2023年3月6日、ReoNaは自身初の日本武道館ワンマンライブのステージに立った。直前には、自身初のアーティストブック「Pilgrim」を刊行。そして届けられる2ndフルアルバム『HUMAN』(3月8日発売)は、絶望系アニソンシンガー・ReoNaがデビューから歩んできた5年弱の道のり、アニメやゲームの物語と向き合ってきた経験、自らのお歌を受け取る聴き手や、ともに音楽を作るクリエイターたちとの出会い――それらすべてと、さまざまな局面で生まれた感情を投影した1枚となった。「絶望」と向き合い、寄り添い続けた果てに、「人間」に寄り添うことができたアルバム『HUMAN』はなぜ素晴らしいのか、3日連続公開のロング・インタビューで明らかにしていきたい。第2回は、『HUMAN』に収録された各楽曲のディテールについて語ってもらった。

【写真】初書籍「Pilgrim」より。故郷・奄美大島でのワンシーン

■作詞には高い壁を感じていたけど、「手紙でいいんだな」って気づきをもらった

――2020年にさかのぼりつつ、少し観念的な話をします。1stフルアルバムの『unknown』では、「何者でもなかった存在」がキーワードになっていて、書籍「Pilgrim」のインタビューでも「人間になれてない自分」という話もあって。そういう存在から、お歌を歌いたいと志し、お歌をある種味方にして、いろんな物語に寄り添う「絶望系アニソンシンガー」として描いたのが1stフルアルバム『unknown』だったとすると、2枚目の『HUMAN』はどういう作品であるべきと思ったのか、を聞きたいです。

ReoNa:『unknown』のときと同じく、振り返ってみて、にはなるんですけど、『unknown』当時の話をすると、絶望とともに歩んできた自分自身の人生だったり、過去を振り返ったり、それを音楽として浄化して、形にしてお届けしたのが『unknown』でした。その先にある『Naked』E.P.、その収録曲“Someday”という楽曲にも、わたし自身の過去はすごくすごく詰まってますけど、『HUMAN』に関しては、お歌を歌い始めてから今に至るまでのわたし自身の過去や、歩んできた道が詰まってると思います。

――歌い始めた、というのは具体的にいつのことを指してますか。

ReoNa:絶望系アニソンシンガーとして歩み始めてからの今、だと思います。

――ちなみに、絶望系アニソンシンガーとしての歩みが始まったのは、どの時点だと考えてるんですか。

ReoNa:わたしの中では『ELZA』、かな。『ELZA』のときは二人三脚みたいな感覚があって、神崎エルザという人物に対して絶望系アニソンシンガー・ReoNaが依り代というか、わたしの存在を使ってもらってお歌を発信する、みたいな感覚でした。ひとりの絶望系アニソンシンガー・ReoNaとして、アニソンを歌わせていただく存在としてデビューしたのは(1stシングルの)“SWEET HURT”で、そこがスタートラインなんだけど、そこまでも走っていた、みたいな感覚です。

やっぱりアニソンシンガーなので、そのときに出会ったもの、寄り添わせていただいたものについて、全身全霊で考えて、寄り添って、走ってきて。なんか、今に追いついてきた感覚というか、振り返ってる角度が違うというか……すごく感覚的な話になっちゃうんですけど、『HUMAN』で新しい楽曲を作ってる間に考えていたのは、『HUMAN』が誰かのもとに届くときって、書籍『Pilgrim』は手元に届いてるし、武道館ワンマンも経たあとのあなた、に届くアルバムなんだなっていうことでした。そう考えたときに、今までの中で一番、「未来の今」を考えた、というか。『HUMAN』が届く時点ではひとつ次のステージというか、未来にいるわたしなんだなって思ったときに、そのときに届くお歌たちも、その時点に追いついているReoNaのお歌にしたい、と思いました。

――初の武道館ワンマンでも、聴く人に素晴らしい体験をしてもらいたいし驚きも感じてもらいたい。だけどその2日後に出るアルバムで、その体験を超えていきたい、という。

ReoNa:そうですね。“VITA”の歌詞でも言ってるように、まだ終われないし、まだこの先の未来を感じていてほしいし、わたしも届けたいです。そんな思いは、制作のときにもすごくあったと思います。

――『HUMAN』では、これまで以上に歌詞にコミットしてますね。自分で歌詞を紡いでお歌に乗せて届けていくことの意味や責任、あるいは書くことの面白さも感じていると思いますが、『HUMAN』の制作過程で歌詞を書いたことで、どんな発見がありましたか。

ReoNa:今回、『HUMAN』で歌詞を書かせていただいた中で、たとえば“FRIENDS”で歌詞を書くときにハードルを感じて、創造への壁がものすごく高かったんです。到底、自分にはできないもののように感じていて。感情にできない心のモヤモヤを言語化して出力する作業をして、ひとりよがりじゃない歌詞を作ることは、すごく崇高なもののような感覚が、どうしてもあって。実はここに至るまでに、デビュー前にも歌詞を書いてみようと挑戦したことはあったんですけど、もう目も当てられない状態でした(笑)。自分でも誰かに読ませるのが恥ずかしいし、読んだ誰かもきっと「なんだこれ?」って思うようなもので。だから、作詞には高い壁を感じてたんですけど「手紙でいいんだな」って気づきをもらったのが、今回の制作でした。

作詞に挑戦する話になったときに、ビートルズの話をしてもらって。たとえば“ヘイ・ジュード”って、たとえば「戦争はダメだ!」とか大きな思想や万人に向けたメッセージを歌詞の中で訴えているわけではないんだよって。ジュリアン・レノンっていうひとりの存在に対して語りかけた楽曲が、たくさんの人に愛されていて、いろんな人の自分ごとにもなっていて。ひとつその、歌詞のあり方というか信念――明確に「あなたに向けて歌ってるよ」っていう、ひとりに対してのもののはずなのに、それが音楽になる、歌詞になることで、語りかけられてるような感覚になれたり、自分が届けたい誰かのためのものになったりするんだなって思いました。

――なるほど。

ReoNa:歌詞でいうと、タイトル曲の“HUMAN”は、まさにハヤシケイさん自身だなって感じた楽曲でした。ちょっとだけ、ケイさんとの制作は時間が空いていて、離れていた時間があったからこそかもしれないですけど、“HUMAN”を聴いたときに、すごく俯瞰で聴けたんです。そのときに、“HUMAN”に書かれているのはケイさんのことなんだなって感じて。人と会えない期間が続いたり、その期間の中で人を遠ざけてしまった期間があったり――それを感じたときにも、「手紙でいいんだ」って教えてもらった気がします。

――“HUMAN”の歌詞は、それこそ絶望系アニソンシンガーになる前のReoNaそのもの、という印象もありますね。幸せを遠ざけてしまう、自分から幸せを上手く受け取れない、こぼしてきてしまった――ハヤシケイさんが自身の想いを歌詞にしているのと同時に、ReoNaに投影しているし、聴き手との共鳴を呼ぶ歌詞でもあるんじゃないかと。

ReoNa:まさに、わたし自身だなって思えるということは、きっとケイさん自身だなって思える、というか。等身大の言葉だったからこそ、その思いを実際に感じてきたので、ありのままに感じられるんだと思います。経験していないことを想像で書いても、こうはならないだろうなって思いますし、だからこそ自分を重ねられるし、聴く人にも受け取ってもらえる、そこが「手紙」にも通じるところがあるのかな、と思います。“FRIENDS”の歌詞も、わたし自身が思っていること、経験してきたことをありのままに綴っていいんだなって気づかせてもらって、完成していきました。

――“VITA”にも共作詞としてクレジットされているわけですけど、『ソードアート・オンライン』に通ずるフレーズであることは大前提で、《背負っていく》《紡いでいく》という歌詞は「ReoNa的」でもあるな、と感じますね。《忘れない》もそう。「すべてを背負っていく」と宣言している人の歌詞だなって思うし。

ReoNa:実は、最初からReoNaとして作詞に入る予定ではなくて、毛蟹さんが歌詞を考えてるところに一緒にいさせていただいて、夜通し「ここをどんな言葉に」って話をして――歌詞ができ上がったあとに、毛蟹さんから「今回は共作詞にできませんか」って提案をいただきました。実は、時系列的にはこれがReoNaが初めて作詞を手掛けた瞬間でした。その毛蟹さんの一言があって、作詞に名を連ねさせてもらったことで、すごく勇気をもらえました。作詞はすごく高い壁だと思っていたけど、毛蟹さんが「ReoNaじゃなきゃ紡げない言葉だよね」って太鼓判を押してくれて。“VITA”の経験が、作詞に触れられるようになったきっかけになっています。

お互いがお互いの曲に影響し合って、解釈の余地が広がったり、違う角度でものを見られるようになる

――『HUMAN』には、これまでにシングルやE.P.としてリリースしてきた楽曲が6曲入っているわけですが、アルバムに入ることで改めて新鮮に聞こえるし、『HUMAN』を分厚い作品にしてくれている。既発曲の存在は、アルバム制作時の心理面にどういう影響を与えましたか。

ReoNa:わたしの中でも、そこはすごく意識していました。安心をくれた場所でもあり、その楽曲たちが入ってくれてるから――“生命線”や“Alive”や“シャル・ウィ・ダンス?”は、アルバム全体で伝えたいことの芯の部分を担ってくれているから、安心をくれました。

――“ないない”も、実はこのアルバムの中でポイントになるな、と思っていて。楽曲やツアータイトルでも、『unknown』の他にたとえば“null”“Colorless”が続いていて、「ない」ことをいろんな言葉を使って表現した果てに、“ないない”が出てきたわけで、ある意味『HUMAN』の出発点でもあるんじゃないかな、と。

ReoNa:そうですね、まさに“ないない”以降にリリースした楽曲たちでもあるし、ひとつの連結部分みたいな感じの楽曲になっている気がします。アルバムでも“HUMAN”“Weaker”から“ないない”へつながったときに、すごく新鮮な色を持っていたと思います。

――“ないない”と“シャル・ウィ・ダンス?”。あるいは、“さよナラ”と“FRIENDS”。『HUMAN』では、近しいテーマを持つ楽曲が2曲ずつ対になるような構成になっていて、そこが面白いですね。

ReoNa:わたしも、そこは並べて聴いたときにすごくときめいたポイントでした。この曲たちが並んでくれることによって、それこそアニメに寄り添うように、お互いがお互いの曲に影響し合って、解釈の余地が広がったり、違う角度でものを見られるようになったりするので、わたしの中のオタクが騒いでいます(笑)。

――(笑)そういう意味では、“生命線”と“Alive”の並びを曲として聴くと、流れがうまくできすぎていて、むしろ怖いくらいで。

ReoNa:そうなんです。でき上がった経緯はまったく違うし、作ってる段階では「この次にこの曲が入るから、意識しようね」なんてまったく思っていないので。完成して、並べたときに「こうなるんだ?」っていう発見をくれました。

――『unknown』からの2年半ではなく、絶望系アニソンシンガー・ReoNaの、5年間の伏線が全部回収されていくかのような気持ちよさが、『HUMAN』の至るところにあるんですよね。

ReoNa:伏線回収の気持ちよさ、ほんとにありますね。意図できるなら意図したいくらいで、でもそうではなかったからこそ、そのときそのときにできるすべてが楽曲に入っているからこそ、こうしてつながってくるんだろうな、と思います。

――“ライフ・イズ・ビューティフォー”と“メメント・モリ”の並びにはこだわったらしいですね。

ReoNa:ここは、個人的に一番ツンデレが刺さってるところです。“ライフ・イズ・ビューティフォー”って言った後に、“メメント・モリ”って言われるのはすごいなあ、と思っていて――「ライフイズビューティフォーだよね」の後に、「人は必ず死ぬことを忘れるな」って言われるこのつらさ感……でも、言っていることは正反対のように見えて、向いてる方向は実は一緒で。昔、小さい頃に、「自分のことを知りたかったら、自分と似てる人と話すんじゃなくて、まったく反対だなって思う人と話すといいよ」って言われたんです。それが、この曲の中にあるな、と思っていて。言いたいことに対して向き合う方向が違うことで、結果的に何が言いたいのかが浮き彫りになってくる、というか。いろんな方向から「絶望」にスポットライトが当たっていることが、とても伝わる2曲です。

――“さよナラ”と“FRIENDS”の相関関係では、「記憶の中で一緒にい続けることへの願い」が共通して描かれていて、泣けますね。

ReoNa:どんなに時間が過ぎても、どんなにいろんなものに遮られたり邪魔されたりしても、外の何かのせいで、わたしたちの間の確固たるものは決してなかったことにならないし、決して汚されもしない――そういう願いが、共通している2曲だと思います。

――“FRIENDS”の歌詞では、「We are」と歌われていて。ReoNa楽曲で印象的な「We are」と言えば“ALONE”が浮かぶけど、新たに象徴的な「We are」が生まれたな、と思いました。

ReoNa:そうですね。たぶん、わたしがいつも言ってる「あなた」という言葉も、英語に訳するなら「We are」なんだろうなって思います。わたしであり、あなたであり、です。

取材・文=清水大輔 

写真=北島明(SPUTNIK

ヘアメイク=Mizuho

ReoNa/撮影:北島明