DXとは単なるデジタル化ではなく、「デジタル技術を活用したビジネスモデルの進化」を指すものだ。デジタルによってモノやサービスの提供手段が多様化する中で、自社の目指す姿を描き、確実に実現するのに必要なアプローチとはどのようなものか。グローバルで企業のDXを支援するローランド・ベルガーのパートナーである小野塚征志氏が、DXで新たな価値創造を実現した企業の先進事例を4つの類型に分け、その戦略の基軸とマインチェンジの方向性について解説する。

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※本コンテンツは、2022年11月30日に開催されたJBpress主催/JDIR「第15回 DXフォーラム DAY1」の基調講演「DXによるビジネスモデルの進化-新たな価値創造のあり方とマインドチェンジの方向性」の内容を採録したものです。

DXによるビジネスモデル変革における価値創造の4つの基軸とは

 ローランド・ベルガーは、ドイツミュンヘンを本拠とするグローバル戦略コンサルティングファームだ。顧客企業の持続可能な成長への貢献に重点を置き、長期的に支援していくのが同社の特徴だという。同社パートナーの小野塚征志氏は、DXやサプライチェーン改革などを軸に、さまざまな企業を支援してきた。セッションの冒頭、同氏は「まず、DXの意味を今一度確認していただきたい」と語りかける。

「DXは、デジタル技術を活用したビジネスモデルの革新のことです。デジタル技術を導入する『デジタル化』も大事ですが、そこで終わっていては競争優位を築けません。例えば、生産性が3倍になる素晴らしいデジタルツールがあっても、競合各社が取り入れてしまえば差別化にはならないでしょう。デジタル技術を使ってより大きな価値を出せる企業になるというトランスフォーメーション、すなわちDXの『X』を実現することで、初めて競争優位が築けるのです」

 小野塚氏は、DXによるビジネスモデルの進化について、その機軸となる4つの切り口を挙げる。1つ目は、モノやサービスを取引する新たな「場の創造」だ。店頭でしか買えなかったモノをネットで買えるようにしたAmazon(アマゾン)や、動画を共有する新しいビジネスをつくったYouTubeなどがその好事例となる。

 2つ目は、モノやサービスの取引における「非効率の解消」だ。デジタルツールによる効率化は、これまで不可能だったことを可能にし、情報のつながり方、売り方、つくり方を変え、新たなビジネスチャンスにつながる。3つ目は、モノやサービスの取引に対する「需給の拡大」。例えば民泊では、それまでの「買う」「売る」に「時間貸し」を加えたことで需要と供給の双方を拡大した。デジタルに情報をつなげることで、信用が担保しやすくなり、結果として市場が広がるという側面がある。

 そして4つ目は、モノやサービスの取引に付随する「収益機会の拡張」だ。例えば、売買するモノにIoTデバイスを付けると、顧客が購入した後の使われ方を解析し、その情報を使って新しい価値を生むことが可能になる。

ビジネスの進化を実現させたグローバル企業の先進事例を見る

 小野塚氏は、上の4 つの切り口にそれぞれ対応する、グローバル企業の先進事例を紹介した。1つ目は、アメリカのPatientsLikeMe(ペイシェンツライクミー)。この企業は、難病の患者向けのコミュニティサイトを提供している。言うなれば、患者同士が知り合える「場の創造」の事例だが、注目すべきはその収益源だ。

「利用者のやり取りにおける、症状や治療、副反応などの情報は、製薬会社や研究機関にとっては喉から手が出るほど欲しい情報です。そこでペイシェンツライクミーは、データを匿名化して蓄積した後、ニーズのある企業に提供することで収益化しています」

 こうした情報が新薬や治療法に役立てば、最終的に、患者である利用者にとっても利益になる。「こうしたwin-winの場を、従来とは全く異なるマネタイズスキームで創造しているのです」と、小野塚氏は解説する。

 2つ目の「非効率の解消」については、世界最大の物流企業であるUPS(United Parcel Service)の事例がある。国際間の輸送では、荷物を発送当日に相手先へ届けることは、まず不可能だ。しかしUPSは、世界中にある拠点に3Dプリンタを置き、特注品の金型やアフターパーツなどの商品をそこで造ることで、この不可能を可能にした。

 メーカーが設計情報をデータで送れば、最寄りのUPSの拠点の3Dプリンタで製品が造られ、すぐに客先に配送される。リードタイムの大幅な短縮になるだけでなく、CO2の排出量も減らし、在庫を持つ必要もなくなる。これまでの「輸送」とは全く違う発想で非効率を解消することで、新たなビジネスを生んでいるのだ。

人々や製品を取り巻くデータを活用して新たな需要や価値を生む

 3つ目の「需給の拡大」の事例は、世界最大のビールメーカー、AB InBev(エービーインベブ)だ。グローバルで事業を展開する同社は、アフリカでもビールを製造・販売しており、その原材料となる「キャッサバ」を現地農家と契約して調達している。しかし、これまではビールの需要にキャッサバの生産量が追いつかないという課題を常に抱えていた。

 そこでエービーインベブは、BanQu(バンクー)というアメリカのブロックチェーンベンチャーと組み、農家が出荷情報を登録するとオンラインで支払いが行われるアプリを開発した。アプリに蓄積された取引データは、銀行に提供できるかたちになっている。これによって、現金の強盗や盗難のリスクが減ることはもちろん、帳簿や銀行口座を持たなかった農家も、取引データをもとに銀行からの融資が受けられるようになった。

 これにより、トラクターなどの農機に投資できるようになり、生産量が増えていったという。「支払いのデジタル化によって、新しいエコサイクルを実現し、需給拡大のプラットフォームを構築した好事例です」と小野塚氏は語る。

 4つ目の「収益機会の拡張」の成功事例は、世界最大の農機メーカーJohn Deere(ジョンディア)。同社は農機にIoTデバイスを付け、販売した農機の稼働状況を把握できるようにした。これによって、販売した場所と使用されている場所は違っていても、各々の使用場所でパーツ交換や買い替えの営業提案ができる。さらに農機のloTデバイスから、肥料や農薬、土壌の状況、収穫量、天候についての情報を得て、そのデータをもとに個々の農家に合わせたアドバイスができるようになった。

「ジョンディアの顧客が本当に欲しいのは、農機ではなく収穫量の増大です。このIoTデータの活用は、真の意味での顧客ニーズに応えることによって、情報の価値を有効に使った事例だといえます」と小野塚氏。さらに同社は、IoTデバイスによって得た収穫情報を、穀物商社や肥料メーカーなどに提供し、収益機会をさらに拡大している。デジタル技術を活用した、まさに「一石三鳥」の収益の刈り取り方といえるだろう。

DXの目標とその実行計画を支える「マインドの変革」こそが急務

 ここまで見てきたDXを実現するために、必要なアプローチとは具体的にどのようなものか。小野塚氏は、「最初に確認していただきたいのは、目的はDXではなく『どのような企業になりたいか』だということです。例えばジョンディアは、農家にもっと選ばれる企業になりたい、収穫量を増やすことにもっと貢献したいと考え、新しいビジネスモデルをつくったのです」と示唆する。

 自社のなりたい姿、目指す姿を考える際には、「誰に、どんな価値を、どのように提供する」のか。また「そのために必要な技術をどう使い、どのような体制で実行するか」といったことを具体的に描くのが重要なポイントになる。そこまでを明確かつ確実に詰め細部までを描いた上で計画に落とし込むことが、成功につながる道だ。だが「残念ながら日本には、せっかく目指す姿までは描けても、一向に実現しないままの企業が多くあります。その原因は『誰が、何を、いつまでに実行するか』という、肝心の実行計画ができていない点にあります」と小野塚氏は指摘する。

 自分たちが目指す姿や実行計画に加えて、もう一つ重要なのが「マインチェンジ」だ。もし、ジョンディアが従来からの「いい農機をつくること」だけにこだわり続けていれば、農家に情報という価値を提供する新たなビジネスモデルは生まれなかっただろう。モノやサービスを前提として考えるのではなく、「農家が本当に求める価値は何か」という価値志向で考えることが、ビジネスモデルの変革・進化につながる。製品やサービスだけでなく、DXを進めるためのマインド自体もトランスフォーメーション(変化)する必要があるのだ。

 小野塚氏が日本企業を対象にコンサルティング提案を行う際に、非常に多く尋ねられるのが「前例の有無」だという。「前例がないことこそ、まさにイノベーターになれるチャンスなのです。既存の成功事例を探しているうちは、ナンバーワンにはなれません。イノベーターの思考を、ぜひ持ってください」と小野塚氏。「アマゾンも、利益を出すまでには7年かかりました。想定外の事態もたくさん起きます。計画を定めて、長い目で見ながら、足元ではアジャイルで進めることも重要です」とアドバイスする。

 最後に小野塚氏は、DXに対する意識の遅れが、5年先、10年先に影響することを指摘する。例えば、フィルムカメラからデジタルカメラへの転換期には、銀塩フィルムに拘泥したコダックは倒産し、新たなビジネスにチャレンジした富士フイルムは躍進を遂げた。また国鉄民営化後、業績が悪化したことで観光業を模索したJR九州は上場を実現し、従来のビジネスを続けたJR北海道は、事業の存続が危ぶまれている。

「10年後に『あのときDXをやるべきだとわかっていたのに、なぜやらなかったのか』と言われないように、断固たる決意で、新しい価値を創造する企業になってください。まさに、今が決断のときです」と小野塚氏は強く語り、講演を終えた。

基調講演「DXによるビジネスモデルの進化-新たな価値創造のあり方とマインドチェンジの方向性」
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73895

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