「インターネットが普及し始めたのは何年ごろですか?」と、いま話題のAIチャット「Chat GPT」に問いかけたら、「一般的な人々が利用するようになったのは、1990年代後半から2000年代初頭にかけてです」と答えが返ってきた。そう、まさにその時期、2004年に、ネット草創期を象徴するかのような事件が起きた。音楽や映像など、ファイルやデータのやりとりを個人間で簡単にできる無償ソフトがコンピュータ好きの間で爆発的な人気になった。そして、そのソフト「Winny」の開発者が、著作権法違反幇助の罪で逮捕された。いわゆる「Winny事件」だ。あれから20年近く経って、AIすら当たり前になりつつある今、この事件をもう一度真っ向から捉え、映画化した問題作3月10日(金) に公開される。タイトルはずばり『Winny』。

『Winny』

監督は、自主映画Noise ノイズ』で海外からも注目され、昨年『ぜんぶ、ボクのせい』で商業デビューをした新鋭の松本優作。脚本も松本監督のオリジナルだ。事件の当事者たちを実名で登場させ、まるでノンフィクションのように描いているのが日本映画としては極めて珍しい。開発者・金子勇役に東出昌大、弁護士・檀俊光役に三浦貴大を起用したW主役。配給はKDDIとナカチカ、国内大手映画会社の作品ではない。

東出は、体重を18キロ増量させ、このオタク的風貌の天才プログラマー金子勇になりきっている。ぴあ水先案内でこの作品を紹介している恩田泰子さん、平辻哲也さんのお二人ともが「浮世離れした」と形容しているけれど、まさにイノセントの塊のような人だ。ポッキーみたいなスナックをポリポリやりながらパソコンに向かうその時間だけが彼の現実。「僕からプログラムを取ったら何も残らない」という、世間の常識から見れば変わり者だ。

子どもの頃から飛行機、天体、パソコンが主たる関心事。町の本屋でパソコン誌を立ち読みし、プログラムを暗記すると「マイコンショップ」に駆け込み、展示のパソコン(“PC-8001”だ!)にそれを打ち込んで遊ぶマイコン少年の姿が、追想シーンで描かれる。多分、例えばゲームメーカーやネット関係のエンジニアの皆さんにとっては、かつての自分をみるように懐かしいと思われるのではないか。

開発中のソフトを「2チャンネル」にアップしてしまったのも、公開することで、ユーザーからの指摘を聞きながら修正していく、よくある方法。取り調べで、後に不利となる供述書を書かされたときも、裁判で修正すればいいやと、ついうかうか書名をしてしまう。プログラムおたくならではと考えると理解できる。

映画は事件の発端から一審までを中心に描かれる。金子と裁判を闘う弁護団もなかなか個性的で、この映画を魅力的なものにしている。

サイバー犯罪に詳しいということで弁護を引き受けた檀弁護士は、寝てもさめても裁判や事件のことを考えていて、そのあたり、熱中ぶりでいえば金子と大差ない。演じる三浦は、イメージが随分いつもと違うが、ぴたりとハマっている。

同じ弁護団でも皆川猿時や木竜麻生が演じる弁護士は、さほどハイテク通ではないという設定。裁判官も同じだろうと、難しい専門用語をできるだけわかりやすく説明するシーンがあるのは、ありがたい。

最もキャラが立っているのが、吹越満が扮した秋田主任弁護士だ。超ヘビースモーカー刑事裁判のプロらしく、経験豊富。眼光鋭く、仕草や言葉使いなど、いかにも切れ者らしい。こういう人がいてくれたら心強いだろうと思うが、吹越が演じることで、多少胡散臭さがただよう。

この弁護士たちが主役になる裁判のシーンも大きな見せ場。監修にあたったご本人の壇弁護士が「日本の映画の中で、法廷シーンのリアリティはこの映画がナンバーワン」とうなるほどの出来映えだ。弁護士や検事の立ち位置、尋問の仕方、裁判長の喋り方……など、相当監修が入っている。壇さんによれば、特に吹越の秋田弁護士の尋問場面が「まあ凄かった! 本物の雰囲気が出ていた」とのこと。

ビットコインなどの技術の先駆けといわれたWinnyだが、その特性を悪用したウイルスも流行した。感染すると意図しないデータが流出してしまい、警察や自衛隊の内部資料、企業の顧客情報、個人所有のファイルなどが漏えいする事件もおきた。

例えば、愛媛で起きた県警の公文書偽造事件。捜査用の裏金を捻出するために領収書を組織ぐるみで捏造した組織犯罪で、この映画でも内部告発した警官(吉岡秀隆)を中心にサイドストーリーとして描かれている。

Winny事件は最高裁まで審理が進み、最終的に金子さんが無罪となるまで実に7年もの月日を要した。結審の1年半後、彼は42歳の若さで他界する。パソコンにさわることを禁じられた彼が「Winnyは脆弱だ。あと2行、プログラムを加えられば、なんとかなるのだが……」と悲痛に訴えるシーンが胸をうつ。

この作品は、昔の社会派ドラマのように声高に社会正義を訴えることはしないけれど、「食事用のナイフで殺人事件が起きた時、ナイフを作った人に罪はあるのか」と語る。「出る杭は打たれる」という日本的風土に疑問を投げかける。

できれば、コンピュータやハイテクの知識がある人、そんな職種についている人、新しい何かを創り出そうとする皆さんに観てほしい。どんな感想を持たれるのか、とても興味があります。

文=坂口英明(ぴあ編集部)

【ぴあ水先案内から】

恩田泰子さん(讀賣新聞記者)
「……こういう社会派エンタメが増えれば、日本映画界も日本ももっと面白くなると思う。劇中、実際の固有名詞がちゃんと出てくるのにも、作り手の本気度を感じた……」

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平辻哲也さん(映画ジャーナリスト)
「……浮世離れした夢追い人の金子さん役は東出昌大。プライベートで何かとお騒がせだが、役は合っているように見えた。それは東出個人が金子さんと共通するものがあるのかもしれない……」

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(C)2023 映画「Winny」製作委員会

『Winny』