NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(2022年)では、主人公・北条義時小栗旬)の父・時政(ネット上の通称は「パパ」「パッパ」)を親しみやすく愛らしく演じ、お茶の間の人気者となった歌舞伎俳優・坂東彌十郎。その一方、平野紫耀主演のドラマ『クロサギ』(TBS系)では、詐欺師のみを騙すクロサギ・黒崎(平野)の前に立ちはだかる大物詐欺師・御木本を演じた。そのあまりの恐ろしさに震え上がり、時政とのギャップの大きさに衝撃を受けた人は多かったろう。そんな彼が今回挑むのは、尾上菊之助が企画・演出・出演する『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』。くしくも本作で演じるのも、主人公の父親役である。では、そんなご本人の素顔とは? 66歳にしてブレイクした坂東彌十郎にインタビューした。

【写真】“時政パパ”から“ティーダのパパ”に ビジュアルも再現した『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』ビジュアル

◆新作と古典――歌舞伎はどんどん膨らんでいる宇宙みたいなもの

――木下グループpresents『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』では再び「主人公の父親」を演じるそうですね。

坂東彌十郎(以下 彌十郎):僕の演じるジェクトは、不器用な父親という役どころのようですが、僕はテレビゲーム自体全くやったことがないので、台本を読んで、(尾上)菊之助さんや演出家さんと話しながらいろいろイメージをふくらませています。ゲームのファンの方々の頭の中ではすでに想像ができあがっているので、僕たちはその想像を超えなければならない。そこには怖さもありますが、生でやるからこその面白さは感じていただきたいですね。

――ジェクトのビジュアルを拝見しましたが、原作のたくましいイメージを踏襲しつつも、歌舞伎風でもあり、違和感がないですね。

彌十郎:そこはデザイナーさんのおかげですね。ゲームでは裸ですし、筋肉のイメージでしょう? でも、原作にも歌舞伎的な要素があると菊之助さんも考えていらっしゃるようで、歌舞伎の要素を取り入れた衣装に、自分なりに考えてメイクアップもさせていただきました。最初のテストの時に、菊之助さんから1発OKをもらえたのはうれしかったですね。

――体力面など何か準備はされていますか。

彌十郎:本当はもっとジムへ行っておくつもりだったんですが、なかなか定期的には行けず、自宅で体力作りをやっていた程度なんです。といっても、腹筋やダンベル腕立て伏せなど、普段からやっているトレーニングの延長線上ですが。年齢も年齢なので、舞台上できつくてできない動作があったり、スムーズに動けなかったりするのは嫌だなと思っているので。

――本作やご出演された『三谷かぶき 月光露針路日本 風雲児たち』のような新作歌舞伎と、伝統の歌舞伎との共通点や相違点は何でしょうか。

彌十郎:歌舞伎はもともと江戸時代から庶民のものとして始まっていますから、実は時代によってどんどん変わっているんですね。その時代の世相を反映し、時事を入れたり、江戸時代には鎌倉時代平安時代のものを「時代劇」としてやったりしていたわけで。そう考えると、今「新作歌舞伎」と呼ばれる作品も、20年、30年経ったら古典と言われるようになっているかもしれない。その一方で、伝統的な古典も残さなければいけない。言ってみれば、歌舞伎はどんどん膨らんでいる宇宙みたいなものなんです。どこかの時点で縮まり出すのかもしれないですけど。また、その一方で、周期的に難しい時期も出てくるんですね。

――難しい時期というと?

彌十郎:僕が若い頃など、全くお客様が入らない時期はありました。花道の外側2階席はゼロ、1階客席の前半分がパラパラというような状態で、その頃、歌舞伎は1年に12ヵ月公演できていなかったんです。役者さんたちは常にパーフェクトな状態で出し続けてくださっていても、時代の波で、どうしてもお客様が入らない時期はあります。江戸時代は逆にもっとシビアで、ブロードウェイのようにお客様が入らなかったら公演が打ち切りになることもあり、逆にロングランになることもありました。

◆“時政パパ”の人気は「完全に三谷さんのおかげ」


――今は広がり続けている歌舞伎の世界のもう一つの入り口として、『鎌倉殿の13人』をきっかけとした新しいファン層もいるのではないですか。

彌十郎:ドラマをきっかけに観に来てくださる方も確かにいらっしゃるので、ご覧になった方にガッカリされないよう、既存の歌舞伎を磨き上げなければいけないと身が引き締まる思いです。僕は今まで映像仕事の経験があまりなかったので、チャンスを頂き、その後もお声をかけていただけることが、本当にありがたくて。やってみると、今まで知らなかったことがたくさんありますし、それは何かに使えるのではないかなとも思います。どれも無駄にはしたくないですよね。

――映像の仕事で、新たな発見もありましたか。

彌十郎:いつもそうですが、もっとできたなと感じることですね。古典をやっているときもそうですが、必死に勉強しているつもりでも、「ああ、まだ足りないな」と毎回感じます。常に新しいことを吸収していきたいですね。

――映像の仕事では、『MIU404』(TBS系/2020年)に外国人労働者の管理団体の長の役でゲスト出演されていましたね。映像の仕事を積極的に受けるようになったきっかけは何ですか。

彌十郎:昔から舞台が休みの月に、例えば『暴れん坊将軍』に出るみたいなことはあったのですが、現代劇は、僕はダメだと思っていたので、経験もなかったし、当然オファーもなかったんですね。そんな中、『MIU404』は、マネージャーさんが映像仕事にトライさせようと思ってくださったんだと思います。

――一転して、『鎌倉殿の13人』では非常にかわいい、親しみやすい時政を演じられ、ネットでは「パッパ」と呼ばれています。66歳のブレイクをご自身ではどのように受け止めていらっしゃいますか。

彌十郎:あれは、完全に三谷(幸喜)さんのおかげです。三谷さんからはたまにメールが来て、それにお返事する程度で、あまり個人的なお話はしたことがなかったんですよ。でも、うちの家族に言わせると「普段の素顔を知っているんじゃないの?」と思うほど時政は普段の僕に似ていたようです(笑)。

――三谷さんが彌十郎さんをあて書きされた部分もあるのでしょうか。

彌十郎:いや、分からないですね。三谷さんがどこかで見ていてくださったのか、三谷さんの想像だったのか……。『三谷かぶき』のときに1ヵ月間お稽古をつけてもらいましたが、僕は自分の席で台本を読んだりしているだけで、直接お話したことはあまりないので。そもそも時政役については、最初、「江戸の長屋の親父だと思ってやってください」と言われて、名家とは全然イメージがつながらなかったんですよ。それで台本が来て、読んでみたら「そういうことか」と腑に落ちた感じです。

――時政パパと、『クロサギ』の御木本のギャップの大きさにも驚きました。

彌十郎:今まで歌舞伎以外の舞台もいろいろやらせていただいてきましたが、敵役をやるときが実はすごく面白いんですね。役に対するイメージが明確にあるから「やってる」気がするんです。時政は逆に、家族のシーンとかあんまり「やった」感がなく、普通にそこにいただけみたいな感覚でいさせてもらいました。

◆プライベートはアクティブ 影響を受けた猿翁からの言葉とは


――ますます注目度が高まる中、今後挑戦してみたいものは何ですか。

彌十郎:声をかけていただけるものは、何でもやりたいですね。旅もそうですし。僕はヨーロッパを1人でウロウロするのが好きで、カメラも好きなんです。実はスイスに行った1回目、2回目のときはカメラを持っていなかったので、空港で使い捨てカメラを買って持って行ったんですが、帰国後に現像してみたら、あまりにうまく撮れていなくて。それで、フィルムの一眼レフを買いました。でも、フィルムの量が膨大になっちゃうんですよね。そのうちデジタルが出てきましたが、僕の場合、山歩きが主眼なので、小さな初心者向けデジタルカメラをずっと使っていたところ、近年小さくて性能の良いミラーレスが出てきたので、今度それも勉強しなきゃなと思っています。

――根っからの勉強好きで、凝り性ですね。

彌十郎:好きなものは、つい何でも「もっともっともっと」と思っちゃうんですね(笑)。

――世間は時政パパに癒やされてきましたが、逆にご自身が今、1番癒やされる存在は何ですか。

彌十郎:孫ですね……と言いたいところですが、孫は娘夫婦の大切な存在ですから、僕が溺愛して育て方に影響を及ぼしてもいけないので、遠慮しなきゃいけない(笑)。癒やされるのは旅、特にスイスですね。僕はスキューバの免許も持っていて、もともと海派だったんですよ。でも、ある時から山へ行くようになって。最近気づいたんですが、海も山も、どっちも前に「空」があるんです。山にいたっては下までずっと空だから、上を見上げなくていい。実は見ているものはずっと空だったなと。山の上にかかる天の川なんてたまらないですから。そうすると、今度はカメラでそれを綺麗に撮れる方法を調べたくなっちゃう。

――山に行き始めたきっかけは何だったのですか。

彌十郎:猿翁さん(二代目市川猿翁/三代目市川猿之助)に教わった影響ですね。猿翁さんがヨーロッパでオペラの演出をされるとき、助手としてついて行ったんですが、休日はいつも山へ行っていました。それでじっと夕暮れまでロープウェイの頂上で山を見ていらっしゃって。猿翁さんは言うんです。「私たちの仕事は、人様に感動を与える仕事だけど、人と同じだけの感動では伝わらない。人の何倍も感動して、それを表現して、やっと人様を感動させられるんだから、まずは自分が感動しなさい」と。それを20代の時に言われていたから、綺麗な景色、美味しい食べ物、何でもいいから日々の中で感動することを大切にしていて、それが原点になっています。感動と自分の癒やしが人様に伝わるような人間にならないと、やっぱり役者としてはダメだろうなと教わったんだと思います。

(取材・文:田幸和歌子 写真:高野広美)

 木下グループpresents『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』は、東京・IHIステージアラウンド東京(豊洲)にて3月4日4月12日上演。

坂東彌十郎  クランクイン! 写真:高野広美