那須川天心
2月9日のプロテストにおけるスパーリング。卓越したディフェンス技術を見せるとともに、「前の手(サウスポーの天心の場合は右手)でボクシングを組み立てていた」と京口は評価する

キックボクシング42戦無敗のままボクシングに転向した那須川天心(なすかわ・てんしん/24歳)が4月8日、東京・有明アリーナでデビュー戦に臨む。同日に行なわれるふたつの世界戦を大きく上回る注目度。"神童"はボクシングでも世界チャンピオンになれるのか? 2階級制覇の前世界王者、京口紘人(きょうぐち・ひろと)に聞いた!

【写真】武尊からダウンを奪った必殺の「左」

■天心のパンチは「貫通力がスゴい」

ついに那須川天心(帝拳)がプロボクサーとしての第一歩を踏む。4月8日、東京・有明アリーナで、日本バンタム級4位の与那覇(よなは)勇気(真正)を相手にスーパーバンタム級6回戦を行なうのだ。

同日はWBA・WBC世界ライトフライ級統一王者、寺地拳四朗(BMB)の3団体統一戦、井上拓真(大橋)のWBA世界バンタム級王座決定戦も開催される。だが、2月13日の記者会見では世界戦出場者を差し置いて、席の位置や話題の中心はデビュー前の新人である天心だった。

昨年6月、K-1王者・武尊(たける)との頂上決戦を制し、キックボクシングを無敗のまま卒業した"神童"は、ボクシングでも世界王者になれるポテンシャルを持っているのか?

その答えを探るため、世界で闘う現役ボクサーを訪ねた。2017年7月、プロ8戦目でIBF世界ミニマム級王座を獲得。翌18年12月にはWBA世界ライトフライ級王座を獲(と)り、2階級制覇を成し遂げた京口紘人(ワタナベボクシングジム)だ。

21年春、京口は自身のYouTubeで天心とコラボ。ボクシングのスパーリングで拳(こぶし)を交わし、ミットを持って天心のパンチを受けており、「ボクサー天心」を肌で感じている。

――YouTubeのコラボ後、京口選手はボクサー天心の出来について「脱帽」というコメントを残していますね。

京口 完成度の高い選手だと思いました。僕は他競技のいろんな格闘家とコラボしてきましたが、天心選手が一番「ボクサーらしい」と感じた。打ち方、距離感、リズムが「ボクサーのマネ」じゃない。想像以上の動きで、純粋にボクシングのスキルが高いと感じました。もちろん、実際にプロのリングで闘う姿を見るまではわからない部分は多いですけど。

ボクサーのパンチにはいろんなタイプがありますが、ミットで受けた限りでは、天心選手はピンポイントで打ち抜くストレートとか、そういう質のパンチを持っていると感じました。

前WBA世界ライトフライ級スーパー王者 京口紘人
前WBA世界ライトフライ級スーパー王者 京口紘人

――それを京口選手は「貫通力がスゴい」と表現していましたが、そのパンチは持って生まれたもの? それとも練習を重ねて身につけたもの?

京口 受けてみた感覚でいうと、どちらかといえば持って生まれたものだと思いました。

――「ジャブの種類が多い」とも評していましたね。

京口 ジャブの種類が多いと、相手にとっては何が来るかわからず、予測しづらい。実際に対峙(たいじ)してみて、スピードもあると感じました。

――「天心選手は目を狙って打ってくる」と言っていたのも興味深かったです。

京口 自分も対戦相手の目を狙うことはあります。(動いている相手の目を狙うのは)難しいけど、目が腫れると視界が塞(ふさ)がれるので有効な攻撃です。とはいえ、これはボクシングに限った話ではないので、昔からキックでもやってきた攻撃なんじゃないですかね。

――天心選手は閃(ひらめ)きで闘っているという見方もありますが、「彼は感覚派ではない」という発言も印象に残りました。

京口 ものすごく考えて闘っていると思いますよ。ボクシングはある程度先を読まなければならない一方、コンマ何秒での斬り合いになるので、その瞬間で臨機応変に対応していかないといけない。天心選手はどんな展開になっても対応できるように考えて闘えるタイプだと思います。

■"神の左"山中慎介との共通点

100名超の報道陣が集まる中で行なわれた2月9日のプロテストでも、天心は高いポテンシャルを見せた。ヘッドギアをつけた3分3ラウンドのスパーリングの相手は日本バンタム級1位の南出仁(セレス)だったが、まったく臆するところはなかった。

その模様を映像で見た京口は、「2年前と比べて、明らかにスキルアップしている」と感じたという。

――具体的に言うと?

京口 前の手(サウスポーの天心の場合は右手)でしっかりとボクシングを組み立てていた。新人には難しいことなのですが、彼はそれを普通にやっていました。

――ラウンドごとに組み立て方を変えていたという分析もあります。

京口 前の手のジャブでしっかりポイントを取りつつ、あえて相手を誘ってみたり、ロープ際でのディフェンスとかもやっていたので、どちらかというとディフェンスに重きを置きながら、いろいろ試していたのかなと思いました。攻めで圧倒したほうが見栄えはいいかもしれないけど、パンチをもらわないことをテーマにやっていたんじゃないですかね。

実際まともなクリーンヒットはもらっていなかったじゃないですか。目もいいし、反応も速い。南出選手は「(天心は)いつでもカウンターを打ってくる」というようなことを言っていましたが、強さがないと相手にそう感じさせることはできない。ランカーを相手にそれができるのはスゴいです。

――プロテストでは多彩なパンチを披露したわけではなかったですが、引き出しは多いと思いますか?

京口 少ないとは思わないですが、アッパー、フック、いろんなパンチを打てるから強いというタイプじゃないと思います。たとえるなら、山中慎介さん("神の左"の異名を持つ元WBC世界バンタム級王者)タイプじゃないかと。

山中さんは左一本で世界を獲ったくらいのレベルの人で、いろんなことができたっていうタイプじゃない。天心選手もそうだと思う。前の手のジャブの組み立て、一級品の真っすぐの左を持っているからこそ上に行ける選手。その左を当てるために、フェイントとかいろんなプロセスをつくれる選手だと思いますね。

――デビュー戦の相手は無難な外国人選手ではなく、日本4位の与那覇選手になりました。これに関しては?

京口 日本人との対戦はないかなと思っていたので意外でした。(鳴り物入りでやって来た)天心選手の対戦相手を国内で募っても、なかなか手は挙げにくい。上位ランカーだと守るものもありますから。どういう条件で受けたかはわからないけど、たぶんファイトマネーが良かったんでしょう。

少なくとも通常の日本ランキング戦より良くないと、天心選手と闘うメリットはない。もちろんそれだけじゃなくて、「天心とやった」という事実は今後のブランディングにもなるし、与那覇選手のプライドもあるでしょう。試合を断っていては王座挑戦にもつながらないですから。

天心のデビュー戦の相手、日本バンタム級4位の与那覇勇気(右)は1990年生まれの32歳。プロキャリア10年で、戦績は12勝(8KO)4敗1分け。169㎝の右ファイター
天心のデビュー戦の相手、日本バンタム級4位の与那覇勇気(右)は1990年生まれの32歳。プロキャリア10年で、戦績は12勝(8KO)4敗1分け。169㎝の右ファイター

――与那覇選手はアマ出身で、プロ10年目。一筋縄ではいかない相手だと思いますが、勝敗予想は?

京口 天心選手が2ラウンドにKO勝ちすると思います。

――勝負の分かれ目はスピードの違い?

京口 いや、スピードが速いからという単純な話ではなく、彼のボクシングスキルを見ればそれくらいで仕留められるという見立てです。

――1ラウンドの展開は?

京口 ジャブの差し合いになるでしょうね。ボクサーは通常、序盤のラウンドで距離、タイミング、リズム、スピード、パンチ力、パンチの種類など相手のすべてを分析します。井上尚弥選手は「1ラウンドあれば分析できる」と言っていましたが、天心選手もそれくらいの洞察力はあると思う。

――対する与那覇選手はどう闘うべきでしょうか?

京口 僕が与那覇陣営だったら、1ラウンドからロープに押し込んでボディを連打したり、耳の裏を攻撃したりとか、ちょっとダーティな攻撃を仕掛けるように指示します。そうすることで天心選手のリズムを狂わせたいからです。

キックボクシングより制限が多いルールの中で、ダーティな攻撃を仕掛けられたら、リズムが狂って空回りする可能性もある。スピード、スキルで上回る天心選手に対し、与那覇選手は10年のキャリアを生かして天心選手のリズムを崩す展開に持ち込みたい。それでも、天心勝利は揺らがないと予想しますけどね。

那須川天心
「THE MATCH2022」で武尊からダウンを奪った必殺の「左」で、ボクシングでも世界を獲れるか(写真はプロテストのスパーリング)

■世界タイトル挑戦はいつになる?

――ちょっと気の早い話ですが、初陣を飾ったらその次の展開は?

京口 日本ランキングに入ったら、日本タイトルを狙わせたいんじゃないですかね。

――スーパーバンタム級(55.34㎏以下)で?

京口 いや、バンタム級(53.52㎏以下)が主戦場になっていくと思います。両階級の1.8㎏の差は大きいですよ。天心選手は体のフレーム(骨格)は大きいけど、身長は高くない(165㎝)。スーパーバンタム級ではちょっと小さいかな。バンタム級だとサイズ的に大きいほうになるので、バンタム級で動けるのならそこで上を目指せる。

――バンタム級で闘ったら面白いと思う選手は?

京口 元WBC世界フライ級王者の比嘉(ひが)大吾選手(志成)ですね。名前もあるし、サイズ的にも噛み合って面白くなると思います。

――スーパーバンタム級だと、元K1王者で現東洋太平洋王者の武居由樹(よしき)選手(大橋)との対戦はどうですか?

京口 同じくキックボクシング出身の武居選手とは何かと比較されるでしょうから、それもいいかもしれない。

天心に必要なのは「長いラウンドを闘う経験」だと京口は言う
天心に必要なのは「長いラウンドを闘う経験」だと京口は言う

――将来的には、バンタム級で4団体統一を成し遂げ、スーパーバンタム級に転向した井上尚弥選手との対戦を期待する声もあります。

京口 井上選手との対戦は現実的じゃないですね。闘うためにはまず世界のベルトを獲らないとダメなので。2戦目以降は外国人選手を相手にする路線も考えられます。そのほうが多少、世界への近道になる。天心選手のポテンシャルからいうと、早ければ2年以内に世界戦をやれたらスゴいと思います。

――ボクシングでも"神童"になれると思いますか?

京口 なれると思いますが、井上選手が現役でいるうちは本当のトップに立つのはムリですね。井上尚弥というボクサーはそれだけの選手です。

ボクシングは結果がすべての世界。天心選手は注目度や人気という面ではスゴいけど、ボクサーとしてはまだデビューもしていない。それはたぶん本人も理解していると思う。だからこそ、実際、コメントは控えめですよね。世界のベルトを巻いてから大きいことを言おうと思っているんじゃないですかね。

●前WBA世界ライトフライ級スーパー王者 京口紘人(きょうぐち・ひろと)
1993年生まれ、大阪府出身。ワタナベボクシングジム所属。大阪商業大学ボクシング部時代に国体優勝。2016年プロデビュー。17年にプロ8戦目でIBF世界ミニマム級王座、18年にWBA世界ライトフライ級王座を獲得し2階級制覇達成。同王座は4度防衛後、昨年11月、WBC王者・寺地拳四朗との統一戦に敗れ陥落。再起へ向け拳を磨く。ユーチューバーとしても活動し、『京口紘人 Hiroto Kyoguchi』はチャンネル登録者数22万3000人

取材・文/布施鋼治 撮影/五十嵐和博 写真/アフロ

2月9日のプロテストにおけるスパーリング。卓越したディフェンス技術を見せるとともに、「前の手(サウスポーの天心の場合は右手)でボクシングを組み立てていた」と京口は評価する