ついに中学生の囲碁棋士、仲邑菫三段がタイトルを獲得した。第26期女流棋聖戦三番勝負第3局が2月6日に打たれ、上野愛咲美女流棋聖(21)を破り、仲邑菫挑戦者が新・女流棋聖となったのだ。

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 13歳11カ月でのタイトル獲得は、藤沢里菜女流本因坊・女流名人(24)の15歳9カ月を大きく更新する最年少記録だ。若き女王誕生に、NHKや民放各社はトップニュース、大手新聞社は一面で報じるなど大きな話題となった。

敗戦を機に自分に課した「碁漬け」の生活

 今回の女流棋聖戦ざっと振り返ってみよう。仲邑はまず、トーナメントを勝ち抜き、挑戦者決定戦で藤沢に勝って挑戦権を獲得。これだけでも少なからず世間に衝撃を与えた。

 女流棋聖戦三番勝負は1月19日に開幕し、第1局は上野が貫禄を見せて1勝する。中盤までいい勝負だったが、後半に失速した仲邑は「自分を信じ切れなかった」と反省の弁を述べた。

 第2局は序盤で上野が大きくリードする。しかし仲邑は慌てず騒がずじっくり構えてチャンスを待つ。上野は「ハンマー」というニックネームがあるほど力強い戦いが持ち味。しかし、あまりのリードにそのハンマーを振り回さなくても勝てると思ってしまった。手堅く打ち進めると、差がどんどん縮まっていく。そして最後、上野が二択で価値の小さなほうを選んでしまい、大逆転で仲邑が半目(最少差)勝ちを収めた。

 これで流れが一気に変わった。第3局は盤面全体で戦いが続く難戦となったが、勝ちを確信した仲邑がふっと冷静に兵を引き、タイトルを手中に収めた。上野に競り勝った仲邑は「上野先生に勝てたのは大きな自信になった」と笑顔を見せた。

 仲邑の転機となったのは、昨夏にあった扇興杯決勝戦だろう。初タイトルがかかった一戦、中盤でAIが「99%勝ち」と判定するほど仲邑優勢だったのだが、大逆転負けを喫した。勝ちを意識し、対局中にタイトルが頭をよぎったのか、気の緩みや焦りからずるずると後退してしまったのだ。終局直後は大勢の報道陣の前で涙をぬぐう仲邑の姿があった。

 ここから仲邑は「自分を信じることができるほどの努力」を課すようになったという。朝6時起床、夜は8時半には寝る。散歩はするがそれ以外はすべて碁漬けの生活を送っている。その努力が報われたのが第2局だ。大きく劣勢になってもメンタルで崩れず、チャンスを待てる精神力の強さが勝ちにつながった。

井山裕太本因坊も太鼓判を押す実力

 トップ棋士である2人を倒しての快挙。仲邑自身は、「(目標だった中学生のうちに)タイトルを獲れたことは奇跡」と話していたが、最年少記録を塗り替えられた藤沢は、「13歳でのタイトル獲得は本当にすごいことだと思います。ただ、菫さんの実力からしたら不思議はない。研究会でも一緒に勉強していて、普段からそのすさまじい努力を感じていました」と褒め称えた。

 囲碁界の第一人者である井山裕太本因坊(33)も、仲邑の実力にこう太鼓判を押す。

「成長が目覚ましいので驚きはしないが、実際に結果を残すのは素晴らしい。まだまだ若く、伸びしろはかなりのものがある。将来的には七大タイトル戦などでもトップ争いが期待できると思うし、その時に自分が受けて立てる立場でいたい。そういうモチベーションにもなる存在です」

 だが、女性棋士のツートップである藤沢、上野に追いついたという見方はまだ少ない。

 女流棋聖戦の対局後、レジェンド棋士である石田芳夫二十四世本因坊(74)は、「(上野)愛咲美ちゃんが別人のように変調だったからね」と、仲邑の実力より上野の不出来を指摘していた。また、大竹英雄名誉碁聖(80)も、「愛咲美君らしくなかったけれど、それも菫のパワーなんだろうな」と振り返っていた。

 確かに第2、3局の上野はいつもの上野とは思えない戦いぶりだった。上野もまだ21歳。初めて年下の挑戦者を迎え、いつも通りの力を発揮できなかったのかもしれない。

「戦闘的で攻撃的」な棋風が最大の長所

 とはいえ、少なくとも藤沢、上野を脅かす存在に成長したことは事実で、今後数年以内に追いついても何ら不思議はない。そんな仲邑の強さはどんなところにあるのか。

 仲邑がプロ入り前、韓国で修業したときに指導していた韓鐘振九段(43)は、碁の技術以外にも心を行き届かせ、長所を伸ばせるように見守ってきたという。

「菫は勝負に対して幼いけれども強烈な心を持っていました。ものすごく戦闘的で攻撃的な碁で、今もそのスタイルを維持しながら成長しています。あまりに攻撃的なスタイルだと最初は勝率が悪くなる可能性があり、普通はそこで戦いをセーブさせようとするのですが、私は菫に『負けるのを恐れて萎縮してはいけない』と教えました。長所を最大化してより大きい夢を見ることができるように成長してほしいと思ったからです」

 その一方、AIを使った分析を得意とする林漢傑八段(38)はこんな評価をする。

「菫さんの強みは厚みの使い方と、戦いの引き際の判断が素晴らしいところ。特に後者は経験によって培われるもので、13歳とは思えない打ちぶりです。もっとも菫さんは3歳から碁を毎日毎日、10年やってきて経験は豊富ですが、想像以上のスピードで強くなっている印象を受けます」

 経験や努力によって、決して攻めるだけでは勝てない、戦いの呼吸が重要だということを仲邑自身もしっかり理解してきたのだろう。ただ、芝野虎丸名人(23)は、「仲邑さんの逆転力が目につきますが、それはそれまでの打ち方が甘く、苦しくなっていたことの裏返しでもあります」と序盤、中盤までにまだ課題があることを指摘する。

敵は藤沢、上野のツートップだけじゃない

 このまま勢いに乗って2つ目のタイトルも狙いたい仲邑だが、前出の上野、藤沢をはじめ、いまの囲碁界には多くの強敵が立ちはだかっている。

 昨年の勝ち星ランキングは、1位:上野(54勝20敗)、2位:藤沢(51勝22敗)、3位:仲邑(48勝22敗)、4位:一力遼棋聖(47勝21敗)、5位:芝野虎丸名人(44勝19敗)となっており、上野、藤沢のツートップに仲邑が迫る構図だ。

 だが、藤沢、上野のふたりは女流棋戦にとどまらず、一般(男女混合)棋戦でも活躍を見せている。特に上野は全棋士参加棋戦の竜星戦でも元名人の高尾紳路九段(46)、元十段の村川大介九段(32)、現役タイトルホルダー許家元十段(25)を破って準優勝した実績がある。

 若手棋戦の「若鯉杯」では、3年前に藤沢が優勝し、ここ2年は上野が連覇している。阿含桐山杯(全棋士参加)優勝の平田智也八段(28)らを破っての優勝は、上野が名実ともにトップ棋士の一人であることを証明した。さらに上野は国際戦センコーカップで優勝し、日本勢悲願の女流世界チャンピオンにもなった。

 一方の藤沢も七大棋戦の天元戦十段戦で女性初のベスト8に入り、挑戦者まであと一歩のところまで来ている。

 さらに囲碁界では仲邑よりも若い有望な棋士が続々と誕生しており、仲邑自身もうかうかしていられない状況だ。仲邑は「今後は一般棋戦でも頑張りたい。後輩たちに尊敬されるような棋士になりたい」と意欲を見せる。

 女流棋聖3連覇の実績があり、『ヒカルの碁』監修でも知られる吉原(旧姓・梅澤)由香里六段(49)は、「女性棋士はいま、若手活躍の相乗効果で全体的にどんどん強くなっている」と、レベルアップを実感しているという。

 現在は藤沢女流名人への挑戦者を決めるリーグ戦の真っ最中だ。2月20日には4戦全勝同士で上野と仲邑が再び激突し、今度は上野が勝利。リーグ単独トップに立った。藤沢を含めた3人の覇権争いはまだまだ続く。

 将棋と違って囲碁は国際棋戦があり、日本勢は世界ナンバーワンの地位奪還という同じ目標に向かっている。もちろん仲邑もその起爆剤として大きな期待が寄せられているが、囲碁界全体の活性化という意味でも、今後の活躍がますます楽しみである。

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上野愛咲美女流棋聖(左)を破って新・女流棋聖になった仲邑菫(筆者撮影)