EV市場で販売台数トップを誇るテスラ。充電切れなどの問題から普及しないといわれてきたEVですが、テスラはその課題をどのように解決し、カリフォルニアを中心にEVを普及させることができたのでしょうか。みていきます。

一度乗ったらやめられない…テスラのEV

テスラは、03年7月にマーティン・エバーハードとマーク・ターペニングによって設立され、販売台数93万台(21年時点、22年は131万台)を超えた販売台数トップのEVメーカーである。08年から創業期の資金の大半を支えたイーロン・マスクがCEOに就任している。

09年に「ロードスター」という高級スポーツカータイプのEVが生産され、12年にセダンの「モデルS」、15年にSUVタイプの「モデルX」、17年には価格を抑えた量産型セダンの「モデル3」を市場に投入。2020年には、ミッドタイプのSUV「モデルY」を発表している。

このうちモデル3は、21年単体での販売台数が50万台を超え、世界で最も売れているEVとなった。北米でも現時点では、新たに販売されたEVのうち8割弱をテスラが占める、まさしく一強状態にある。

テスラはガソリン車両を電動化することで生じる移動の課題(ペイン)を解決し、業界に先んじてEV市場を開拓してきただけではなく、一度乗ったら“やめられない”圧倒的な顧客体験を創造したことがポイントになる。

顧客体験価値を抜本から変えた

テスラが他社よりも優れていたのは、それまでのEVの根本的な課題に目を向け、それを改善する方法を考え、顧客にとって魅力的で価値のある製品に仕上げたことである。

中国、欧米に比べて日本ではまだまだガソリン車からEVへの移行が進んでいないが、その背景には、顧客がガソリン車からEVに乗り換えるときに生じる課題がある。

テスラがEVの販売を開始した当初も同じ課題に直面していた。航続距離と充電の問題である。EVはガソリン車に比べて航続距離が短く、途中でバッテリーがなくならないか不安になる。充電がなくなりそうになった場合、ガソリン車の場合はガソリンスタンドが至る所にあるが、EVの場合は充電を行うチャージングステーションがまだまだ少ない。また、ガソリン車の場合はものの数分で満タンにできるが、それまでのEVでは半日以上も充電しなければならないことも多々あった。

こうした課題があるため、限定的なシーン以外ではEVは使えず、「EVは普及しない」という見方が一般的だった。では、テスラはこれらの課題をどう解決したのだろうか。

テスラは、デザイン思考を広めたd.schoolとコラボレーションすることを2010年に発表するなど、早くからデザイン思考をプロセスに適用していたことで知られる。

イーロン・マスクは、「私たちは、自動車をほぼすべての観点で見直すこととしている」と述べており、抜本的に自動車での体験をリデザインしようとしている。従来、EVが抱えていた航続距離と充電の課題をイノベーションで解決することを目指した。

まず、テスラは航続距離の問題に対して、バッテリー性能を上げることで一度の充電で500㎞を超える走行も可能な状況を作った。例えば、モデルSで637㎞、モデル3では689㎞の航続距離を達成している。この水準であれば、旅行に出かけるにしても十分な距離である。

一方、充電の課題に対しては自社の負担で急速充電インフラを拡充させることで対応した。テスラの急速充電器「スーパーチャージャー」は、15分の充電で最大275㎞相当分という最速レベルの充電速度を誇る。

導入当初の12年はボストンロサンゼルスサンフランシスコといった戦略的な地域の6ステーションから始まり、特に量産型のモデル3投入に合わせて投資を重ねた結果、年間30%を超える増設を続け、全世界で4200カ所、3万8000台以上(22年第3四半期)を設置するまでに至っている。これらスーパーチャージャーはコネクテッド化されており、テスラユーザーはリアルタイムに混み具合を確認できるため、最短距離で空いている充電設備にたどり着ける。

旅行に際しては設定した目的地に合わせて残りのバッテリー容量を計算し、移動距離や充電の待ち時間が最短となるルートを提示する機能も備えている。これにより利便性が格段に増し、顧客に安心を提供しているのだ。

購買体験も車内体験もイチから刷新

テスラはEV特有の課題を解決するだけではなく、EVならではの魅力も追求している。動力源となるモーターの特性である瞬発力や高トルクを生かした走りを実現しており、例えばモデルSの場合は時速0㎞から100㎞までの到達時間は2.1秒(公称値)というスポーツカー並みの加速体験を実現している。初期のテスラユーザーはこぞってこの体験に感動しており、オーナーからよくこの自慢話を聞かされた。新しい走行体験も、テスラが選ばれる理由といえる。

テスラは購買体験も変革している。古典的なディーラー販売をやめ、アンテナショップによる洗練されたイメージの発信と、オンラインサイトで手軽に車を購入できるフローを整備した。米国のディーラーでは営業パーソンがそれぞれ販売ノルマを持っており、過剰な勧誘などで購買体験が損なわれることが少なくなかった。テスラディーラーの中間マージンを排除したり、車体カラーやモデルを自由に選べるようにしたりするなど、買い物の楽しさを演出することに成功した。

同様にテスラは退屈な充電の待ち時間すら楽しい体験に変えた。スーパーチャージャーでの充電時間や買い物の待ち時間などに、大きな車載スクリーンと複数のスピーカーでゆったりとYouTubeやネットフリックスといった動画配信サービスを満喫できる車内体験を実現している。

ハンドルとブレーキペダルをコントローラーとするレースゲームやカラオケなども可能で、車内を顧客が没入できる新たな空間として変革したのだ。これまでのA地点からB地点へ移動するための手段でしかなかった車の定義を大きく変え、個室空間としての価値を生み出したといえる。

ソフトウエアアップデートによって「進化する車」

イーロン・マスクは、15年当時からモデルSのことを「タイヤを付けた洗練されたコンピューター」と呼んでいた。車がiPhoneのようにアップデートされ続けるという考え方である(図表1)。

これは従来の自動車産業が、車をインターネットにつなげて制御することが「コネクテッド」であるとしテスラは12年のモデルSの発売時に、米国の自動車メーカーで初めて車の機能やサービスをソフトウエアアップデートで実現するOTA(Over The Air:無線接続による自動車システムのソフトウエア更新)技術を導入した。

テスラは、通常4週間ごとに新しいソフトウエアアップデートをリリースしている。多くが機能改善とバグ修正だが、年に数回、テスラは大規模なOTAアップデートを行うのが通例となっている。テスラ所有者には事前にメール連絡が来て、夜中の間に自動で車の不具合の修正や機能追加がされる。

実はモデルSの発売当時は開発が間に合わず、Wi-Fiコネクト機能が搭載されずに販売された。しかし1ヵ月後にはソフトウエアアップデートが行われ、いきなり自宅のWi-Fiにつながるようになった。

当時は自動車を購入した後に新たな機能が追加されることなどなかったので(地図データの更新程度)、突然のWi-Fiコネクト機能の追加はユーザーへ驚きと感動を与えた。またクリスマスにはウインカー表示をトナカイアイコン鈴の音に変えられるなど、遊び心も随所にあり、次のアップデートでは何が追加されるのかテスラユーザーは期待している。

モデルXでは、運転席に座ってブレーキペダルを踏むと、ドアが自動で閉まるというアップデートが行われたことがある。従来の考え方では、ドアの開閉機能をブレーキなどの運転機能と連動させるとなると安全性も踏まえた相当な試験や対応工数がかかるため、結果としてソフトウェアアップデートでは「対応しない」とされることが多い。

しかし、テスラは顧客体験の改善を優先してアップデートを実施した。ドアが自動で閉まるといわれても大したことがないように感じるかもしれないが、一度慣れてしまうと、本機能のない他の車両では物足りなさを感じてしまうようになり、じわじわとやめられないテスラの顧客体験に魅了されていく。

ささいなアップデートにとどまらず、テスラは大幅な機能追加もOTAで実施している。中でも、17年にモデルSに追加された「自動駐車の機能強化」には驚かされた。駐車場所の後ろの車が駐車位置をはみ出してほとんどスペースがない状況でも、テスラ車はぴったりと自動駐車できるようになり(自動駐車できる条件あり)、その動画も話題となった。

さらに2020年10月には、カーナビに入力された目的地まで自律的に走行する「フルセルフ・ドライビング・モード」(ドライバーは常に警戒し、車をコントロールできる状態である必要がある)のベータ版の提供もOTAで機能追加された。

プログラム開始当初は運転成績が極めて優秀な数千人のオーナーに限っていたが、22年9月のソフトウエアアップデートでイーロン・マスクは、ドライバーの信頼が高まったため、運転成績の範囲を拡大することを発表。オーナー16万人に提供する計画を明らかにしている。

こうしたフルセルフ・ドライビング・モードの安全性を顧客の運転技術をあてにした形で“実験”しながら確認していくアプローチは、自動車側で最初から完璧な安全性を担保しようとする既存の自動車メーカーとは全く異なる。

OTAで顧客体験を向上させるとともに、ビジネスを拡大する発想には驚きを隠せない。テスラのOTAの取り組みは、そんな時代の到来を感じさせた。

テスラが実践するように、モビリティ産業でもソフトウエアのアップデートが継続的に行われるようになると、ビジネスのつくり方が変化する。オンラインで顧客とのリアルタイムな接続、即時のフィードバックがされることにより、提供価値が変化していく。車のコネクテッド化で商品・サービスにかけるリソースのかけ方も変える必要がある。

従来、製造業は製品の商品化前までに全力のリソースを投下してきた。一方で、IT産業にとってサービスは、リリース後に顧客からフィードバックを受けながら機能の改善をし続けることが最も重要とされる。機能を強化、改善し続ける中で、顧客からの高い支持を得られるかが鍵となる(図表2)。

良いモノを作れば売れる、ではない顧客起点のIoT発想

体験価値の実現にはCASE(※)の中でも「C(コネクテッド)」が重要な技術要素となる。一方で多くの企業でいまだにコネクテッドの意味が誤解されているように感じる。目的は顧客の体験価値を実現することである。コネクテッドは手段であり、目的ではない。

※CASE(コネクテッドConnected、自動化:Autonomous、シェアリング:Shared、電動化:Electric)

2016年ごろから自動車産業を襲ったの4つの破壊的な潮流

少し歴史を振り返りながら解説をしていきたい。車のIT化は1990年代からカーナビゲーションシステムなどの車載器の発展とも連動しながら、渋滞情報など交通情報の提供や車両盗難防止、自動緊急通報といった移動体通信システム「テレマティクス」と呼ばれて進化してきた。

自動車メーカー各社は、例えば、「車がインターネットにつながって便利な専用オーディオが聞けるようになる」など、車の機能を中心に他社の差別化となるオリジナル機能の搭載を目指してきた。まさに「車が中心」のサービスを競ってきたと言える。

米国では各家庭で平均2台の車を保有しているが、こんな話がある。当時A社、B社と異なるメーカーの車に乗っている家族が、ただ同じ音楽を聴きたいだけなのに2台の車を乗り換えるたびに毎回設定を変えなければいけないというクレームだ。これぞまさにカスタマーファーストではなく、車ファーストの顧客体験になっていた。

シリコンバレーD-Labの活動でインタビューしたNSVウルフ・キャピタル・マネージングパートナーの校條浩氏の言葉をお借りすると、このアプローチは「IoT(InternetofThings)」になっておらず」、「ToI(ThingsofInternet)」である(図表3)。

このToIという産業はコト(顧客体験)ではなく、モノ(車の性能)が中心になってしまっており、顧客起点の企業と比べてアプローチの方向が逆であることを鋭く指摘している。ToIの視点では、良いモノを作れば売れるという発想で、自社のハードウエアプロダクトの機能を高め、顧客に提供することに終始してしまう。

一方、顧客起点のサービス企業は、まず体験価値を起点に顧客の課題をどのように解決できるか、対価を払うだけのサービスになっているかを考え、それに合わせてハードウエア側の機能を進化させる。先ほど紹介した車2台を保有する家庭を考えると、同じ顧客がどんな車に乗っても聴きたい音楽を楽しめる機能を提供するのが顧客起点のIoTの発想になる。

実際、昨今は自動車メーカーが自らの車体情報を開示しながらグーグルアマゾンなどのIT企業と連携して、車載インフォテインメント(自動車におけるナビゲーションやマルチメディアシステム)のソフトウエアを開発する流れも出てきている。グーグルの場合であれば、顧客が保有するグーグルアカウントと車をシームレスに連携し、個人のライフスタイルに合わせた体験が提供されるという試みである。

テスラも自動運転ロボタクシー時代の体験を見据え、車中でゲームを楽しめるように取り組みを進めている。テスラ車でしか使えないような自前化を進める可能性もあったが、直近で5万本ほどのゲームを持つゲームプラットフォームのSteam(スチーム)との統合を発表し、オープン化を図った。やはりテスラもシームレスな顧客体験を最優先に考えているのである。

結局、テスラは「なに」を変えたのか?

以上のように、テスラも常に顧客の視点に立ち、従来EVで指摘されてきた課題を解決するとともに、車が提供していた従来型の価値をコネクテッド環境で白地から再考し、新たな顧客体験を創造している。

テスラのデータドリブンな開発アプローチは、ハーバード・ビジネス・スクールのデジタルイニシアチブでも紹介されている。テスラは道路を走るすべてのテスラ車からデータを収集し、分析を行っている。これによって、テスラは車の問題をオーナーよりも先に発見し、課題解決のアプローチでサービス化することもできるようになる。

例として、14年10月の「テックパッケージ」の提供が挙げられる。この取り組みでは、ドライバーの事故回避をサポートするためのセンサーやカメラを搭載し、それらから送られてくるデータを解析。その成果として、15年10月に自動運転機能のアップデートが行われた。このようにして改善され続ける車のコンセプトを構築した点も、テスラのユニークなポイントであろう。

テスラはこのアプローチを最大限に活用して、自動運転の開発にも取り組む。車から収集したセンサーデータによって、競合他社の10倍の精度で地図を設計できると主張している。

実際の走行データに基づく地図情報や走行情報は、自動運転システムのトレーニングに使用され、今日のフルセルフ・ドライビング・モードの開発に活用されている。これら最新の技術がOTAを通して常に顧客の車をアップデートすることになる。大量の情報に基づき顧客体験を高めるサービスを開発し、OTAを有効に活用して短期サイクルでサービスをアップデートできることがテスラの優位性を保つ秘訣となっている。

参考文献

Blake Morgan(2021),3 Ways Tesla Creates A Personalized Customer Experience,Forbes,May102021

Nathan Furr and Jeff Dyer(2020),Lessons from Tesla’s Approach to Innovation,Harvard Business ReviewFebruary 12, 2020

玉田 俊平太(2015)日本のイノベーションのジレンマ,翔泳社,2015年

Salim Ismail(2014)Exponential Organizations: Why new organizations are ten times better, faster, and cheaper than yours,October 14, 2014

木村 将之

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社

シリコンバレー事務所パートナー、取締役COO

森 俊彦

パナソニック ホールディングス株式会社

モビリティ事業戦略室 部長

下田 裕和

経済産業省

生物化学産業課(バイオ課)課長

(※写真はイメージです/PIXTA)