夢の「飯田~名古屋」直結未成線、トンネルも築堤もそのまま残っています。

幻に終わった「鉄道版恵那山トンネル」計画

国土交通省が2月末に、明くる2023年度の新規事業化に向けた採択時評価を行う対象路線を発表。そのなかに、長野県飯田市国道153号バイパス「飯田南道路」が含まれています。

飯田南道路は、中央道の飯田IC付近からまっすぐ南下し、飯田市南部地域へ抜ける約5kmのバイパス道路。狭いながら生活道路として混雑する現道の混雑緩和や安全対策として、また市内に設置されるリニア中央新幹線長野県駅のアクセス強化のため、計画検討が行われてきました。すでに都市計画決定も完了し、いよいよ事業化の準備段階となっています。

この飯田南道路の事業着手により存続が危ぶまれるのが、かつて完成に近づきながら開業を果たすことができなかった国鉄の鉄道路線「中津川線」の遺構です。

中津川線は飯田線の飯田駅と中央本線中津川駅をむすぶ短絡路線。木曽山脈を11kmもの長大トンネルでつらぬく計画でした。

実現すれば、天竜川の深い谷で「隔絶状態」であった南信州エリアが、名古屋の大都市圏へ直結されるはずでした。

しかし工事が難航しているうちに、1975(昭和50)年8月に中央道が瑞浪ICから駒ヶ根ICまで延伸開通。鉄道より一足先に、恵那山トンネルで飯田~名古屋が直結され、高速バスも運行開始します。そして国鉄中津川線は、工事凍結を迎え、現在に至ります。

バイパス整備で「未成線跡」どうなる?

放棄された中津川線の鉄道施設のうち、飯田市から阿智村に至る部分は国道153号の道路敷へ転用。緩やかな線形が鉄道の面影を偲ばせています。いっぽう飯田市内では、単線の幅の盛土やトンネル、橋梁がそのまま残され、田園地帯に伸びています。遠目では今にも列車が走ってきそうな雰囲気を醸し出しています。

さて、「飯田南道路」の都市計画決定の図面を見ると、この中津川線の遺構のうち、飯田山本IC付近から二ツ山トンネルで山を抜ける部分が、ほぼそっくりそのまま重なっています。道路整備により、この遺構の「南半分」は、消滅を迎える可能性が高いと言えます。

いっぽうで、二ツ山トンネルの北側では、都市計画線は遺構の東側へズレて、飯田IC東側へ接続する形になっています。飯田国道事務所は「もし事業化が決定されたとして、それから路線測量や詳細設計が行われていきます。具体的に遺構がどうなるかは、確たることはまだわかりません」としていますが、工事ヤードなどに転用されない限り、この北側遺構は二ツ山トンネル坑口を含め、消滅を免れるかもしれません。

中央本線を走る特急「しなの」(画像:写真AC)。