仕事を募る発信がずらりと出てくる。投稿にはときに「#ホワイト案件」といったタグも並ぶ。

●「病気、つらいですよね」優しく説明してくれた

被告人はTwitterで「#在宅ワーク」と検索し、今回の首謀者らのアカウントを見つけた。彼らは「ブラックではなくホワイトな案件」である旨、発信していたという。

「そのアカウントにDMを送ると、向こうが、テレグラムだと……電話番号とか公開されないので、おすすめですというふうに言ってきたので、テレグラムをダウンロードしました」

被告人は、言葉を選びながらなのか、ときおり言葉に詰まりながらも、たどたどしく語る。テレグラムの存在をこの時初めて知ったという。ダウンロード後に、先方からテレグラム経由で着信があった。アカウント名は「e」。被告人は「e」から2時間、“お仕事の説明”をされ、すっかり相手を信じきってしまったという。

「相手は男性でした。話し方は……なんか、普通に怖い感じもなく、あ、でも物腰柔らかいというか。若い感じもしました。感じがよくって、私が自分の病気のことも話して……日数が多いと出勤できないと思います、とか、長時間勤務は難しいと思うんですが大丈夫でしょうかと聞いたら、それも全然大丈夫です、みたいな。

『病気、つらいですよね』とか『もし夜とか、お辛い時とかあったら、いつでも電話してくれたら話を聞きます』って言ってくれたり、優しい印象だったんです。

その当時は、両親とあんまり関係性がよくなかったので……もし両親と関係性が良ければお金を両親に工面してもらうとか、多分できたのかもしれないんですけど、自分でどうにかしようと思っていた部分もあって。

そういうことも話していたら『両親の元から離れるのもいいかもしれない。うちの会社では寮とかも用意しているので、もしご希望でしたらどうぞ』と。いろいろ説明もあったので、ほんとに、ちゃんとしてそうな会社なのかなと思いました」(被告人。以下「」内同)

●「違法じゃないんですよね」と聞くと…

この事件直前には、応募した別の仕事が「他人のキャッシュカードでお金を引く仕事」だと事前に分かったことから断っていたという出来事があった。そのため電話で「違法じゃないんですよね」と聞くと〈そんなことなくて、ちゃんとした会社なんで、安心してください〉と言われ、相手を信頼したのだという。

友人もほとんどおらず、両親とも会話がなかったため、人との会話が久しぶりだった。2時間のテレグラムの通話で、被告人は「e」から“暗号資産の書類を受け取る”仕事であると説明を受け、これを信じ、仕事を始めることを了承した。

接触の時期ははっきりしないが、「事件よりそんなに前のことではない」と説明する。

1回の受け渡しで3万円。夜の仕事をしていたこともあり、金額については違和感なく受け入れていたという。違法性のない普通の「仕事」であると思っていたため、荷物の受け取りに必要であろうと氏名と住所を伝えた。さらに、身分証明証を顔に近づけて写真を撮影し、これも送っている。

“仕事をする”と決めてからのやり取りは、テレグラムからシグナルに移行した。これも同じく、秘匿性の高い通信アプリだ。「J」というアカウントから連絡があったというが「伝えてくる人は同じ声だったので、eと同一人物だったと思います」と被告人は振り返る。

●「仕事がやっと決まった」

お金の受け渡しは2021年9月24日と25日にあった。この直前である23日に「J」からシグナル経由で連絡が入った。

「『明日お仕事できますか』って言われて、仕事がやっと決まって、安心っていうか、そんな気持ちになりました。

24日の午前だったか、時間を指定されて『その時間にいてください』っていうことで、自宅で宅配員から荷物を受け取りました。荷物が届いたら今度は別の『タキヤ』と名乗る人物と、シグナルをつなげっ放しにして、それで『荷物届きました』っていう連絡をして。

えーっと、そこから配車アプリでタクシーを呼んで、指定された公園に行くような指示があって、向かいました。一応その首謀者、は何かその……『体調も考慮して近めな公園にします』って言ってくれました」

指示されるままに受け取った荷物とともにタクシーで公園に到着すると『タキヤ』から〈その公園に男性いませんか、こういう服の感じで……〉と説明されると、公園にいたそれらしき男性も同じように携帯を手にして近づいてきた。荷物を渡し、報酬の入った封筒を受け取ったという。3万円と言われていたが、中に入っていたのは2万円だった。

仕事をした後、心療内科を受診し、主治医にも、「仕事をした」と説明した。当時はこれ以外、仕事などしていない。事件のことを指して「仕事」と言った。そのことはカルテにも残っている。

翌日も同様の流れで、同じ公園に向かった。受け取りに来たのは、今度は女性だった。 「男の人も、女の人も悪いことをしなさそうな普通の人です。男性は20〜30代くらい、女性は30代くらい。女性はちょっと小太りで、主婦っぽいといえば主婦っぽい。2人ともカジュアルな感じの人でした。どちらとも会話はしていません」

受け取った箱はそれぞれ菓子箱のようなものに入っており、重たさも感じず、「暗号資産の書類」だと思っていたという。

●警察から電話、Jに連絡すると「どうしたんでしょうね」

被告人は、自分の行為は、暗号資産の書類を自宅で受け取り、公園で渡す“仕事”だと思っていた。思わぬ展開になったのは、2日目の事件直後のことだった。最寄りの眼鏡屋を訪れ、眼鏡を作っていた被告人のスマホに、見慣れない番号から不在着信が何度かあった。手が離せなかったため、メガネを作り終えてから確認すると高知県からの着信だった。

「私は四国に一回も行ったことがなくて、あと親族も四国にいないし友達ももちろんいないので、何だろうと思っていました。そのあとに母親から連絡があって『宅配会社から先日の宅急便を返して欲しいと連絡がきた』みたいなことを言われて、でも私はもう公園で次の引き渡しの人に渡してしまったので手元にないなと思って『持ってないよ』と言って、電話を切ったんです。

何があったんだろうと思って首謀者の『J』に連絡をして『お客さんから荷物を返して欲しいと宅配会社に言われたけど、どうなっていますか』と伝えたんですが……『どうしたんでしょうかね』みたいな、他人事だったので、あれ? と思っていました。

今度は父から電話があって『高知県警の方から電話があって、運んだ荷物の中身は現金だったということだから、早く警察に折り返しなさい』って。ここで初めて、すごいびっくりして、なんか大変な事件に巻き込まれたのかなと思い……動揺して……また『J』に電話をかけて、どういうことですかって聞いたら『うちは現金なんか扱ったりする会社じゃない』みたいな説明だったと思うんですけど、そう言われて。

この時点で、ああ、もう警察から電話も来ているから、多分この人たちは悪い人たちなんだろうって思って。それと同時に、私はもう本名と住所、あと身分証明書の写真と自分の顔と身分証明書を一緒に写した写真を送ってしまっていたので、もし警察に言ったら両親とかになにか危害とかがあったらどうしようと思って。

Jに『私はどうしたらいいですか』ってまた聞いたら『宅配会社を名乗る人に返したと説明してください』って言われて、従うしかないと思って、あとで警察に折り返した時に指示されるまま伝えました」

●警察の接触後も「J」たちは仕事を依頼してきた

その後は逮捕までの数日おきに高知県警から連絡を受ける日々だった。「J」たちとの連絡は自分からは絶っていたが、彼らはそんな状況であっても、たびたび、新たな“仕事”の依頼を被告人に相談してきたという。

「私はもう、ちょっと仕事は……できない、できないですって、伝えてたんですけど、それでも『仕事はどうですか』って言ってきて、全てもちろん断って……」

被告人は自宅を訪れた高知県警の刑事らによって逮捕された。

「警察からは度々、電話がきていましたが、逮捕されるとは全く思っていませんでした。荷物の中身が現金だと後から分かったこと、それが高齢者の方が送ってしまったものだったということで、被害届が出ているって言われてたので、捜査の協力になればいいかなって思って電話では話していたので驚きました」

被告人は自分が逮捕される可能性を認識しておらず、高知県警からの連絡は“捜査協力”だという認識で応じていたという。テレグラムやシグナルでのやり取りも、やりとりが消えても確認できるようスクリーンショットで保存しており、これを警察に提供してもいる。

●「何でも疑うのが僕らの仕事」「もう殺してください

女性が住んでいた首都圏の自宅から、飛行機に乗って高知の警察署まで刑事らと移動した。逮捕後の取調べで被告人は、自分が荷物を運んだ時点で中身が現金だと認識していなかったことを伝えたが、信じてもらえなかったと、落胆した様子を見せる。

「警察は、これまで正義の存在っていうか、困っていたら助けてくれる、そういうイメージだったんですけど……。『何でも疑うのが僕らの仕事だから』と言われ、何を言っても信じてもらえなくて、私の思い描いていた警察とはちょっと違うから残念だなって思いました。

『仲間を庇わなくていい』とかも言われました。私、高齢者施設のこととか、全く何も知らない。本当にただ、荷物を受け取っただけなんで、仲間も何もないのに……」

勾留は約3カ月続いた。うつ病パニック障害を抱える被告人に対し、睡眠薬などは警察でも処方されたが、精神状態はどんどん悪化した。

「信じてもらえなかったことで……心が削られていくっていうか、もともとうつ病なんですけど、勾留が長くなるにつれ、もう本当に辛くなってしまって。『警察署って銃があるんですよね、それを持ってきて、もう殺してください、私が素直にお話ししても、何も信じてくれないならそうしてください』って。

女性の検察官もイライラした口調で怖いな、と思いました。有罪にしたいんだろうな。全責任が私にのっかっているんだなと思いました」

●老いた両親に

逮捕後に離婚。保釈された後、両親が暮らす自宅に戻り、生活している。独り立ちしたいと思ったゆえの仕事探しから、逆に両親に負担をかけることになったと苦しみを抱える。

「借金は返している途中で、いまは2桁です。私が働けないんで親に肩代わりしてもらっているので心が苦しくて……月に3万の返済です。親も高齢なのに出勤日数を増やして、私のために、借金や裁判費用とか負担してもらっている……そういうのを考えるとなんか、生きてて苦しいなって」と涙を拭きながら言った。

一審、二審ともに有罪判決だった。もし上告が棄却されれば、刑務所に入ることになる。不安は消えない。

「観劇はもう行っていません。楽しんでいいのかっていう気持ちにはなって。事件後は精神病院に入院してその後は精神障害者手帳2級を取得しました。辛いけど、裁判があるから生きなきゃと思って。

刑務所だとお薬ももらえないっていう話を聞いたので、正常な気持ちでいられなくなって、自分が誰かもわからないような状態になったりとか、怖いなっていうのがあります」

【プロフィール】高橋ユキ(ライター):1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「つけびの村 噂が5人を殺したのか?」(晶文社)、「逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白」(小学館新書)など。好きな食べ物は氷

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