多くの人が、60代以降の老後の生活について、様々な不安を抱えています。「円安」「インフレ」が顕著な今日ではなおさらです。本記事では、60歳を前に「自主定年退職」した元・大学教授で会計学博士の榊原正幸氏が、著書『60代を自由に生きるための誰も教えてくれなかった「お金と仕事」の話』(PHPビジネス新書)から、快適な老後を迎えるための「お金」と「仕事」への向き合い方について解説します。

かつての仕事選びの常識を捨て去ろう

私は今、人生の岐路を迎えている定年前後の人にぜひ、次のことをお伝えしたいと思うのです。それは、「今までイヤな仕事で苦しい人生を送ってきたならば、せめて60代の10年は、『苦しいかもしれないけど、楽しい人生』を送ってみませんか」ということです。

今の仕事から逃げた先が「転職」や「再就職」ということもあるでしょう。その際に考えていただきたいのは、「どんな会社に就職するか」ではなく、「どんな生き方をしたいか」であり、「最終的にどうなりたいのか。そのための一歩として、自分はどんな道を選択するのか」です。

大企業一流企業かどうか

・給料が高いかどうか

・勤務地が地元に近いかどうか(または、都会かどうか)

・福利厚生が充実しているかどうか

これらはかつて、就職先を選ぶ際の重要な要素と言われたものですが、それは「自分の望む生き方」とはあまり関係のない話です。「自分はどうなりたいのか」「イヤじゃない仕事は何か」について、もっと真剣に考えてみましょう。

今、40代の人へ─「マイナーチェンジ」でイヤじゃないほうへ

さて、ここからは具体的に、年代別に「イヤじゃない仕事」に就くためのアドバイスをしてまいりたいと思います。

『論語』の「四十にして不惑(まどわず)」という言葉は、よく知られています。「人生、40年も過ごしてきたら、もう惑わず」ということなのですが、私自身は40歳になったときには「不惑」というにはほど遠く、まったく腹が据わっていませんでした。

しかし、今にして思うと、「四十にして不惑」というのは、「40歳になったら、もう大きな軌道修正はできないよ。だけど、これまでの路線を踏襲する中で、さらなる飛躍を遂げるように微調整はしていきましょうね」という意味だったのだな、と納得できます。

40代は自分が定めた道の中でマイナーチェンジをする最後のチャンスの時期です。

私自身は43歳になる少し前に、東北大学から青山学院大学に移籍しました。大学教員という枠の中でのマイナーチェンジですが、当時の大学の世界では、旧帝大から私立大学へ移籍をするのは一大決心でした。

でも、あのときに移っていなかったら、きっともうずっと移籍は考えなかっただろうと思いますし、最善のタイミングを逸してしまっただろうと思います。

青山学院大学に移籍する前に東北大学で教授に昇格していましたから、大学の世界では過分なまでの出世を遂げることができていました。

もちろん、私の場合は大学教員の仕事は「イヤじゃない仕事」でしたし、東北大学での就労環境はとても良好だったのですが、「大学教授以外の自分の可能性」を信じていましたので、「さらなる飛躍を!」という思いで、東京の私立大学に移籍して、「大学教授以外の自分の可能性」を試すことにしました。

私の場合は、それが結果として副業であるネットビジネス(株式投資に関するオンラインサロン)の運営と株式投資に関する研究へと発展していきました。

「適切なリスク」を取ってマイナーチェンジするコツ

このように、40代からの転身については、大幅な軌道修正ではなく、現状を維持しながら、プラスアルファを狙うというようなことを考えるとよいと思います。

それと、20代や30代の頃から計画的に生きてきた場合には、すでに「イヤじゃない仕事」には就けていると思うのですが、それをより「イヤじゃない方向」へとマイナーチェンジするのはオススメです。

もちろん、同じ業種の中で独立したり起業したりするのはいいのですが、会社員や公務員だった人が40代でまったくの異業種に転職したり、まったくの異業種で起業をしたりするというのは前述の「適切なリスク」とは言えないので、オススメできません。

40代で「イヤじゃない仕事」に就くノウハウというのは、極端な転職ではなく、従来の職域の中で、またはその延長線上で、より「イヤじゃない方向へとマイナーチェンジする」という感じが適切だと思います。

今、50代の人へ─「スライド」でイヤじゃないほうへ

ズバリ申し上げますが、今やっている仕事がいくらか「イヤな仕事」であったとしても、まったく畑違いの「好きな仕事」や「イヤじゃない仕事」へと大きな転身をするのは、50代ではもう手遅れです。

ほとんどの場合、50代では大きな変革は難しいと考えたほうがいいでしょう。下手な動きをしようものなら、それこそリストラの格好の標的にされてしまうのがオチです。

ただ、50代でも依然として、「イヤじゃない方向」へとスライドするのはオススメです。たとえば、今の会社の中でイヤじゃない仕事を担当させてもらえるよう会社と交渉する、といったことです。「わがままな人物だ」と思われるかもしれませんが、どうせ会社にいるのは長くて十数年。わがままだと思われてもいいではありませんか。

また、副業で「イヤじゃない仕事」を模索するのもアリだと思います。それが見つかれば、定年後もいくらでもその仕事を続けることができます。

もう一つ、私が50代の方にオススメしたいのは、「老後対策を具体的に開始すること」です。特に、50代前半から老後対策を具体的に開始するのが効果的です。

私自身は49歳のときから老後対策を具体的に開始しました。

老後対策は、5年から7年くらいかけて実践すれば、かなり光明が見えてくるようになります。

もちろん、老後対策も時間があればあるだけ有利です。しかし、「自分の老後」を具体的かつリアルにイメージできるようになるのは、やはり50歳前後にならないと難しいように思います。

私は、株式投資の意義は「老後資金の形成」にあると考えていますので、早ければ20代から、遅くとも30代には株式投資を始めて、30年くらいかけて老後資金を育てることを推奨していますが、資産形成だけではない、より具体的な老後への対策を始めるのが50代の前半くらいまでだろうと考えています。

今、60代の人へ─「望ましい引退」への最終調整のとき

今、60代の人は「もう老後」です。

ですから、「イヤじゃない仕事」に就くためのアドバイスはありません。定年前の人は、定年後の生活への具体的な準備をする時期ですし、定年後の人は「今の生活」を充実させることに専念すればいいと思います。

しかしながら、ここであえてアドバイスをするとすれば、それは「私はもう60歳を過ぎたけど、老後の準備はまだ十分ではない」という人に対してです。そういう人もたくさんいらっしゃると思います。

人生を60年もやってくれば、「経済的な意味での自分の生活水準」は定まってきます。

そして、今60代の人は、その「経済的な意味での自分の生活水準」を維持していくのに、いくらの「フロー(=年収)」といくらの「ストック(=金融資産)」が必要かを考えてみてください。そして、それに足りない分を補えるようになるまでは働きましょう。

これだけの簡潔なアドバイスしかできませんが、「経済的な意味での自分の生活水準」ということをきちんと考えずに、ただ漠然と「不安を抱えて生きている」という人が多いように思います。

今、60代の人は、「もう老後」なので、これから生活をドンドン派手にしていく必要はありません。「今の生活」を維持するのに、どのくらいの「フロー(=年収)」といくらの「ストック(=金融資産)」が必要かを考えればいいのです。

そして、それを持続できるようにする(昨今流行の言葉で言えば「サステイナブル」にする)ための「最終調整」の時期が60代です。

私は2022年12月現在でまだ61歳ですので、「60代としては新参者」ですが、「人生が終盤に向かっている」という実感だけは、ひしひしと感じます。60代は人生の終盤戦ですから、「老後の準備はまだ十分ではない」という人は、じっくりと腰を落ち着けて、最終調整をしてほしいと思います。

榊原 正幸

元大学教授

会計学博士・税理士

(※写真はイメージです/PIXTA)