全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも名古屋の喫茶文化に代表される独自のコーヒーカルチャーを持つ東海はロースターやバリスタがそれぞれのスタイルを確立し、多種多様なコーヒーカルチャーを形成。そんな東海で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

【写真を見る】スタイリッシュな店舗デザインと、ネコの植木鉢とのギャップがおもしろい

東海編の第11回は、名古屋・桜山にある「吉岡コーヒー」。店主の吉岡知彦さんは、名古屋のコーヒーシーンを語るうえで外せない名店「ペギー珈琲店」に約4年間在籍し、コーヒーに関する技術を身に着けた。そんな吉岡さんが「転換期だった」と振り返るのが、2013年ごろからネパールの豆を扱うようになったこと。定期的に現地の農園を訪ねるようになり、コーヒーに限らずネパールの風土、そこに生きる人々、育んできた文化に魅了されていった。「コロナ禍でここ数年は現地に行くことができませんでしたが、2023年2月から、ようやくまた現地へ行けるようになりました」と嬉しそうに話す吉岡さんが、ネパールで見つけたものとは。

Profile|吉岡知彦(よしおか・ともひこ)

1977(昭和52)年、愛知県名古屋市生まれ。コーヒーを日常的に飲む学生時代を過ごし、大学卒業後は将来的な独立を目指して喫茶店で働くようにった。2003年から名古屋・池下の「ペギー珈琲店」に勤務。2007年に独立し、名古屋・桜山に「吉岡コーヒー」を創業。現在は豆売りを中心に営業し、喫茶は月・火・金曜の午後のみ。

■洗練された店内に流れるネパール音楽

地下鉄桜通線桜山駅から徒歩1分。マンションや一戸建て、コインパーキングなどが集まる住宅街で営業する「吉岡コーヒー」は、名古屋のコーヒー好きには知られた店だ。しっかりとしたコクと苦味の中に確かな甘味をも感じさせる深煎りの一杯は、古くからのコーヒーファンにとって馴染み深いもの。一方、店内は白を基調としたすっきりとした空間になっていて、昔ながらの喫茶店の重厚感はない。この、コーヒーの味から受ける印象と店の佇まいから受ける印象のギャップがひとつの魅力にもなっている。

店内に流れる音楽は、ネパールではどこにいても耳にするという観音菩薩のマントラ音楽。不思議な節回しに、 ここはネパールだったかと錯覚しそうだ。現地の孤児院で作られているというお香も販売されているところを見ると、ネパール推しの店だということがよくわかる。

コーヒーのラインナップはブレンドが3種類と、ストレートが10種類。時期によっては、期間限定の豆も登場する。現在は豆の販売がメインだが、平日午後は喫茶も利用可能。店の奥に伸びるカウンター席に座ってコーヒーと手作りケーキのペアリングを堪能してから、気に入った豆を購入する人も多い。

■何度も繰り返して覚えた体の感覚が頼り

「小さいころから家にはコーヒーの香りが漂っていました。おばあちゃんが大須の老舗コーヒー店『松屋コーヒー』で豆を買ってきて、コーヒーメーカーで淹れていた風景は今でもぼんやりと覚えています。学生になると、気に入った喫茶店に行っては『いつかこういう店ができたらな』と思っていました」という吉岡さん。大学を卒業して社会に出た時から、コーヒー業界一筋で働いてきた。そして、2007年に念願の店をオープンさせた。

コーヒーの抽出は、独立後も師と仰ぐ 「ペギー珈琲店」の技術を踏襲。道具も同じものをそろえた。ドリッパーはカリタの三つ穴。沸騰したお湯を何度か入れ替えながら適温まで温度を下げ、頃合いを見計らってお湯を差す。

「抽出には温度計もタイマーも使いません。体で覚えた五感を頼りにしています。それでも、豆の状態が微妙に違っていたり、お湯が冷めやすかったり、その時々で抽出する条件というのは変わるので、淹れたら必ず味見をします」と吉岡さん。必ず味見をして、「今日はこの味か、じゃあこうやって淹れればいいかな」とその都度判断しながら調整していく。

店内にはさまざまな形、デザインのカップが並べられているが、吉岡さんは豆の種類や飲み方によってカップを決めている。「いつか開業する時のためにたくさんカップを買い集めてきたので、ここに並べているのはほんの一部です。深煎りなのか浅煎りなのか、ミルクは入れるのか入れないのか。それによって、向いているカップの深さや厚さがあるのです」。コーヒーをおいしく飲んでほしいという吉岡さんの想いの強さを垣間見た。

■焙煎で味をコントロールしようとしない

焙煎に関して尋ねたところ、「年々シンプルになってきた」との答えが返ってきた。「焙煎機はずっと同じものを使っていて、ほかのものを使ったことがありません。15年以上使い続けてきたおかげか、昨年末に温度計が壊れてしまった時は『どうしよう!』と焦りましたが、意外と何とかなるものだな、と(笑)。豆の色などから判断する必要があったので、今まで以上に感覚が研ぎ澄まされたような気がします」。そんな事件もありつつ、自らの焙煎を改めて見直したところ、温度の上げ下げを不必要にやらないことに気が付いた。1回の焙煎にかかる時間は、一般的な時間のおよそ3分の2程度だという。

「焙煎の仕上がりとして、豆の表面も中心も同じ色になるのがベストだと思っています。これを、最短の時間で実現させる。そうすることが、この豆にとって一番の適正なんじゃないかと思うのです」。生豆の状態では感じられない香り、甘味、コク、苦味などを引き出すことが、焙煎の持つ大きな役割。特にサードウェーブ系の焙煎士の多くは、どのような味を目指すのかをプランニングし、焙煎する温度や時間などを決定している。ところが、吉岡さんが大事にしているのはそれぞれの豆の持ち味。プランありきではなく、味の方向性は豆にゆだねられている。

ピュアで素朴な、ネパール人のような一杯

そんな吉岡さんが近年魅了されているのが、ネパール産のコーヒー。2013年に使い始めて以来、毎年2月ごろに現地のコーヒー農家を訪問するほどハマっている。「コーヒー店を営んでいると、『うちの豆を使ってみませんか?』といった生豆の営業を受けることがあります。ネパールコーヒー豆も、そんなきっかけで知ったんです。正直な話、最初はあまりよくなかったんですけど、年を追うごとにとてもいい感じ」。関係性を深めるにつれて、焙煎・抽出をしてみて感じたことや要望を、生産者の人に直接伝えるようになった吉岡さん。次第に、コーヒー栽培のおもしろさを知り、「この人たちのために、自分は何ができるのか?」と考えるようになったという。

「吉岡コーヒー」では、ネパールの豆のうち、比較的安定して仕入れることのできるカレンダーラを定番としてラインナップ。栽培の現場を視察し、コーヒーチェリーからコーヒー豆を取り出す精製方法など踏み込んだところまで話し合うこともあるそうだ。「ネパールのコーヒーは、特徴がないところが特徴というか、素朴な味わいだと思います。ピュアで素朴。まるでネパール人のような味です。コーヒーがきっかけで大好きになったネパールですが、この出会いがなければ、コーヒー栽培のおもしろさにまで目を向けることはなかったかもしれません」と吉岡さん。ショップカードにはネパールの手すき和紙「ロクタ」を使うなど、店のいたるところにネパール愛が溢れていた。

■吉岡さんレコメンドのコーヒーショップは「Manabu-Coffee

「鶴舞の『Manabu-Coffee』の福田さんは、私と同じく『ペギー珈琲店』出身。同じマスターの元で学び、互いに今も焙煎のことやお店の経営なども相談し合える仲間です。これまであまり取材などは受けていないので、この機会にぜひ、『Manabu-Coffee』の魅力を知っていただければうれしいです」(吉岡さん)

【吉岡コーヒーのコーヒーデータ】

●焙煎機/フジローヤル直火式3キロ

●抽出/ハンドドリップ(カリタ式三つ穴、ネル)

●焙煎度合い/中深煎り~極深煎り

●テイクアウト/あり

●豆の販売/100グラム600円~※2023年4月より価格改定予定

取材・文=大川真由美

撮影=古川寛二

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