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 6 世紀から 8 世紀頃にイタリア中部に住んでいた50代女性の頭蓋骨を調べたところ、この女性が少なくとも2回、頭蓋骨に穴をあける穿頭手術を受けていた痕跡を発見した。

 これは、中世始めに生きていた人物に初期の穿頭手術が施された数少ない考古学的証拠だ。

 だが、なぜ、この女性がこのようなリスキーな侵襲外科手術を受けることになったのかは、推測の域を出ないままだ。

 この研究結果は『International Journal of Osteoarchaeology 』誌に報告された。

【画像】 古来から行われていた原始的な外科手術

 これまで、数千年にさかのぼる原始的な外科手術のさまざまな痕跡例が発見されている。

 例えば、スペインの墓から発掘された、5300年前の推定65歳くらいの年配の女性の頭蓋骨には、左外耳道近くの7つの切り傷跡があり、中耳感染症治療のための初期の外科処置の強力な証拠であると判断された。

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5300年前の頭蓋骨に手術の痕跡 / image credit:Navarro et al., Scientific Reports

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 また、17世紀まで、急性耳感染症のごく一般的な治療法だった焼灼の道具と思われる石の刃も特定されている。

 クロアチア(11世紀)、イタリア(18~19世紀)、コペンハーゲン(19~20世紀初頭)では、乳様突起削開術が施された痕跡が残る頭蓋が見つかっている。

今でも行われることがある穿頭手術(トレパネーション)

 頭皮を切開して頭蓋骨に穴を開ける「穿頭手術(トレパネーション)」は、おそらく頭蓋外科手術で知られているもっとも古い例で、めったにないことだが、今日でも行われることがある。

 通常、頭蓋に穴を開けたり、削ったりして、脳と脊髄を保護している髄膜と呼ばれる3層の結合組織の最外層である硬膜を露出させる。

 この層を誤って突き刺してしまうと、その下にある血管に損傷を与えたり、感染症を引き起こしたりする。

 洞窟壁画や実際の人間の遺体から明らかなように、こうした処置は、7000~1万年前から行われている。中世の時代では、発作や頭蓋骨折などを治療するために、この穿頭手術が行われた。

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photo by iStock

紀元6~8世紀の女性の頭蓋骨に穿頭手術の痕跡を発見

 今回の研究論文のために調べられた頭蓋は、19世紀後半にイタリア中央部カステル・トロジーノのロンゴバード墓地から発掘された、西暦6~8世紀にさかのぼる50代とされる女性の遺体のものだ。

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紀元6~8世紀のこの50代女性の頭蓋骨に、穿頭手術を受けた痕跡 / image credit:I. Micarelli et al., 2023

 ほかにもたくさんの墓が発見されたが、研究用に使える状態のいい頭蓋は19個だけだった。

 カステル・トロジーノは、ローマ帝国崩壊後の戦略的に重要な地域で、ビザンチン帝国はイタリア中央部の支配を安定させ、名門のロンゴバード家を積極的にそこに住まわせることで、平和を保ちたいと考えたという。

 埋葬地には、人間の遺骨と共に黄金や見事な装身具などが出土している。

 この特別な頭蓋は、およそ50歳くらいの女性のものだ。男性の遺骨と一緒にふたりで埋葬されていて、このふたりが名門の家の一員であることを思わせる、ブロンズのブローチ、櫛、黄金の繊維が見つかった。

 論文の著者たちは最初、頭蓋を調べてみて、いくつかの傷に気がついた。とりわけ、多孔質の骨の中央部の十字の部分に楕円形のくぼみと、もうひとつ削り取られた楕円の箇所があったのだ。

 そこで、もっと詳しく調べるために、頭蓋骨をCTスキャンして鋳型を作成した。頭蓋の表面を綿棒できれいにし、乾燥させてから傷のある部分に青いシリコンを塗布した。

 次にその青いシリコンを覆うようにして、オレンジ色のシリコンを2番目の層として塗り重ねた。

 そして、エポキシ樹脂で鋳型を作り、48時間乾燥させてから、鋳型の表面を金粉で金属化し、走査電子顕微鏡(SEM)でサンプルを分析した。

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頭蓋CT1953の成形と鋳込みの工程 / image credit:I. Micarelli et al., 2023

「この女性は、何度かのこうした外科手術を生き延びていて、連続して頭蓋に穴を開ける長期的な外科治療を受けていたことがわかりました」と語るのは、ケンブリッジ大学のイリアナ・ミカレリ氏だ。

 例えば、十字の傷の中心にある楕円形の部分は、穿頭手術の跡がよく治癒した証拠だ。おそらくは金属の手術器具で、頭頂部に十字に切り込みを入れ、頭蓋から頭皮をはがしたと思われる。

 これは歴史的にもよく記録に残っている穿頭手術の方法で、炎症や感染の痕跡を説明することもできる。2回目の手術は、女性が死亡する直前に行われたようだ。

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(a)頭蓋のCTスキャン画像、(b)円形のくぼみの拡大図、(c)頭蓋のレントゲン写真、(d)骨が薄く削れている部分と頭蓋の開口部 / image credit:I. Micarelli et al., 2023

なぜこの女性は何度も穿頭手術を行っていたのか?

 なぜ、この女性はこうした侵襲性の外科手術を何度も受けることになったのだろう? その理由は推測の域をでないがいくつかの理由が考えられるという。

 1つ目の理由は、この女性が全身に何らかの症状がでる病苦しんでいたというものだ。歯には歯周病の痕跡があり、歯の喪失による急性の膿傷や激しい摩耗が見受けられた。

 さらにCTスキャンによって、前頭骨の内側が厚くなる前頭骨内板肥厚症(HFI)が潜在的にあったことが明らかになった。

 この状態は更年期の女性によく見られ、推定年齢にも一致する。発作、頭痛、肥満、糖尿病などのほかの症状を伴うことも多い。

 穴が開けられた外傷は治癒していて、前頭骨の肥厚と一致するが、このような傷は普通は致命的なはずなのに、この頭蓋の場合はそうではなかったようだ。

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頭蓋のSEM分析の拡大図。矢印は鋭利な道具による切り傷であることを示す / image credit:I. Micarelli et al., 2023

 2つ目は儀式的な理由だ。

 同時期にカラパティア盆地に住んでいたアヴァール族は、頭蓋を削りとるようなことをしばしば行

っていたという。

 研究著者は、カステル・トレジーノのロンゴバードの人々の文化が、ビザンティン文化と密接に結びついていたいたことに注目している。

 しかし、ロンゴバードの人々の間で、儀式的な穿頭処置が行われた証拠は見つかっていない。

 こうした処置が、法刑罰の一種であった可能性はあるだろうか?

 ロンゴンバードの法のひとつには少なくとも、髪を切り、頭の皮を剥ぐという行為はあったようだ。

 しかし、この刑罰の対象は、戦闘を放棄した兵士や、免許なしで取引をした商人など、おもに男性が就く職業に従事している者に限られていた。

 また、刑罰で頭の皮を剥いだ傷跡には、独特のパターンがあり、この女性の頭蓋の傷とは一致していない。

 今回、全骨格の徹底的な調査ができなかったため、結論を絞り込むことができなかったという。

 サピエンツァ大学の共著者ジョルジオ・マンツィ氏はこう語る。

外傷、腫傷、先天性疾患、その他の病理学があったことを示唆する病変はありません。

さらに、儀式、あるいは刑罰などの司法的な動機の可能性を考えるのは興味深いとはいえ、そうした仮説を裏付ける骨学的、歴史的な証拠もありません

References:An unprecedented case of cranial surgery in Longobard Italy (6th–8th century) using a cruciform incision - Micarelli - International Journal of Osteoarchaeology - Wiley Online Library / Archaeologists found evidence of trepanation on medieval woman’s skull | Ars Technica / written by konohazuku / edited by / parumo

 
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中世の女性の頭蓋骨に穴を開ける穿頭手術の痕跡を発見