「名選手、名監督ならず」という格言がある。スーパースターも監督となるとなかなか思うような結果が残せない。逆に、プロ選手としての経験がない名監督もいる。サッカーの世界なら、日本代表を率いたアルベルト・ザッケローニ氏はその一人だ。近年、ドイツでプロ経験のない若手監督たちが注目されている。パソコンの画面ばかり見ているから「ラップトップ」と揶揄されたが、今や1部リーグ絶対王者や隣国の代表監督にまで上り詰めている。日本代表も指導者ライセンスのない中村俊輔氏をロールモデルコーチとして招くというが、指導者の多様化は現代サッカーに風穴を開けるのか。

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(森田 聡子:フリーライター・編集者

プロ選手経験なし、22歳で指導者に

  2月上旬、サッカーベルギー代表の新監督が発表された。

 2022年のFIFAワールドカップ(W杯)カタール大会で屈辱のグループステージ敗退を喫した同代表では、大会終了後にロベルトマルティネス監督が退任を発表。後任にはアシスタントコーチの元フランス代表FW(フォワードティエリ・アンリ氏らの名前が取り沙汰されたが、蓋を開ければ新指揮官に就任したのはドイツ1部リーグ・RBライプツィヒの前監督、ドメニコ・テデスコ氏だった。

 イタリア生まれドイツ育ちのテデスコ氏は37歳。アマチュアでプレーした後に22歳で指導者に転身している。2017年にドイツ2部リーグのエルツゲビルゲ・アウエで監督となった3カ月後には名門シャルケ04に引き抜かれ、その後はロシアリーグスパルタク・モスクワドイツに戻って強豪ライプツィヒとステップアップし、プロ監督デビューから6年足らずでサッカー強国の代表監督の座を射止めた格好だ。

 ベルギー代表は、2018年のW杯ロシア大会3位という躍進を牽引した「黄金世代」が30代に入り、世代交代が急務となる。チームの再建を託されたテデスコ氏は選手との対話を重視する監督として知られ、ライプツィヒ時代にはFWクリストファー・エンクンクや、DF(ディフェンダー)ヨシュコ・グヴァルディオールといった若手をチームに不可欠な存在へと育て上げ、くすぶっていたMF(ミッドフィルダー)コンラート・ライマーやFWアンドレシウバを見事に復活させた。

 同時にテデスコ氏は、データを駆使して相手チームを研究し繊細な戦術を準備する策士でもある。

 2021~2022シーズン前半、リーグ2ケタ順位に低迷するライプツィヒジェシーマーシュ氏から引き継いだ後は、スリーバックによる守備戦術を徹底して残り20試合を12勝4敗4分けと盛り返し、絶望視されていたUEFAチャンピオンズリーグの出場権に加え、DFBポカール(日本の天皇杯に相当するドイツのカップ戦)優勝という初のメジャータイトルも手にした。

ナーゲルスマンはビジネスソフトのSAPと全面協力

 テデスコ氏のようにプロ選手経験のほとんどない若手監督が近年、ドイツサッカー界を席巻している。その代表格が、1部リーグ10連覇中の絶対王者バイエルン・ミュンヘンを率いる35歳のユリアン・ナーゲルスマン氏だ。

 同氏は20152016シーズンに1部史上最年少(28歳)でホッフェンハイムの監督に就任すると、リーグ17位だったチームを瞬く間に立て直して残留を決める。翌シーズンは4位に食い込み、ホッフェンハイムを初のチャンピオンズリーグ出場に導いた。

 その後移籍したライプツィヒでの2シーズンもリーグ戦3位、2位と結果を残し、チャンピオンズリーグでクラブ史上初の準決勝進出を遂げるなど躍進の立役者となった。

 ナーゲルスマン氏はホッフェンハイム時代、ビジネスソフトウェア大手のSAPの全面協力を得て選手の認知・判断といったメンタルを鍛える最先端のトレーニングプログラムをいち早く導入している。

 テデスコ氏もそうだが自身がデジタル世代に属し、最新テクノロジーを駆使しながら高度に戦術的なサッカーを行うことから、当初は「ラップトップ監督」と揶揄された。

 しかし、試合中の判定にビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)が使用され、多くのクラブが選手にスポーツ分析ツール会社hudlの映像共有アプリのインストールを義務付けるなど、今や時代が彼らに追い着いた観がある。

プライド高いトップ選手をどう納得させるか

 ドイツラップトップ世代の監督が躍進した1つの要因として、2000年代後半にドイツサッカー連盟のスポーツディレクター、マティアス・ザマー氏がユースで結果を残した監督のトップチームへの採用を積極的に推進したことが指摘される。その際にマインツU-19からトップチームの監督に抜擢されたのが、後にパリ・サンジェルマンチェルシーなど他国のビッグクラブを指揮したトーマス・トゥヘル氏だ。

 それなら日本はどうかと言うと、現行のライセンス制度ではナーゲルスマン氏のように20代でトップリーグの監督に就任することは難しい。ちなみに、今のJ1の日本人監督でプロ選手としての経験がないのは横浜FC四方田修平氏とセレッソ大阪の小菊昭雄氏だが、両氏ともトップリーグの監督就任時点で40歳を超えていた。
 
 海外リーグで活躍したある元日本代表選手は、プロ経験のない監督に対して「最初はたぶん舐めると思う」と発言している。ラップトップ監督がプライドの高いトップクラスの選手を納得させるのは容易でなさそうだ。

 実際、あのナーゲルスマン氏さえ、スター揃いのバイエルン・ミュンヘンでは少々手こずっているように見える。ドイツ1部の年間最多得点記録を持つFWロベルト・レヴァンドフスキが足で砂をかけるようにしてスペインリーグバルセロナに移籍した背景には、ナーゲルスマン氏との確執があったと噂される。最近ではカタールW杯敗退後にスキーで負傷しリーグ後半戦を棒に振ったドイツ代表の絶対守護神マヌエル・ノイアーとの不仲説がメディアを賑わせている。

 とはいえ、その戦術的引き出しの多さと、ここぞという時の勝負勘は秀逸だ。

森保ジャパンではロールモデルコーチを活用

 パリ・サンジェルマンとの強豪対決となった2月14日チャンピオンズリーグ・ラウンド16第1戦、バイエルン・ミュンヘンは前半ボール支配率やシュート数で圧倒的に優位に立ちながらも1点が遠かった。そこで後半からは左ウイングバック(WB)にアルフォンソ・デイビズを投入、キングスレー・コマンを右WBに移動させ、サイドを使う作戦に出た。

 この交代策がずばりとはまり、53分にデイビスのクロスをコマンが右足でゴールに流し込み、これが決勝点となった。

 日本代表の第2次森保体制では、新たに名波浩氏や前田遼一氏といったかつての代表メンバーがコーチに招聘された。さらに、A代表にも指導者ライセンスを必要としない特別待遇のロールモデルコーチ日本サッカー協会では内田篤人氏、中村憲剛氏が既に着任)を設け、昨シーズンで現役引退した中村俊輔氏が就任するとみられている。

 こうした日本代表のレジェンドたちの経験や技術を現代表メンバーに継承することも重要だが、一方で、デジタル化や戦術の高度化が加速する現代サッカーにおいては、ラップトップ監督の多様性も大きな武器になる。ドイツのような大改革を期待したいところだ。

 Jリーグは今年、発足30周年を迎えた。地域密着型の“草の根サッカーマインドが浸透し、日本サッカー協会の登録チーム数はこの30年間でほぼ倍増。Jクラブのユースに加え、近年はバルセロナレアルマドリード、リヴァプールACミランといった海外ビッグクラブのサッカースクール日本校開校も相次ぐなど、英才教育の環境整備も進む。

 そんな中で日本版テデスコや日本版ナーゲルスマンのような指導者が出てきたら、日本のサッカーはますます面白くなるのではないだろうか。

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