1980年代イギリス南部、海辺の街。映画館で働く心に傷を抱えた女性と、進学を控え人生の岐路にある青年が、心を通い合わせる。『エンパイア・オブ・ライト』(公開中)には、現在57歳のサム・メンデス監督が青春時代を過ごした1970年の終わりから80年代にかけての音楽、文学、詩、映画などの文化的素養が散りばめられている。自伝的作品というよりは、彼を形成した文化の輪郭を探ろうとするような作品だ。2020年の『1917 命をかけた伝令』(20)では共同脚本だったが、今作ではメンデスが単独で脚本を執筆している。それは、オリヴィア・コールマンが演じたヒラリーが抱える葛藤が、彼の記憶に残る人物にインスパイアされているからだと言う。

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MOVIE WALKER PRESSでは、サム・メンデス監督と主演のオリヴィア・コールマン、そしてヒラリーにとってかけがえのない存在となる青年スティーヴン役を演じたマイケル・ウォードの3人に独占取材。映画館を舞台にした映画らしく、「ヒラリーにお薦めする映画」談義で盛り上がっていた。

■[HEAD]「オリヴィアは、クーパー・ミニの車体にフェラーリのエンジンを積んでいるような俳優」(サム・メンデス)[/HEAD]

――今作の脚本を手にして、「この作品を自分がやらなければいけない」と感じた理由を教えていただけますか?

マイケル・ウォード「まずは、座組みですね。ロジャー・ディーキンスが撮影監督を務め、オリヴィア・コールマンが主演する映画を作ろうとしている監督がいる、と聞いてサム・メンデスだとピンときました。それだけでもう、すっかり魅了されていました。脚本を読むと、いままで映画では描かれてこなかったようなキャラクターの、表象が重要視される現代において、とても肯定感に溢れている作品だと感じました。その時に、『この役は僕がやらなくては』と直感したんです。いままで演じてきた役は、僕らの人種グループの声を代表するような役ではありませんでした。いまの状況を次のレベルに押し上げるには、僕がこの役を演じて、スティーヴンのような人々の声を世界に届ける役目を担わないといけないと思ったんです」

オリヴィア・コールマン「私は脚本を読む前に『やるわ』と言ってしまったので、いまだにそれを後悔しているんです(笑)。でも脚本を読んだ時に、いつもとても良いリトマス紙となってくれる私のエージェントが、『あなたの宿敵を思い浮かべて、彼らがこの役を演じているのを観た時にどう感じるかを想像してみて』と言ったんです。エージェントは即座に『で、誰を思い浮かべた?』って聞いてきたけれど(笑)。だけど、まさに言われたように、別の誰かがヒラリーを演じるのを観たくなかった。きっとひどく嫉妬してしまったと思います。だから、脚本を読まずにイエスと言ったことに満足しています」

――お互いの作品で、最も印象に残っている作品を教えていただけますか?

サム・メンデス「いいですね。こういう話はしたことなかったから」

ウォード「最初に言いますね。サムの作品の中で一番好きなのは『ロード・トゥ・パーディション』です。マフィア一家の感じが好きで、とにかく物語が好きで、演技もすばらしかった。特に父と息子の関係に魅了されて、僕にとってとても大切な映画です。このような映画に没頭するのが好きで、同じような理由で『アメリカン・ビューティ』も好きでした」

コールマン「『アメリカン・ビューティ』を観たタイミングが特別でした。私は演劇学校の学生だったか、卒業したばかりで、みんなサム・メンデスに夢中になっていました。彼がオスカーを受賞した時、パジャマを着てみんなでテレビを観ていたのを覚えています。あの映画を観た時のことは、いまでも決して忘れることができない、私の人生におけるとても重要な出来事でした」

メンデス「私がマイケルを知るきっかけになったのは、ドラマの『トップボーイ』でした。でも実際に会ったのは、『1917 命をかけた伝令』でBAFTA(英国アカデミー賞)に出席した時で、マイケルはまさに内側から光を放っているようでした。BAFTAのEEライジング・スター賞を受賞する直前で、興奮とエネルギーが満ち溢れていたんでしょう。彼の目の輝きをよく覚えています。オリヴィアについては、『女王陛下のお気に入り』で、とても印象に残るワンシーンがありました。家臣か誰かを一瞥しキレる瞬間の強靭さです。オリヴィアは、クーパー・ミニの車体にフェラーリのエンジンを積んでいるような俳優です。周りにはミニだと思わせておいて、誰にも気づかれないうちに、2秒でゼロから時速60キロまで加速できる。アン王女の演技には一瞬で怒りが爆発するような強さがあり、実は『エンパイア・オブ・ライト』の脚本を描く時に、ヒラリーのインスピレーション源にしました」

――ヒラリーが抱える精神的脆弱性は、いままで映画で多く描かれてきたわけではありません。この役を演じるうえでの難しさはどんなところでしたか。

コールマン「これは、精神的困難に関する物語だと思っています。映画に限らず、そして性別に関わらずこのような精神的な問題について、まだ充分に議論されているわけではありません。この部分を描くことが、サム(・メンデス)の作品に出演したいと思った最も大きな理由です。でも、ヒラリーの物語を読んだ時、少し怖気付きました。それは私の辞書において、とても良い兆候なんですが。そして、ヒラリーのような人物を描くことはとても大切だと思います。なぜなら、人々は彼女に烙印を押しているからです。あなたの近隣の女性や男性が少し変わった行動をとっているのを見ただけで、彼らの人生のすべてを見たわけではないのに。だから、ヒラリーの歩んでいる道をすべて見届けることが大切で、このような役を演じる機会をいただけたことにとても感謝しています」

サム・メンデス「そうですね。この作品は映画についての映画ではなく、精神疾患について描いています。社会からはみ出してしまった者、アウトサイダーについての映画だと言えるでしょう。ヒラリーにとって、映画とは“家”のようなものです。そして彼女は映画から喚起される感情を恐れています。その感情に圧倒されてしまうことに恐怖を感じています。映画を観ることを恐れる自分の脆さに気づいてもいます。しかも、それらの映画は彼女の職場である映画館で上映されているという皮肉をとても気に入っているのです。

ヒラリーはこの映画のラストで、ようやく映画を鑑賞できるようになります。そのために充分に人生の旅を歩んできたので、スティーヴンが教えてくれた、映画を観て『我を忘れて、自分を見失う』準備ができるようになっています。最終的には、この映画は『映画はあなたの壊れた心を癒してくれる』と言っているのです。私はこのようなことに関しては、とてもロマンチストでセンチメンタリストであると自認しています。私たちが生きていくうえで助けになるものがこの映画にあると信じています。特にいまは、複雑で厳しい時代です。私は、映画や音楽、大衆文化、そして詩がどのようなものであるかについて、非常に冷静だけど、決してシニカルではない映画を作りたかったのです。映画の中に登場したたくさんの詩は、私たちを癒してくれることでしょう」

■「見た目が美しい映画には、私たちが望むすべてがありますね」(サム・メンデス)

――では、メンデス監督にとって映画館で観る映画とは、どんな存在でしたか。

メンデス「自分も映画を作れるかもしれないと思った瞬間と、映画を観ることが大きな喜びになった瞬間は異なります。子どものころに『未知との遭遇』を観て、大きなスクリーンで映画を観る体験に魅了されました。ただ、そのころは自分が映画監督になるなんて想像もしていなくて、ただ、ポップコーンを食べながらたくさんの映画を観たいと思っているだけでした。ですが大学に入ってから、ダニエル・デイ・ルイスが主演したスティーヴン・フリアーズ監督の『マイ・ビューティフル・ランドレット』を観に行って、まるで映画が現実のことのように感じられました。映画で描かれている風景は身近で、親近感がありました。この映画に出てくる人たちは、私がなんらかの形で知っている人たちで、自分が暮らす世界で起きていることでした。19歳か20歳のころだったと思います。『もしかしたら、私も映画を作れるかもしれない』と突然可能性を感じたんです」

――ヒラリーは役のうえではあまり多くの映画を観ていない設定でしたが、もしも彼女に映画を薦めるとしたらどの作品を選びますか?

コールマン「そうですね…『カッコーの巣の上で』は薦めないでしょうね。もしも実際に彼女に会えたら、『ショーシャンクの空に』かな。みんながそう言うのはわかっているけれど。ああでも『ムーランルージュ』、やっぱり『素晴らしき哉、人生!』にしましょう」

メンデス「『素晴らしき哉、人生!』は美しい映画ですから。人生への愛を表す映画だと思います。見た目が美しい映画には、私たちが望むすべてがありますね」

ウォード「人生(life)と言うんだったら…『エディ&マーティンの逃走人生』(※原題は『Life』)はいいですよ。もしもヒラリーを笑わせたいのだったら」

コールマン「それなら『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』で、笑いのある生活とはなにかと教えてあげたい。“笑い”でつながる人間関係とは?と」

ウォード「人生について深く考えるなら、『インターステラー』をお薦めしますね」

コールマン「わかった、『存在の耐えられない軽さ』はどうかしら?」

メンデス「こういう話は永遠にしていられるね(笑)」

取材・文/平井伊都子

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