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「鶴瓶さんは、最愛の弟子である笑瓶さんの訃報を聞き、号泣していました」(鶴瓶の知人)

2月22日、笑福亭笑瓶さんが急性大動脈解離のため66歳でこの世を去った。師匠の笑福亭鶴瓶(71)はこうコメントしていた。

《師弟関係を結んだのは僕が29歳で笑瓶が24歳。師弟関係というよりも、信頼のおける親友のようでした。一番僕のそばにいて、全ての事に気のつく男ですごく彼がいて助かりました》

前出の知人は言う。

「笑瓶さんは夕飯に“きな粉ごはん”を食べていたというほど貧しい少年時代を過ごしていました。そのためテレビで見るスターへの憧れは誰よりも強かったそうです。大学卒業後、深夜ラジオ出演後の鶴瓶さんを出待ちして直談判。鶴瓶さんも初めての弟子でしたから“本当に彼の人生を預かっていいのか”と1年ほど自問自答して最終的に入門を許したそうです」

笑瓶さんとは『噂の!東京マガジン』(BS-TBS)で30年来の交流があり、鶴瓶とは同じ大学の1年先輩でもあった清水国明(72)は2人の師弟関係をこう明かす。

「鶴瓶は関西で絶大な人気でしたが、先に東京でブレークしたのは笑瓶だったから、結構お互いをライバル視してました。聞いた話では、鶴瓶が『俺は吉永小百合さんを知ってるんや』と言うと、笑瓶は『自分はあのアイドルと仕事しましたわ』と張り合っていたとか。

でもね、笑瓶は鶴瓶を本当に尊敬していました。楽屋でも後輩や新人に率先して声を掛けて気遣うし、あいつを悪く言うタレントさんなんて見たことないですよ。“鶴瓶流”をしっかり見習っていたんです。師匠の背中を追って、落語家としてまた高座に立とうと頑張っていたのに……」

笑瓶さんは’15年末にも千葉県内のゴルフ場で大動脈解離で倒れ、ドクターヘリで緊急搬送。九死に一生を得たが、昨年11月中旬、鶴瓶はそんな笑瓶さんを連れて同じゴルフ場を訪れていた。

「当時、倒れた笑瓶さんを必死に看護してくれた女性と偶然、再会して2人とも驚いていました。

昨春、鶴瓶さんの芸能生活50周年と古希祝いを兼ね、一門全員で焼き肉店で集まったんです。笑瓶さんは皆の前でスピーチに立ち、鶴瓶さんにまず“弟子一同、迷惑ばかりかけてしまいました”と詫び“師匠にはいつまでも長生きしてほしい”と話したんです。感極まった鶴瓶さんが涙する場面がありました。

あの事故以来、笑瓶さんはゴルフを控えていたそうです。鶴瓶さんが、例のゴルフ場に笑瓶さんを連れていったのも“いつまでもゴルフができるよう元気でいてほしい”という厄落としの思いがあったのでしょう。その矢先の出来事ですから、鶴瓶さんも憔悴していました」(前出の知人)

鶴瓶は笑瓶さんと高座で共演できる日を楽しみにしていたという。